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    greensleevs00

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    greensleevs00

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    ベド暴走後の空ベド。空くんがベドの暴走を食い止める時に左腕を失うも、そのことがむしろを二人の間に愛情をもたらす話。欠損萌えに近いので注意。

    聖なる堕落窓の外では細い雨が音もなく降り続いていて、無数の銀糸がガラスを這い落ちていく。静寂しじまに満たされた室内では、ただ木炭をキャンバスに滑らせる乾いた音でさえ、あまりにもはっきりしていた。
    空は一時間ほど前から、窓際に置かれた椅子にぼんやりと座っていた。そこから十歩ほど離れたところには、アルベドがイーゼルを前にして立っている。彼の美しい瞳は、空と手元とを忙しなく行き来している。午餐のあとの、いつもの風景だった。
    針のように細い雨が見事なレース模様を窓に描くのを眺めるうち、予期していた通りの違和感が左腕の付け根に訪れた。それはやがて疼くような痛みへと変わり、空は咄嗟にその場所を手で覆った。通されるべき腕を失っている袖が、くしゃりと潰れる。
    「空、大丈夫かい」
     絵を中断して、アルベドが近寄ってくる。彼の手が腕の付け根に優しく触れ、痛みを蕩かすように穏やかに撫でられる。その度に、ガラス玉のような瞳には影が宿る。
    「……すまない、ボクがあんなことにならなければ、」
    「もうそれは言いっこなしだよ」
    そうかい、と金糸のような睫毛が伏せられる。空はそれ以上は何も言わずに、ただ失われた左腕を見下ろしていた。
    これは、一つの惨劇の結果でもあり、また勝利の証でもあった。魔龍の毒に侵されたアルベドが「堕落」し、全てのものを呑み尽くそうとした時、空は彼に託された通りに己の剣を彼に突き立てた。その突き立てようとした瞬間、剣を彼の体に奥深く埋めるのと引き換えに、抵抗するアルベドに左腕を斬り落とされて失ったのだ。
    こんこんと眠り続けたアルベドは、覚醒したばかりのぼんやりした眼差しで空を捕らえるや否や、キミが生きていて良かった、と力なく笑った。だが、起き上がり、空の体に起きた変化を認めた瞬間には、どうしたら償えるのだろうと、蒼褪めて窶れた顔は絶望に打ちひしがれていた。
    これまでにも、天気の悪い日に、皮膚に刻まれた無数の古傷が痛むことは、しばしばあった。その時には過去に自分が戦い、そして斬り捨てねばならなかった無数の命を思って、気分が沈むだけだった。そうした古傷の痛みのなかで、左腕の付け根を襲うそれは、最も鋭く疼く。だが、その訪れは空の胸を甘美なもので満たす。
    アルベドは空洞の袖を捲り上げ、腕の付け根を露出させる。皮膚が引き攣れ、そこで肉が無惨にも断ち切られた痕跡が生々しかった。ターコイズグリーンの眼差しがたっぷりと注がれた後、アルベドは恭しく、けれども厳かにそこへ接吻した。それはあたかも聖痕への口付けのようだった。
     空はほんの少しくすぐったさを感じて、身じろいだ。名残惜しそうに、触れていた唇が離れていく。捲られた布が秘すように下ろされて、また虚な袖が腕の代わりとなって現れた。
    「……早く、キミの腕を完成させないとね」
     あの時以来、アルベドの研究は空の左腕の創造になっていた。残された右腕でも剣は振るえる、と言っても、アルベドは止めようとはしなかった。日夜、空の腕を創っては、これではないと棄てていく。彼の潔癖な倫理観と自責の念とが、彼を追い詰めているのだと、空は思っていた。けれども、そうして創った腕を、アルベドはただの一度も空の左肩にあてがったことはないのだ。
    「空、まだ痛むかい?」
    「ううん、だいぶ痛みは引いたかな」
    「良かった。モデルはまだ続けられそうかい? 今日中に下絵を仕上げてしまいたいんだ」
    「座ってればいいだけだから、大丈夫」
    アルベドはイーゼルの前に立ち直し、再び木炭が白いキャンバスを滑り始める。空が腕を失ってからというもの、彼はもう数え切れないほど、空の姿を絵に留めようとしている。それも必ず腕のないことがはっきりと分かるような角度や構図で。いつだったか、その引き攣れた皮膚を直接の画題にしたことさえあった。空の見間違いでなければ、その度に己へ向けられる瞳の奥には、幸福のようなものが滲んでいる。
    窓の外では、雨が激しさを増していた。矢の如く降り注ぐそれは、檻のように二人を閉じ込める。間断のない雨音は、かえって静かですらある。
    アルベドの創る腕が永遠に完成しなければいい、と祈りにも似た気持ちで、空はまた痛み始めた左腕の付け根に手を這わせた。
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    greensleevs00

    DONE #タル鍾ワンドロワンライ  
    お題「花言葉」
    *タルが何気なくあげた花についての花言葉でぐるぐる考えてしまう先生と、そんな先生が何を考えているのか分からなくてもやもやするタルの話。

    タル鍾ワンドロワンライさんがクローズされるということで、2021年11月に投稿したものを記念に再アップ。タル鍾初書きかつ、初めての原神二次創作だった。
    花言葉 夕間暮れ、太陽が寂々と山の端に入りかかる頃、朱の格子から滲むように漏れ出す橙の灯りを、タルタリヤは薄ぼんやりと眺めていた。見慣れ、通い慣れた往生堂の玄関口である。普段ならば悠々とその扉を抜け、奥へ進み、此処の客卿と名乗る男に会いに行く。だが、今夜はどうにも扉へ手をかけるところから躊躇われた。ここ幾日か、鍾離の態度がどうにも奇妙なのである。
     発端と思しき出来事は数日前のことであった。
    「先生、これあげる」
     まるで野良猫が都合の良い投宿先を見つけたかのように往生堂に居つくタルタリヤは、ある日、蝋梅を鍾離の眼前へと差し出した。蝋梅は、古来より璃月で愛でられたきた梅花の一種であり、その名の通り蝋の如き花弁を持つ花であった。寂とした黄金こがね色であり、その長閑な輝きは月の風格に似る。鍾離と異なり、文人墨客的な美学を持たないタルタリヤでも、その璃月の文化的風土の一縷をその身に湛えたような花は、素直に美しいと感じた。
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