Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    greensleevs00

    @greensleevs00

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 19

    greensleevs00

    ☆quiet follow

    ベド暴走後の空ベド。空くんがベドの暴走を食い止める時に左腕を失うも、そのことがむしろを二人の間に愛情をもたらす話。欠損萌えに近いので注意。

    聖なる堕落窓の外では細い雨が音もなく降り続いていて、無数の銀糸がガラスを這い落ちていく。静寂しじまに満たされた室内では、ただ木炭をキャンバスに滑らせる乾いた音でさえ、あまりにもはっきりしていた。
    空は一時間ほど前から、窓際に置かれた椅子にぼんやりと座っていた。そこから十歩ほど離れたところには、アルベドがイーゼルを前にして立っている。彼の美しい瞳は、空と手元とを忙しなく行き来している。午餐のあとの、いつもの風景だった。
    針のように細い雨が見事なレース模様を窓に描くのを眺めるうち、予期していた通りの違和感が左腕の付け根に訪れた。それはやがて疼くような痛みへと変わり、空は咄嗟にその場所を手で覆った。通されるべき腕を失っている袖が、くしゃりと潰れる。
    「空、大丈夫かい」
     絵を中断して、アルベドが近寄ってくる。彼の手が腕の付け根に優しく触れ、痛みを蕩かすように穏やかに撫でられる。その度に、ガラス玉のような瞳には影が宿る。
    「……すまない、ボクがあんなことにならなければ、」
    「もうそれは言いっこなしだよ」
    そうかい、と金糸のような睫毛が伏せられる。空はそれ以上は何も言わずに、ただ失われた左腕を見下ろしていた。
    これは、一つの惨劇の結果でもあり、また勝利の証でもあった。魔龍の毒に侵されたアルベドが「堕落」し、全てのものを呑み尽くそうとした時、空は彼に託された通りに己の剣を彼に突き立てた。その突き立てようとした瞬間、剣を彼の体に奥深く埋めるのと引き換えに、抵抗するアルベドに左腕を斬り落とされて失ったのだ。
    こんこんと眠り続けたアルベドは、覚醒したばかりのぼんやりした眼差しで空を捕らえるや否や、キミが生きていて良かった、と力なく笑った。だが、起き上がり、空の体に起きた変化を認めた瞬間には、どうしたら償えるのだろうと、蒼褪めて窶れた顔は絶望に打ちひしがれていた。
    これまでにも、天気の悪い日に、皮膚に刻まれた無数の古傷が痛むことは、しばしばあった。その時には過去に自分が戦い、そして斬り捨てねばならなかった無数の命を思って、気分が沈むだけだった。そうした古傷の痛みのなかで、左腕の付け根を襲うそれは、最も鋭く疼く。だが、その訪れは空の胸を甘美なもので満たす。
    アルベドは空洞の袖を捲り上げ、腕の付け根を露出させる。皮膚が引き攣れ、そこで肉が無惨にも断ち切られた痕跡が生々しかった。ターコイズグリーンの眼差しがたっぷりと注がれた後、アルベドは恭しく、けれども厳かにそこへ接吻した。それはあたかも聖痕への口付けのようだった。
     空はほんの少しくすぐったさを感じて、身じろいだ。名残惜しそうに、触れていた唇が離れていく。捲られた布が秘すように下ろされて、また虚な袖が腕の代わりとなって現れた。
    「……早く、キミの腕を完成させないとね」
     あの時以来、アルベドの研究は空の左腕の創造になっていた。残された右腕でも剣は振るえる、と言っても、アルベドは止めようとはしなかった。日夜、空の腕を創っては、これではないと棄てていく。彼の潔癖な倫理観と自責の念とが、彼を追い詰めているのだと、空は思っていた。けれども、そうして創った腕を、アルベドはただの一度も空の左肩にあてがったことはないのだ。
    「空、まだ痛むかい?」
    「ううん、だいぶ痛みは引いたかな」
    「良かった。モデルはまだ続けられそうかい? 今日中に下絵を仕上げてしまいたいんだ」
    「座ってればいいだけだから、大丈夫」
    アルベドはイーゼルの前に立ち直し、再び木炭が白いキャンバスを滑り始める。空が腕を失ってからというもの、彼はもう数え切れないほど、空の姿を絵に留めようとしている。それも必ず腕のないことがはっきりと分かるような角度や構図で。いつだったか、その引き攣れた皮膚を直接の画題にしたことさえあった。空の見間違いでなければ、その度に己へ向けられる瞳の奥には、幸福のようなものが滲んでいる。
    窓の外では、雨が激しさを増していた。矢の如く降り注ぐそれは、檻のように二人を閉じ込める。間断のない雨音は、かえって静かですらある。
    アルベドの創る腕が永遠に完成しなければいい、と祈りにも似た気持ちで、空はまた痛み始めた左腕の付け根に手を這わせた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏😭👏👏💗👏☺🙏🙏🙏🙏💯💯💯💯💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator