嫉妬アトリエに泊まって朝帰りしてきた三ツ谷は、帰宅早々爽やかな朝に似つかわしくない台詞を吐いた。
「大寿くん、浮気しただろ。」
「?」
「オレが昨日アトリエ泊まってる間に、浮気しただろ。」
「なに言ってやがんだてめェ。」
「しらばっくれる気?証拠は上がってんだよ。」
「…ッ!」
「…オレだけだって誓った、あの日のことは嘘だったんだね…。」
「嘘じゃねぇ。」
「じゃあなんで…!」
「…テメェがいなくて、どうしても我慢できなかったんだ。」
「…。」
「今回は魔が差したが、お前だけだと誓ったことは嘘じゃねぇ。本当だ。」
「…ます。」
「三ツ谷?」
「実家に帰らせていただきます!」
「おい、待て!」
出て行こうとする腕を掴んで振り向かせると、逃さないように空いてる手で腰を掴んで引き寄せた。
あと少し動けばキスできそうな距離で、しばらく2人は見つめ合う。
「…んふ、ふふふ…あっはっはっは!大寿くん可愛い~!」
「…クソ、またとんだ茶番に付き合わされた。」
笑いすぎて仰反る三ツ谷の腰を支えながら、大寿が苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
「めっちゃノってくれるじゃん!浮気の証拠見せた時の顔、まじ演技派すぎて写メりたかったワ。」
「絶対やめろ。」
「ノリ良くて演技も上手いなんて、オレの彼氏は最高だな。」
「うるせぇよ!ノらなきゃ拗ねるくせに。」
笑いすぎて泣いている三ツ谷の涙を、大寿の親指が拭った。
「はぁ、笑った。朝から付き合ってくれてありがとう、ただいま。」
「…おかえり。」
アトリエから帰宅した三ツ谷に度々振られる、こうした茶番を本当に面倒くさいと思うのに、この笑顔を見るとまぁ良いかと毎回絆される自分が悔しかった。
三ツ谷が浮気の証拠として突き出したのは、昨晩どうにも小腹が減って寝られなくなったために、大寿が夜食としてコンビニで買ったおにぎりのゴミ。机の上に置いておいたまま、捨てるのを失念していたらしい。
そう、三ツ谷が大寿の浮気相手だとしたのは、コンビニのおにぎりだった。どうやら、前に酔っ払った大寿が
『俺は、三ツ谷が握ったおにぎりしか食いたくない。』
と言ったのを思い出して、今回の茶番を思い付いたらしい。
「で、コンビニのおにぎりは美味かった?」
大寿の首に腕を回しながら、三ツ谷が聞いてくる。答えは分かりきっていると言わんばかりの笑顔が見透かされているようで面白くなくて。大寿は不敵に笑って答えた。
「おう、美味かったぞ。冷たくても米に甘さがあって塩もしっかり効いてた。最近のコンビニ飯は伊達じゃねぇな。」
「…ふーん。」
大寿の言葉を聞いて、三ツ谷の唇が尖ったのが分かった。
「普通に美味かったからテメェのおにぎりと比べて、余計テメェのが食いたくなった。」
三ツ谷のおにぎりは、大寿の大きい手にしっかりと収まるくらい大きく、ひと口が大きい大寿のために周りに塩がしっかり塗してある。大寿のことを考えて作っていると分かるそのおにぎりを食べると、大寿は心も身体も満たされる気持ちになった。
昨日、夜遅くに仕事を終えた大寿はどうしても三ツ谷のおにぎりが食べたくなって、ひとまずこれで我慢しようとコンビニのおにぎりを買った。企業努力の賜物であるそれは美味かったが、やっぱり比べてしまって。結果、腹は満たされたけれど三ツ谷のおにぎりがもっと恋しくなったのだった。
「ふーん。」
三ツ谷の口から出たのは先ほどと同じ言葉だったが、語尾は上がって口元は綺麗な弧を描いていた。三ツ谷は大寿のことを存外分かりやすいというけれど、三ツ谷も同じくらい分かりやすい、と大寿は思っている。
「朝飯、おにぎりにする?」
三ツ谷が笑いながら聞いてくる。先ほどまでの笑顔とは別の、慈しみが溢れる笑顔は、大寿が好きな顔だ。
「…米、炊いておいた。」
「あはは、作ってもらう気満々じゃん。」
じゃあ準備すんねと離れていきそうになった身体を引き留めて、もう少しだけと自身の腕の中に抱き込んだ。
「お、なんだなんだ甘えん坊モードか。」
そう言いながら、三ツ谷は大寿の背中に腕を回してふくふくと笑った。
「オレの彼氏は、ノリ良くて演技上手くて甘えん坊で最高だなァ。」
「俺の彼氏は嫉妬深ェ。」
「えぇ、オレ大寿くんの人間関係とか全然口出ししたことないじゃん。てかいきなりなんで?」
きょとんとする三ツ谷に向かって、大寿は笑った。この後の台詞を聞いて「作ってやらねェ!」と言われる前に、先手を打って三ツ谷を抱きしめる腕に力を入れる。
「俺の心だけじゃなくて、胃袋も掴んでないと気が済まねェらしいからな。」