神か悪霊か初詣シーズンも過ぎ、神社は静けさを取り戻していた、はずだった。
社務所前は平日昼間にも関わらず若者で溢れかえっており、皆何かを求めて列を成している。
「…夜に出直さないか」
「夜だと社務所しまっちゃうよ」
異様な盛り上がりを見せる若者の中に混じりたくないのか、KKは顔を顰めてじりじりと後退していくので、背中を押して最後尾に並んだ。
若者の間で面白い噂が流れているらしい。
おみくじを引くと、出た運勢によって何かが起こるんだとか。話によると、大吉を引くと欲しい物が手に入り、中吉を引くと告白が成功し、吉を出すと試験のヤマが当たるなど。逆に凶を引くと怪我をするという噂もあるのだが、彼らはそれを知っているのかはわからない。
「凶が出たらどうしようとか思わないのかな」
「さぁな、それよりメリットを取ったんだろ」
先頭から聞こえる一喜一憂の声が並ぶ若者たちを煽るように場の空気を盛り上げていく。
噂がただの噂であればKKも早々に帰ることができただろうが、そうはいかない理由があった。
凶を引いた人たちが病院に運び込まれるような怪我を負う事故が多発したのだ。
ある女子高校生は歩道橋の階段から落ちた。ある男子大学生は自転車とバイクの接触事故に巻き込まれ、女子大生は建築資材の落下の真下にいた。最後の女子大生は目の前で起こったことで、ギリギリて助けることができ、直撃は避けられたが腕に傷を負ったために病院へ。他にも正月が明けてから病院に来る若者が多いそうだ。
後からわかった全員の共通点は、若者であること、SNS等で噂を聞いたこと、神社のおみくじで凶を引いたことらしい。命に別条はないとはいえ、危険には変わりない。
このことから、KKたちは悪霊か質の悪い神か何かが仕掛けているのではないかと仮説をたてた。その調査のために神社にやってきたのだが。
「神社境内にはおかしな所はないな、ご神体にも異変なしとなると、あとはおみくじ自体だが」
「そうなると神様じゃなくて悪霊かな。でもそうなると良いことがあった人たちはなんで…?」
「霊視してみればわかるだろ。ほら、次だぞ」
前に並ぶ女子高生たちがきゃあきゃあとはしゃぎながら退くと、変哲もないおみくじが置かれていた。KKが隠れるようにして霊視をする様子を横目に箱に小銭を入れ、それを掴み振る。
ガシャンガシャンという音の後に現れるみくじ棒の数字の紙を引き出しから取り出すと、そこには中吉の文字が見えた。
「中身は普通のおみくじだね」
「…変だな、それには何も無い」
「原因はおみくじじゃないってことか。取り敢えず後ろつっかえてるからKKも早く」
小銭を入れ、ガシャンガシャンと乱雑に振って出てきた数字の紙を取ると、急いで列を離れる。
「若者全てが対象じゃないのか、それとも本当におみくじは関係ないのか…?」
「本当に何も映らなかったんだよね?」
「ああ、悪霊もなにも憑いてねえな。どうしたものかね」
一旦神社を離れながら、二人揃って首をかしげていると、顎の無精髭を擦るKKの手の隙間から見えたおみくじが目に入る。指の隙間から見える文字は『凶』の一文字だった。
「け、KK…」
「あ?なんだよ、青い顔して」
「それ、凶だ」
その言葉に弾かれたように顔を上げたKKが周囲を見渡す。僕をちらり、と見たあと霊視を行って意識をおみくじへ向けた。
向けられた視線に咄嗟に周囲を警戒すると、道の向こうから何か走ってくるものが見えた。
わん!
「えっ」
「は!?」
わん!わん!
犬である。どこから来たのか、犬が1、2…3匹こちらに走り寄ってきているのだ。だいぶ獰猛そうな顔をしている。
KKの表情が青褪めていく。犬は噛みつかんばかりの勢いで僕に見向きもせずKKを目指しているようだ。
逃げなくては噛まれてしまいそうで、二人で走り出した。
住宅街を駆けていると、KKの走る直線上、足元のマンホールの蓋が無いことに気づいた。後ろばかり気にして気づいていない彼の腕を引いて避ける。
住宅街を抜け、車通りの多い道路に出るとKKの目前を車が通り抜けた。突然現れた信号無視の車に冷や汗が止まらない。間一髪で服を引っ張った僕はファインプレーだ。
ここまで不幸続きなのはやはり『凶』のせいだろう。周囲の警戒を続けながら歩道を走る。
「くっそ!!どれだけ霊視してもなにも出てこねえ!!」
「じゃあなんでKKこんなに不運な目に遭ってるんだよ!!」
「知るか!!いや、神様のせいかもな!!もういっそそのへんのお地蔵さんに祈ってみるか!?」
アルカイックスマイルのお地蔵様の横を通り過ぎながらひたすら走る。犬はまだわんわんと声を上げて追いかけてきている。
ふと、神様、という言葉で手もとで握りしめていたおみくじを思い出した。一か八かではあるが、やってみる価値はあるのではないだろうか。改めて口に出すのは恥ずかしいが。
歩道橋を駆け上がり、先を進むKKの腕を掴む。
「KK!大好きだ!僕と!!添い遂げてください!!」
思わず口走った言葉の中に言うつもりの無かったことまで含まれていて、手で口を覆う。顔が熱くなってどこか遠くに逃げてしまいたくなる。
「お、おま…!それはオレが言う側だろうが!先に言ってんじゃねえよ!!」
「い、言う側とか関係ないだろ!!好きだから添い遂げたいって思うの当然だし!!」
「お、おおそりゃあ、ありがとうな!!でもそこは歳上を立てろ!愛してるよ暁人!!ずっと一緒にいてくれ!!」
「しょうがないな!僕も愛してるよ!!喜んで!!」
赤くなっているであろう顔を、いつの間にか止めていた足元に向けると、そこにはおりこうに座る犬が3匹。
はっと、思い出す。ここは歩道橋である。しかも平日昼間なのでそこそこ人がいるのだ。
パチパチ、と小さな音が聞こえ視線を向けると、女子大生と思しき3人がキラキラした表情で拍手をしている。拍手の波は徐々に広がり、周囲の人たちは微笑ましそうにこちらを見ていた。時折聞こえるお幸せに、と言う野次に羞恥で叫びだしたくなり、口を震わせる。
すると、突然KKに抱え込まれ走り出した。勢い良く風景が流れていく。犬はもう追いかけて来ず、階段も無事に駆け下りた。悪いことはおこらない。
そうしてアジトまで駆け込むと、僕を床に下ろしてKKは蹲った。腰でもやってしまったのかと、近寄ると、ボソボソと小さな声が聞こえてくる。
「公衆の面前でなにやってんだオレは…!」
どうやら羞恥で動けなくなっているだけらしく、体に問題は無いようで安堵の息を吐いて背中を擦った。
ぶり返す羞恥で熱くなる顔を手のひらで扇ぎながら、ごめん、と謝る。
「その、ほら、僕中吉だったから…僕のジンクスに巻き込ませて、KKの不運をどうにか出来ないかなって」
「………、……つまりなんだ、凶のオレの怪我をするっていう不運を、オマエの中吉の告白が成功するっていう事象を上書きして塗りつぶしたってことか」
「そうなる…かな?」
「そこまで強制力があるとなると、このおみくじとんでもないな」
顔を上げたKKの赤みの残る頬が引きつる。確かに、ただのおみくじと違って強制力というか矯正力が強すぎる。
しばらく黙り込んでいたKKはスマホで何処かにメールをすると、立ち上がって僕の腕を引いた。
今日は不運が起きないために片時も離れず一緒に居てもらうからな、と宣言され、本当に風呂から睡眠まで離してもらえないとは思いもせず。その晩は羞恥と気まずさで一睡もできなかったのだ。
後日、おみくじ騒動は神社がどこからか噂を聞きつけ、おみくじを一旦取り下げることで収まったようだ。原因は未だ不明だが、祈祷など対策を取るそうなので、ただのおみくじに戻ることを祈っている。