かがやける日々の正体ずっとずっとつらかった。あの日々もあって良かったのだと背中を押してくれて、大丈夫だよ、そのままでいいよ、と言われた気がして、ものすごく救われた。初めてRe:valeのライブに行って曲を聴いたときの衝撃。全てをひっくり返す轟音。あれこそが百にとってターニングポイントだった。
「春原くん、毎日楽しそうだね」
「百くん、最近輝いてていいね」
最近そう言われることが増えて、その度にどうしてそうなれたの? 何かきっかけとかあったの? と聞かれる。
その度に、推しができたから、と笑って答えているのだけれど。
本当の正体は他のところにある。
「バンさんはね、めちゃくちゃ格好良いんだよ。目が合うとファンサしてくれる。モモもバンさんやユキに会ったら絶対好きになるから。ね、ライブ、行こうよ!」
そんなふうに仲良しの姉に布教され、この世界に転がり落ちた百は、誰にも言えない秘密があった。それこそ、大の仲良しと思っていた、ターニングポイントを齎してくれた姉の瑠璃にも、だ。というよりも、瑠璃にこそ、言えない秘密。
それを抱えていると、後ろめたさもあるけれど、それを上回るような切なさと愛おしさに百の心も唇も震える。
瑠璃がわたしのバンって感じがする、と言っていた、瑠璃の推しである万理と百は愛しあっていて、口付けは当然ながら体も重ねるような関係ーーつまり、恋人同士ーーだから、だ。
今日も瑠璃に「友達と遊んでくるね」と言って家を出てきた。
送り出す瑠璃は楽しげに瞳を煌かせ、百を優しく見つめてくれた。その瞳が、百が立ち直ったこと、楽しそうにしていることの喜びを物語っていたからこそ、百は精一杯微笑んで、家を飛び出して。
そうして、今、大好きな人に手を繋がれて、海辺を歩いている。静かな波音と途中ですれ違う車の音、そして、追い越していく電車の音。風がふわっと頬を撫で、髪を揺らしていく。
平日だからか、まだ春前の海沿いだからなのか、人はまばらだった。だからこそこうして、万理と時間を合わせ、ライブ前にこっそりデートしているのだけれど。
「いつも手伝ってくれているから、お礼したいんだよ。千には内緒で百くんを独占させてほしいんだけど、どうかな?」
そんなふうに始まった2人の関係は、毎回そんなふうに秘密のデートをして、深まっている。
万理が好きでよく飲んでいるコーヒーみたいに、深い味。キスの後味はいつもコーヒー味で、それが百にとってクセになっているのもきっと万理は気づいていないだろう。
初めてしたキスも、コーヒーのすこし苦くて大人の味が口いっぱいに広がったことを思い出して、百は少しだけ熱くなってしまった息をそっと吐き出す。何だか現実味がなくて、百はふわふわとする心を持て余していた。
「百くん、何か考え事? 何かあったの?」
心配そうに顔を覗き込まれ、百はハッとして万理を見上げた。
「いえ、違うんです……こんなふうにバンさんと一緒に過ごせるってすごいことだなってしみじみ思っちゃって」
万理に話しかけられて思わずそういうと万理は柔らかく微笑んでくれて、その微笑みに心がまた震える。
「百くんは俺やユキのこと、神様だって思ってるところあるからなぁ……でも俺が本能のまま突き動かされる人間だって百くんも知っているでしょう」
あんなこともこんなこともしたんだし、知らないなんて言わせないよ、と色を含んだ声音で囁かれ、百は目許をそして頬を赤らめて、恥ずかしげに瞬いた。
ねっとりと舌を絡める深いキスも、体のあらゆる場所も全て曝け出し、重ね合う気持ちよさとしあわせな感覚も。そういった全てのことを、初めて味わわされ、体感させられたことを言外に思い出させられてしまって。百の脳内が勝手に再生し始めるから、体の中の熱がぶわっと上がり出す。繋いだ手が汗ばんで、出来たら今すぐにでも離して、ズボンで汗を拭きたいくらいなのに、少しでも手を離そうとすると繋ぎ止められ、逆に離さないというように恋人繋ぎにされてしまう。
「うぅ、バンさんはそうやって俺のことすぐ揶揄う」
「揶揄ってなんかないよ、本当のこと」
恥ずかしくなって茶化して終わらせようとしたのに、真剣な顔でそう言われてしまって、百は困ったように顎を引いて、上目遣いで万理を見上げた。
「百くんこそ、俺のこと、試してる?」
「えぇ」
「その顔、誘われてるのかなって」
百としては万理の言っていることの意味が全然検討もつかなくて、どういうことだろうと思って瞳を瞬かせれば、ぐっと手を引かれ、顔を近づけられて。あっという間に唇が深く重なる。
「んぅ……、っぁ……んんっ」
思わず、繋いでいた手を離し、万理の胸に手をつけば、ちゅ、と甘ったるく唇を吸われて、離れていく端正な顔。恥ずかしいことをされたのに、誰かに見られたら、それこそこんな公道でキスをしあっていた、と瑠璃の耳にでも届いてしまったら、と思うと後ろめたいのに、気持ちよくて、好きすぎて、本当はもっと奪ってほしくなってうっとりとしてしまう。
「百くん、キスされたいのかなって顔だったよ」
悪戯に成功した、と言わんばかりに楽しげに瞳が煌めかせた万理に囁かれ、百は顔を真っ赤に染め上げる。恥ずかしすぎて、何か言いたくても、言えなくて結局口を噤めば、楽しげに笑われる。
「百くん、本当可愛くて、たまんない」
熱っぽく囁かれ、そのあとに好きだよ、と臆面もなく告げられて。
百も俺もです、と告げれば、嬉しそうに、戯れるようにして抱きしめられた。
「百くんと一緒に食べようと思ってお弁当作ってきたから、浜辺に座って食べようか」
人気の少ない浜辺のちょっとした階段に座って、ライブの感想や日々の楽しかったエピソードをお互い話し合って、お互いの距離を縮めていく。
ポットに入れられた、コーヒーに心が、唇が、疼く。それを見て、万理に笑われるけれど、唇を重ねたくて、甘えるように強請れば、それはすぐに与えられた。
千の話や瑠璃の話になると、後ろめたさも、もどかしさもある。でも、それ以上に切なさと愛おしさが勝って、真っ直ぐに愛が育っていく。
一緒に歌を歌ったり、額をくっつけて、笑い合って、戯れにキスをして。熱い吐息が重なって、深まって、煌めく。
かがやける日々の正体。
それは、誰にも言えない秘密の恋をしている、ということ。
後ろめたさが快楽に火をつけ、2人の距離を益々近づけていく。
このときめきは、どんどん熱をあげ、加速して、もう誰にもとめられなかった。
おしまい??