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    nume_numeri

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    ラーハルトとヒュンケルの話。
    エロ無し健全。
    原作後の話になるのでネタバレご注意ください。

    #ダイの大冒険
    daiNoDaiboken
    #ラーハルト
    rahalto.
    #ヒュンケル
    hewlett-packard

    灰と燃えさし思えば、その日は朝からろくな事がなかった。
    愛用の毛皮には虫が湧き、道具袋の留めは壊れ、携行食にはカビが生えていた。もともと運勢などは信じないほうだが、ここまで不運が続くなら慎重になった方がよかったのかもしれない。
    きっかけは、ちょっとした近道だった。
    長く曲がった道を省略するために草地を突っ切った後、ヒュンケルが体調を崩すまで数時間もかからなかった気がする。おそらく草地に埋もれて足元がよく見えなかったのだろう、鋭い草や木板の釘で足を切ると、そこから病魔が入るのだと聞いたことがある。
    足取りもおぼつかない友の肩をかつぎ、手頃な廃屋に寝かせてよくよく症状を問いつめてみれば、それらしい切り傷と高熱が想定した病と合致した。
    「長い近道になったな」
    熱に浮かされながらそんな軽口を叩く友に、かつてバラン様から頂いた丸薬を与えたり、湯冷ましを飲ませたりといった手当てを繰り返し、熱が下がった頃には、すっかり日も暮れかけていた。
    オレが道具や衣類を片付け、なんとなしに息をつくと、反応したヒュンケルと目が合う。
    ただ木で組んだだけのベッドに、マントを敷いた寝台。そこに横たわる友の表情はまだ生気がなく、見てるこちらまで不安になってくる。
    枕にからみついた銀髪がほどけ、顔がこちらを向いた。
    「オレのせいで、すまない」
    「いいから回復することに専念しろ」
    かろうじて形を留めていた廃屋は壁が崩れかけていて、壁のすき間から差す光が空中のかすかな埃を照らし、寝台に光の縞を落としている。その光だけを頼りに革袋を探し、飲み水を布に含ませた。
    人間の看病は、かろうじて心得があった。とはいえそれは、オレがまだ人間社会から離反する前の、幼い頃の話だ。かつて母が伏していた死の床が、目の前の粗末な寝床と重なって見え、かぶりを振る。
    「何かほしいものがあったら言え」
    そう言いながら絞った布で汗を拭き、額に添える。
    「食欲はない」
    「食べ物以外で、なにかないのか」
    幼少期からバラン様にお仕えしていたオレには、人間の知識が足りない。それなら、こちらから細かく聞くより本人に聞いたほうがいいだろうと思って問いかけてみたが、当のヒュンケルは自分に必要なものすらよくわからないという顔をしている。
    しばし沈黙が続いたが、オレは答えを急がなかった。一緒に旅をするようになってよくわかったが、こいつは自分の欲求を言葉にすることに慣れていない。それなら、そばにいる者が辛抱強く練習させてやるのがいいだろうと考え、最近はなるべく言葉を待つように心がけている。
    「……骨を」
    思い出したように、かさついた唇が動いた。
    「ここに来るときに、お前が拾っていた骨があるだろう。あれをくれないか」
    「ああ、あれか」
    オレは戸口に向かうと、立てかけておいた獣の骨を手に取った。改めて見てみると、傷ひとつなく、どこにも肉片が残っていない、つるりとしたきれいな骨だ。おそらく飢えて死んだ獣がそのまま朽ちて、肉はすべて蛆に喰われたのだろう。オレの足より長く腰より短いそれは、鹿か馬の腿を思わせる、太くて見事なものだった。
    体力が落ちて歩きもおぼつかないヒュンケルに、ひとまず杖代わりにと見回して渡したものだったが、病床に伏している今、これをどう使うというのだろう。少し疑問に思ったが、半分魔族のオレには分からない、人間ならではの慣習がきっとあるのかもしれないと、さして気に留めなかった。
    「これでいいのか」
    中に戻り、問いかけるが返事がない。おい、と再び声をかけてのぞきこんでみると、ヒュンケルの瞼は落ちていて、かすかな寝息が聞こえてくる。
    その寝顔を見て、最近のオレたちは少し無理をしていたことを思い出した。眠るときは二、三時間おきの交代で、ベッドで横になることも何週間ぶりかわからない。いつもなら日が落ちるまで歩き続けているオレたちだが、少し道を急ぎすぎていたのかもしれない。せめてこんな時くらいは、眠りたいだけ眠らせておいたほうがいいだろう。
    「食料を探してくる。ヒュンケルはお前に任せた」
    手早くマントを羽織ると、枕元に立てかけた骨にそう言って廃屋を後にした。

       ◇

    廃屋に戻ってきたとき、とっくに日は落ちて夜になっていた。
    背負っていた荷袋は、いくつかの野草と果実、清流から汲んだ水、それと帰路で仕留めた野兎でだいぶ重たくなっていた。これに備蓄の麦も合わせれば、それなりに栄養のつくものができるだろう。
    かろうじて尽きずに残っていた熾火から火種を取ってランプを付けると、なるべく音を立てずに中に入った。魔族の血を持つオレは、人間と比べるとかなり夜目が効くほうだ。夜になっても月が出ていれば特に困ることはないが、病床に就く友はそうではない。
    「ヒュンケル」
    ゆっくりランプを近づければ明かりで反応するかと思ったが、掛け布団代わりのマントからは銀髪がわずかに覗くばかりで、人の形の膨らみは寝息でかすかに上下している。
    よほど普段の疲れがよほど溜まっていたのだろう。そのまま寝かせてやりたいとは思ったが、ここで横になってからもう半日くらいになる。そろそろ起きて、無理にでも腹に何か入れておいたほうがいい。
    オレは迷いながら、掛け布団代わりのマントに手をかけた。
    「ゥ、ン」
    半日ぶりに眺める友の顔がランプの明かりを受け、眉に皺が寄る。顔の半分向こう側に濃い影を落としながら、甘えるようにその鼻先をすりつける――何か。
    見直せば、夕方に見た骨。
    「……とう、さん」
    そう言い、骨を抱くヒュンケルを見て思い出したことがあった。かつて幼い頃に育ててもらったという養父の話は、長い旅路の合間で、まだ二、三度しか聞いたことがない。その養父はアンデッドだったということと、あの魔軍司令ハドラーを守護する門番だったということ、せいぜいそれくらいだ。
    その養父とどう暮らし、どんな毎日を過ごしていたか、そんな細かいところまでは聞いていないし、尋ねたところで本人もそれほど多くは語らないだろう。
    ……そんな、心の奥深くにしまわれた過去の片鱗が、かいま見えた気がした。かすかに光沢をたたえた骨の隆線に、目を細めて頬ずるその顔は、子どもの表情そのものだった。
    埃っぽい廃屋の片隅、ランプの明かりに包まれたこの一角だけが、まるで過去のもののようだと思った。おそらく同じような表情、同じような所作で、愛する養父に甘えた、かつてあった幼い日の残滓。
    どこか後ろめたい思いでその顔を見つつ、オレは手袋をしたままその髪を撫ぜた。
    「おやすみ、ヒュンケル」
    素肌が触れぬよう気を付けながら、なるべく抑えた声でそう言うと、心なしか目尻が笑ったように見えた。
    座りながら眠るのは慣れている。オレはランプを吹き消すと、ゆっくりと居住まいを正し、友に手を預けたまま目を閉じた。
    どうせ目が覚めたら、この友はまた年相応の男に戻るのだろう。
    それまでは、骨のふりをしてやってもいい。
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