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    greensleevs00

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    タル鐘ワンライ「幽閉」

    久遠の指 今日も、鐘離先生は私の花を取り替えてくださる。私は数多の蒐集品のなかの一つに過ぎないけれども、彼が私を手に入れてから数千年、時折花を活けてもらったり、そうでなければ最高級の却砂材の箱に真綿に包まれて仕舞われていたりした。最近は私の海を溶かしたような瑠璃色の肌を気に入って下さっているらしく、先生の卓子が最近の定位置だった。
     私が花器としてそのような充実した生を与えられたのは、どうやら先生がある琥珀を入手したのがきっかけらしかった。私がこの卓子に呼び戻されたとき、先生は、私とその琥珀とを並べ、工芸茶――湯のなかで淡く花が開く――を飲みながら、満足そうに眺めていたからだ。それから毎日のように、午後のお茶の時間や、夜の内省的な時間に先生は私とその琥珀とを――どちらかと言えば琥珀の方を――愛おしげに見つめた。その琥珀には白々と硬い、例えば貝を思わせるような何かが混入していた。

     先生は少しだけ豪華なお屋敷に住んでいる。だから、屋敷には先生の身の回りを世話する人が何人か居て、先生を訪う人も珍しくはなかった。私にはよく分からないことだけれども、先生はいつの間にか往生堂という葬儀屋をやめたかと思えば、今では何だか有名らしい大学の教授とやらに収まったらしかった。
     私が置かれていたのは先生の書斎だった。先生はここで本を読み、思索に耽り、物を書いた。そして、客人を迎えるのもこの部屋だった。
     ある日、先生が例の琥珀と私を眺めている時、庭師が先生に庭を見に来てくれるように頼んだ。この屋敷の裏手には、先生が考古学的研究を重ね、璃月と呼ばれた国の庭園が再現されている――ということらしかった。私はまだそれを見ることはできていない。
     その時、先生は琥珀を箱には戻したものの、蓋をするのを忘れて部屋を出て行ってしまった。こんなことは初めてだった。だが、何故かこういう時に限って何か起こるものらしく、先生と入れ違いに、先生に会いに来た、という青年が書斎に通された。
     青年は暫く興味深そうに周囲を見回していたが、ふと私と、その隣にあった琥珀に目を留めた。私はわけも分からず、緊張した。何だか、先生の秘密、先生が誰にも触れさせずに育てている花園へ踏み込まれたような気がしたのだった。青年はその青い瞳で――私の肌の色とはこんな感じかしら?――まじまじと琥珀を見下ろした。青年の形の良い眉がぴくりと動いた。私にはそれが何を意味するのかは分からなかった。
     やがて先生が戻ってきた。青年は意気揚々と自分の名前と身分を名乗って、黒い手套に包まれた手を差し出した。彼を見た先生は顔を酷く強ばらせた。青年はそれを自分への不審と受け取ったらしく、事前にお会いする約束を取り付けていたこと、今は大学生でスネージナヤと璃月の外交史に興味があることなど、自分の正体を明瞭にしようとした。時の停止から解放された先生は、青年の話に頷き、二、三の質問をし、やっと人心地ついたようだった。
     茶が運ばれ、先生は青年の学問上の興味に丁寧に答え、青年はそれをノートにしたためていた。青年は一通り自分の関心を満たした後、私の方――正確には琥珀の方へ目を向けながら、あれは何か、と訊ねた。
     先生は青年を一瞥したあと、琥珀を摘み上げ、掌のなかで転がしながら、ある話を語った。この琥珀に纏わる伝承だとして。
     昔、神だった男がいた。神であったから、人々はみな彼を敬い、そしてその恵みを求めた。男は数千年間、その期待に応え続けた。何故なら、男は自分が守護する民と国を愛していたから。
     だが、男は無限かと思われる日々の繰り返しに段々と疲れていった。ふとした瞬間、神であることをやめようと思い立った。
     そんな時、男はひとりの人間に出会った。その人間は異国の者で、その男が神と知っても、敬う様子など微塵も見せず、ただ気の合う知り合いのように接した。
     男には、それが良かった。神が人の子に欲しても神故に手に入らないもの、それをその人間は男にはもたらした。
     だが、その人間は短命だった。神であった男に比べればこの世のあらゆるものは瞬きの間に過ぎ去るが、それでもその人間の一生はひと刹那であった。彼は戦いに身を投じ、死に近づくことを愛しすぎていた。
     その人間の手は、戦いによってばらばらに損壊していた。弓を美しく引いた手だった。神であった男は小指だけを拾い、肉を落として、それを大地へ預けた。気の遠くなるような――それでも神であった男にはさほど長い時間でもなかったが――時を経て、琥珀となった。
     話を聞き終えた青年は、神話のような話だと嘆息した。
    「はは、面白い。確かにこれは正しく神話だろう」
    「けれども、それは本当に人間の指? 他の動物のよく似た骨ではなく?」
    「……ああ、間違いない」
     先生は琥珀を見せびらかすようなことはせず、話を終えるとすぐさま箱へ仕舞っていた。青年は、ふうんと鼻を鳴らすだけで、それ以上は追及しなかった。茶を数杯飲み、じゃあね先生、と馴れ馴れしく挨拶をして帰っていった。その時、先生は私の知らない顔をしていた。

     それ以来、私はその琥珀が仕舞われているであろう場所へたびたび目が向くようになった。神に愛され、土に還ることを許されなかった人間の小指。まるで永遠に朽ちることを許されない幽閉のようだ、と思った。
     琥珀は私の視線に応えず、沈黙したままだった。先生の瞳を輝かす青年は今日も風のように現れては好きだけ喋っていく。その片手の手套、小指だけが満たすものを欠いていた。
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    greensleevs00

    DONE #タル鍾ワンドロワンライ  
    お題「花言葉」
    *タルが何気なくあげた花についての花言葉でぐるぐる考えてしまう先生と、そんな先生が何を考えているのか分からなくてもやもやするタルの話。

    タル鍾ワンドロワンライさんがクローズされるということで、2021年11月に投稿したものを記念に再アップ。タル鍾初書きかつ、初めての原神二次創作だった。
    花言葉 夕間暮れ、太陽が寂々と山の端に入りかかる頃、朱の格子から滲むように漏れ出す橙の灯りを、タルタリヤは薄ぼんやりと眺めていた。見慣れ、通い慣れた往生堂の玄関口である。普段ならば悠々とその扉を抜け、奥へ進み、此処の客卿と名乗る男に会いに行く。だが、今夜はどうにも扉へ手をかけるところから躊躇われた。ここ幾日か、鍾離の態度がどうにも奇妙なのである。
     発端と思しき出来事は数日前のことであった。
    「先生、これあげる」
     まるで野良猫が都合の良い投宿先を見つけたかのように往生堂に居つくタルタリヤは、ある日、蝋梅を鍾離の眼前へと差し出した。蝋梅は、古来より璃月で愛でられたきた梅花の一種であり、その名の通り蝋の如き花弁を持つ花であった。寂とした黄金こがね色であり、その長閑な輝きは月の風格に似る。鍾離と異なり、文人墨客的な美学を持たないタルタリヤでも、その璃月の文化的風土の一縷をその身に湛えたような花は、素直に美しいと感じた。
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