【へたうり】ものすごく派手な地味ハロウィン2022【くわぶぜ】恋人が突拍子もない行動をするのは、比較的いつものことなのでだいぶ慣れてきた今日この頃ではあるが……それでも理解が追いつかない場合は、一度フリーズするほかはない。
今日僕はそんなことを考えつつ、玄関のドアを開けた形のまま固まっていた。
「ハッピーハロウィン!!」
豊前の明るい声が、六畳一間の狭い部屋に響く。
「何その恰好……」
「知らねぇの?今流行ってる地味ハロウィン……」
「地味……」
聞いたことはある。なんか日常を切り取ったような「あるある」的な格好をテーマにしたコスプレ……だったような。確かに今日は10月31日、ハロウィンとかいうイベントで、街中は大変に活気づいていたみたいだけど。
「で……テーマは……?」
なんとなく想像はできたけど……一応聞いてみた。
「モテない理系男子大学生!」
「モテないは余計だよっっ!!」
そう、僕の目の前に立った豊前は、僕の愛用品を身に着けていた。
ちょっとくたびれてるけどポケットのたくさんついたワーキングパンツに、よれよれのTシャツ。その上にチェックのネルシャツを羽織り、さらにその上からは白衣。小物も研究室で使う時の眼鏡をかけて、邪魔にならないように前髪をゴムで括っている。
あーわざわざ小脇にキムワイプまで抱えて……。
「どうだ?あるあるって感じだろ?」
完璧な出来に、豊前は嬉しそうだ。
僕はようやく、靴を脱ぎ部屋に入りってカバンを下ろした。
「まあ、格好は完璧だけどね……」
「え?ダメ出し……?」
「ダメだよ、全然ダメ……『モテない』理系男子大学生でしょ。その顔はないわぁ……」
僕のダメ出しに豊前はぷぅと頬を膨らませた。
「顔はしょーがねーだろ。ってかそんなにモテねぇよ?」
「首をかしげない。その顔でモテないなんて言ったら、ウソつきって閻魔様にした引っこ抜かれるよ」
「んー、完璧だと思ったんだけどなぁ」
面白いくらいにしょげているのがなんだか可愛い。
「リアリティが足りないんだよ、ちょっといい?」
僕は、カバンの中からペンケースを取り出すと、スケッチ用の4Bの鉛筆を手に持った。
「?」
首をかしげる豊前の顔に少しだけ手を入れさせてもらう。
「うん……だいぶリアル!!」
僕が豊前に手鏡をを見せる。
「ははっ、すげー顔!!」
豊前も嬉しそうだ。
僕が書き足したのは目の下のクマ。これは理系大学生には必須だよね。リアルリアル。言っててちょっと悲しくなるけど。
「なあ、お前もなんかしろよ。地味ハロウィン」
「え?僕はいいよぉ」
急に言われても何にも思いつかないし……。
「俺が作ってやるよ」
言うなり豊前は、カバンの中から取り出したワックスみたいなものを僕の髪の毛に塗り付けていく。まるでメッシュを入れたようにそれを塗り付けたところだけ色が黄色っぽく変わっていった。
「わ、わぁ落ちるよね、それ大丈夫だよね」
「でーじょーぶ、洗えば落ちるよ」
豊前は、僕の髪をわさわさとセットすると、後ろ髪を少しだけくくり、前髪は無造作にあげてしまう。
「ま、前髪は降ろそうよ……」
「ダメだ。お前は素材はいいんだから活かさねーとな」
豊前はとても楽しそうだ。
そうこうしている間に、耳にも色々つけられている。イヤーカフス?イヤリング?
小さいけれど、何だか耳が重い。
そして、僕の夏の私服であるハーフのカーゴパンツに豊前の私服であろう少しだけ派手な柄のアロハシャツ。
「あ、ボタンは3つあけてな?」
「3つ???」
ほぼ裸じゃん。
最後に、金のネックレスとサングラスを渡されて
「ハイ、チャラ男の完成ーーー」
豊前が嬉しそうに拍手している。
まあ、なんとなく途中からわかってたけど……。
落ちつかないことこの上ない。
「似合ってるぜ、もっと胸張れよ」
「そういわれても……」
耳は重いし、胸はすうすうするし。前髪を上げられてしまってなんだか不安しかない。
「よし、せっかくだから、松井んところ、遊びに行こうぜ」
「え?今から?」
まあ、今日は週末でハロウィンだし、きっと彼のお店もにぎわっているだろう……けど。
そんなことを考えている間にも、豊前は靴を履き始めている。
「そ、それ僕の……」
僕のくたびれたワークブーツに足を突っ込む豊前。
「俺は今、モテない理系男子大学生だからな。お前はこっち」
差し出されたのは豊前の夏用のスリッポン。
まあ格好からしたらこっちの方が合いそうではある。
けど、ちょっと小さいんだよねぇ。
「ほら、もたもたしてねぇでいくぞ」
豊前はキムワイプを抱えたまま、勇ましく玄関を飛び出していく。目の下のクマでさえ、彼のカッコよさを引き立たせる道具のようだった。
「ま、まってよぉぉ……」
僕たちのハロウィンの夜は始まったばかりであった。
街中で、大学の仲間に会って「……誰?」ってすごい顔で言われたのはまた別の話。