すれ違い「ただいま。」
「おかえりー。会食どうだった?」
「疲れたが、まぁ収穫はあった。」
「良かったじゃん。ちゃんと飯食えた?」
「あぁ、中華のコースだった。」
「良いなァ、俺も北京ダックとか食いたい。」
「美味かったから今度行くか。」
「マジ? 行く!」
「そしたら次の休みな。あとこれ、得意先から貰った。」
「すげェ、見るからに高級そうなパッケージ。あ、良い匂い。」
「イギリスの老舗なんだが、パックは珍しいそうだ。今日淹れるか。」
「おー、いいね。今ちょうど風呂沸かしてるから入れてくるワ。取り敢えず、大寿くんコートとジャケット脱いできて。」
「皺になる前にだろ。」
「ふふん、分かってんじゃん。」
三ツ谷がご褒美とばかりに、頬にキスをしてきた。
――
「はい、飯食ったっていうから今日はコーヒーにしたよ。」
「あれは淹れなかったのか。」
「あれ?」
「さっき渡した紅茶。」
「……紅茶?」
「おう。」
次の瞬間、三ツ谷がものすごい勢いで浴室へ駆けていった。何が起こったのか分からなくて、頭の中でそれまでのやり取りを反芻する。
『良い匂い。』
『今ちょうど風呂沸かしてるから入れてくるワ』
まさかと思って浴室へ向かうと、案の定三ツ谷が風呂場の前でへたり込んでいた。
「……大寿くん。」
「……入れたのか。」
思わず指した指の先には、黄金色のお湯から王室御用達の芳しい紅茶の香りが上っている浴槽がある。
「パッケージお洒落だし良い香りしたから入浴剤かと思って…。」
「…。」
ダメだ抑えろ、と拳を強く握る。
「ごめん…。」
けれど更に項垂れた三ツ谷を見て、それまで耐えていたものが一気に外に出てきた。
「……ぶっ、くく…はははははは!」
「……。」
「…っお前…入浴剤って…わはははっ!」
「~~ッ! 大寿くんだって止めなかったじゃん! いや確認しなかった俺が悪ィけど!」
「あの流れで入浴剤だと勘違いしてるとは思わねぇだろ。っぶ…ふふ…ダメだ…ははははは!」
「ッ大寿テメェ笑いすぎなんだよ!!」
真っ赤になった三ツ谷が振り上げた拳を難なく受け止めると、そのまま引き寄せて抱き込んだ。腕の中の三ツ谷は離せと暴れたが、構わずに眼下のつむじに口付ける。
「はぁ、テメェといると本当に飽きねェな。」
「…飽きたらぶっ殺す。」
暴れることをやめた三ツ谷は、そう物騒なことを呟いて胸に顔を埋めてきた。
「折角、得意先の人がくれたやつなのにごめん…。」
くぐもった声が聞こえる。やはりまだ罪悪感は感じているようだ。どうしたものかと思案していると、三ツ谷が腕の中から離れた。
「風呂沸かし直すわ。疲れてるとこ悪ィんだけど、もうちょっとだけ待っててくれる?」
申し訳なさそうな三ツ谷の顔を見て、ある考えが浮かぶ。
「いや、このまま入る。」
「え、でもこれ入ったら身体が紅茶臭くなりそうじゃね? やっぱ入れ直そうぜ。」
浴槽の栓を抜こうとした三ツ谷の手を取って振り向かせると、その唇にがぶりと噛み付いた。そのまま舌を差し入れて、口内を貪る。口を離した時、今度三ツ谷は酸欠で顔が真っ赤になっていた。濡れた瞳に映る自分は、心底楽しそうだった。
「この紅茶風呂に浸かったテメェを味わうことにする。」
「…大寿くん、時々ビビるほど親父臭いよね。」
「おう。」
憎まれ口だって、そんな赤い顔で言われたら可愛いだけだ。引かないと分かったんだろう、観念したらしい三ツ谷が首に手を回してきた。
「おら、一緒に入るぞ。」
「…しょうがねェな、このエロ親父め。」
果たして、紅茶風呂に浸かると身体から紅茶は香るのか。答えは二人だけしか知らない。