シーツ「今日、天気良くて気持ち良いね。これでも少しあったかくなってくれたら最高なんだけどなぁ。」
三ツ谷が眩しそうに目を細めて空を見上げる。今日は天気は良いが風が強いので、シーツはパタパタと大きくはためき、三ツ谷の少し長め前髪も風に煽られてパタパタと顔に当たっていた。大寿は、風に靡く髪をそっと手で避ける。
「髪、目に入りそうだぞ。」
「ありがと、今日風は強ェもんな。シーツめっちゃ良く乾きそう。」
楽しみだね、と三ツ谷が柔く微笑む。
同棲してから初めての週末は、突き抜けるほど青い空と風にはためく真っ白なシーツの対比で、目が痛いくらいの快晴だった。
――
三ツ谷と一緒に暮らすまで、大寿はベッドシーツを衣服と一緒にクリーニングに出していた。手間と仕上がりを考えれば、圧倒的にそちらの方が合理的であるというのが大寿の考えだった。
今日も、スーツと一緒にシーツもクリーニングに出そうとしていたら三ツ谷が驚いたような声を上げた。
「え、大寿くんってシーツもクリーニング出してんの?」
「あぁ。」
「…ちょっとタグ見してくんない?」
服を愛する三ツ谷は、抜け目なくタグで洗濯の可否を確認する。
「よし、これ洗えるやつだね。服はクリーニング頼まないといけないやつがあるからしょうがないとして、シーツは家で洗濯してみねェ?」
「シーツ一枚追加したところで、そんなに金額は変わんねぇぞ。」
大寿の言葉に、お金のことも勿論あるけどと三ツ谷が眉を下げて笑う。
「天気が良い日にシーツ干すの、気持ち良くて好きなんだよね。」
だから試しに一回だけ家で干してみない? という言葉にまんまと乗せられて、朝からせっせと洗濯機を回したのだった。
――
午後、シーツを取り込んでみると太陽の熱は見事に乾かして、まだ少し温かみさえ残っていた。二人で協力して端と端を持ってダブルベッドに敷いたおかげでピンと皺なく張られたシーツは、中々どうして気分を良くさせた。ところがそこへ三ツ谷がダイブしたので、大寿の額には青筋が浮かぶ。
「よいしょー。」
「おい、せっかく干したのに服のまま寝るな。」
「まぁまぁ、大寿くんもそんな固いこと言わずに。」
「固くねェ、」
清潔さの問題だろ。と言い終える前に三ツ谷に腕を引っ張られる。不意をつかれたので、そのままベッドに腰掛けてしまった。その様子を見て三ツ谷がケラケラと笑う。
「テメェ…」
「座っちゃったらもう変わんねェよ、ほら。」
また洗えば良いんだしさ。
三ツ谷がそう言った時、大寿の心に何かがヒタヒタと沁みていった。それは、これからこうして三ツ谷と日常を積み重ねていけることへの喜びと、この幸せがいつか壊れてしまうのではないかという少しの恐怖。いずれも、初めて大寿の中に沸き立つ感情だった。
胸に渦巻くこれをどうして良いのか分からなくて、大寿は言われるがまま三ツ谷の隣に横になる。
「どう? 干したてのシーツってお日様の匂いして気持ち良くない?」
正直なところ、仕上がりも匂いもクリーニングで出した時の方が上等だと思う。それなのに、まだ少し残る陽の温もりだとか、三ツ谷の言うところのお日様の匂いだとか、目の裏に焼き付いている青空の下ではためくシーツを見つめる三ツ谷だとか、思い出すとこのシーツがとても尊いものに感じられてしまって。大寿は今、幸せすぎて怖いという気持ちと戦っていた。この穏やかな時間を知ってしまって、きっと自分はもう一人で生きられない。
深呼吸を一つして、目を瞑ってこの気持ちをやり過ごそうとしていると、三ツ谷の手が大寿の頬を包んだ。
「大寿くん。」
暖かい声が大寿の耳に響いて思わず目を開くと、青空の下でたなびくシーツのように眩しい笑顔の三ツ谷と目が合う。
「大丈夫。オレ達はこうやって明日も明後日もおじいちゃんになっても、きっとシーツ干して笑ってるよ。」
そう言って大寿の頬を撫でる三ツ谷の表情があんまりにも優しくて。目頭が熱くなって、慌てて奥歯を噛み締めて堪えた。そして考えるより先に、自身の頬を撫でる三ツ谷の手を握る。暖かい手は大寿を安心させた。
「…家でシーツ洗濯すんの、悪くねェな。」
「だろ、ふふ。」
すり、と明らかな色を孕んで三ツ谷の指が大寿の身体をゆっくり上から下になぞっていって、あるところでピタリと止まった。ゆるゆると円を描くように撫でられる。
「…明るいうちから何盛ってんだテメェは。」
「だって一緒に住んで初めての週末だよ。そんでこのまだあったかいシーツ、裸で寝転がったらもっと気持ち良いと思うなァ。」
明日また洗えば良いんだしさ。
そう言って艶やかに笑う三ツ谷に、大寿も負けじと色気を含んだ笑みを浮かべる。
一度身体を起こすと、三ツ谷が察して自身の体勢をうつ伏せから仰向け変える。顔には艶やかな笑みを湛えたままだ。
(上等じゃねぇか。)
これからも、こうして三ツ谷と生きていく。
大寿は三ツ谷に上から覆いかぶさると、鼻同士を擦り合わせられるくらいまで顔を近づけた。吐息まぎれに囁く。
「…なら派手に汚しても問題はねぇな。」
え、という三ツ谷の言葉を飲み込むように大寿はその唇に噛み付いた。嗚呼、これからの三ツ谷と一緒に歩んでいく日々が楽しみで仕方がない。
その後、週末はシーツを洗濯することが二人のお決まりになっていったとか。