砂場の兎「……なにしてるの?」
公園に来ると、司はいつものベンチでなく何故か隅の砂場にいた。声をかけると彼はパッと振り向く。
「おお、朝比奈! 実はな、いつものように脚本を考えていたんだがなんだか分からなくなってしまって……息抜きに遊んでたんだ」
ニコ、と笑う彼の手元には盛られた砂がある。なんらかの形になっているが、なんなのかはよく分からない。
そのまま何かの作成に戻った司の手元をじっと見つめていると、なんとなく分かってきた。
「……もしかして、兎かな?」
「そうだ! うちにな、垂れ耳の兎のぬいぐるみがいるんだ。そいつを作ってる」
「そっか」
砂場の近くにしゃがみ込み、司の手元を見つめる。司は砂の表面を撫でて形を整えて、どこからか持ってきた枝で模様を付けていく。
「……私の家にもあったよ、兎のぬいぐるみ」
「そうなのか!」
ふと、声に出た言葉に司は手を止めず目も逸らさないまま答える。まふゆも砂で出来上がっていく兎から目を逸らさないまま、何故か口を動かしていた。
「確か、よく抱きしめてたな。……もう随分昔に捨てられたから、よく覚えていないけど」
手が止まる。枝を持っていた手に力がこもる。失敗したな、とまふゆは思った。
どうして、捨てられたことすら言ってしまったのだろう。そもそももう家にはないぬいぐるみの話をしたのは何故だろう。
少し硬い空気が流れて、司の手の中からポキリと音がして、数秒。息を吸った音が聞こえて、まふゆは司の手元から顔に目線を移した。ここからだと、よく見えない。
「……その、ぬいぐるみはどんなぬいぐるみだったんだ?」
「……どんな」
「ああ。うちのは垂れ耳で、全体的にパステルカラーなんだ」
その言葉に、思い出してみる。
「……確か、白と黒の、対のぬいぐるみ。垂れ耳ではなくて……小さい頃は大きく思えたけど、多分今見たら小さいと思う」
「そうか」
「……捨てられたの。白と黒の、兎の絵本も一緒に」
「……そうか」
司は砂の兎を撫でている。
「……幼少期の朝比奈は兎が好きだったのかな」
「え?」
「ぬいぐるみに絵本もあったんだろう。なら、好きだったんじゃないか」
「……どうだろう。親に与えられたモノで、自分で選んだモノではなかったと思うけど」
でも、と息のように言葉を吐く。
「白い兎に似た子が、知り合いにいて……その子といると、少し安心する」
「……そうなのか! それは良かった」
自分ごとのように安心を告げる声色に、まふゆは首を傾げる。
「……じゃあ朝比奈は黒い兎かな」
「……え」
「その子が白いなら、ほら、朝比奈は髪も目も黒いし、カーディガンも黒いだろう。だから」
「……そう、だね。その子、白いから……」
左右で高さの違うツインテールを思い浮かべる。ミクが白兎で、まふゆが黒兎。あの絵本は結局どういったものだったっけ。
「……天馬くんの兎は、どんな兎なの?」
「あーオレの、というより妹のものだったんだが……さっきも言ったがパステルカラーでな、全体的に薄い紫で——」
喋りながら、司は手を動かしていた。手元の砂の山は、少しずつ形が整っていく。
「——出来た! そう、こんな顔なんだあいつは」
少し体をずらして見せてきたその砂山はデフォルメされた兎の顔の形をしていて、愛らしい。表面はなでらかで、凹の線で模様が付けられている。
「……かわいいね」
す、と微笑む。その顔を見た司はどこか安心したように笑った。