お薬増やしてくれますか「またか」と煉獄は心配を通り越して呆れてしまった。
「君、明日退院だろう。早く病室に戻りなさい」
見慣れたピンク色の頭を軽く叩く。
「いだ…っもっと優しくしてくれよっ杏寿郎!まだ腕も痛いのに!!」
「あたりまえだろう…」
今までは、打ち身やすり傷ぐらいの怪我だったのに。
よもや…骨折で入院とは……。
「…これに懲りたらもう喧嘩なんかするんじゃない」
「杏寿郎が優しく手当てしてくれたらすぐ治る」
「いい加減にしなさい。腕の骨折だけでは済まなくなるぞ!」
「……そんなに俺が心配か?」
嬉しそうに顔を覗き込んでくる。反省していない様子に煉獄はため息を付いた。
名前は素山猗窩座。
猗窩座は特別素行が悪い訳ではない学生だが派手な見た目のせいでやたら絡まれることが多く、その為何時も怪我が絶えない。
「何でニヤニヤしてるんだ…気持ち悪い。医者ならば当然だ」
「気持ち悪いって…担当医なのに酷いぞ杏寿郎っ!」
担当医…不本意だ。
初めて診察したのが運の尽きだったな……。
なぜか懐かれてその後も猗窩座は病院に来るたび煉獄を指名した。
そして『あの時一目惚れした』『好きだ』などと言ってしつこく口説いているのだ。
「だが…そんな冷たい杏寿郎もたまらんなっ♡」
「君、本当に高校生か…?何か言うことがやたら変た…失敬。…頭に点滴でも打つか?」
「今、変態って言おうとしたよなっ!?」
笑ったり、拗ねたり、また笑ったりと猗窩座の表情は豊かだ。でもそれは煉獄だけに向けた特別なもので。
他には笑顔すら見せないらしい。そんな面倒くさい患者の噂は広がり、あれよあれよと猗窩座担当にされてしまったのである。
「でも…点滴いいな。今からだと杏寿郎と一晩中……」
「仮に点滴しても俺は側にいないぞ?」
「え…っずっと一緒にいてくれるんじゃないのかっっ」
そんな訳ないだろう!
……本当に頭に点滴打ってやろうか。
「まだ仕事が残っているんだ。そろそろ……」
「なら、退院祝いくれ。俺とデートしよう杏寿郎」
「断る。この話はこれで…………」
「ちょっ…結論を出すのが早い!ほら…っイヤホン無くしたって言ってただろ?赤いやつ。だから俺と一緒に買いに行こう」
「断る。もう少し探せば見つかるかもしれん」
それは弟の千寿郎が誕生日にプレゼントしてくれた赤いイヤホンで、煉獄のお気に入りだった。
「だったら…っ次に俺が来るまでっ!」
速攻デートの誘いを断られた猗窩座は拗ねて煉獄に詰め寄る。
「その時、まだ見つかってなかったら……俺と買いに行こう」
「約束してくれたら…すぐに自分の病室に戻る」
先程の拗ねた態度から一変。
あまりにも真剣な表情で見つめてくる猗窩座に煉獄は少し戸惑ってしまう
一瞬、彼を怖いと思ってしまった。
怖い……?何故……?
「なぁ杏寿郎?」
「わ、わかった…見つからなければ……だからな!」
一応、煉獄に了承して貰えた猗窩座は満面の笑みを浮かべる。
「絶対にだぞ!じゃあ俺、病室に戻るから。おやすみ杏寿郎♡」
上機嫌で病室に戻っていく猗窩座を煉獄は呆然と見送った。
「…まったく。強引な奴だな昔か………昔?何だ昔って」
彼とは病院で初めて出会ったはずなのに……。
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『俺に喧嘩売ったことは無かった事にしてやるから。その代わり……………』
明日退院か。
入院期間は短かったが、リハビリがあるとはなぁ嬉しい。
より頻繁に通える。
「やはり腕を折らせて正解だったな」
まさか折らせた奴が絶叫して気絶するなんて情けない。
弱者め。でも役には立ったか。
なんとか初デート出来そうだからな。
「俺、『あの時』一目惚れしたんだ。好きだ…今度はずっと一緒にいような…杏寿郎♡」
うっとりと微笑み、猗窩座はポケットから赤いイヤホンを取り出しキスをしたーーーーー。