おねショタリンゼル(書きかけ) それは、ゼルダが母を亡くし、姫巫女としての修行を始めてから十年ほど経ったある春の日のことだった。
シーカー族の研究者たちとの打ち合わせのため赴いていた王立古代研究所から城へ戻ったゼルダが、ざわつく城内の様子を怪訝に思っていると、父王から呼び出しがかかった。そしてゼルダは父から直接、まだ数えで十歳にも満たぬ幼い少年が退魔の剣を抜いたとの報を受けた。
少年の名はリンク。
ハイラルの東の外れ、ハテノ村出身の少年で、代々続く由緒正しい近衛騎士の家系の出だと、王の横に控える執政補佐官のインパがゼルダに説明した。
「──ああ、それでは彼が、あの『リンク』の御子息なのですね」
突然の出来事に驚き固まっていたゼルダだが、ことの仔細を聞き、得心がいったように頷いた。
「ゼルダ」という名前が、ハイラル王家に生まれた姫に名付けられる名前であるように、優秀な近衛騎士を輩出することで有名なその家の嫡男も、「リンク」という名前を付けられることで知られていた。
将来を嘱望された筆頭近衛騎士であったリンク──退魔の剣を抜いた少年「リンク」の父親──は、魔物との戦いで、一年ほど前に亡くなっている。王族の護衛騎士を務め、王や亡き王妃からの覚えめでたかった彼の死に、城中が悲しみに包まれたのを、ゼルダはつい昨日のことのように思い出す。
「母が亡くなる少し前、その少年の御父上が、奥様が身籠られたと大層喜んでいたと母から聞きました。
そのときの子が、もうそのように大きくなったのですね」
それは同時に、ゼルダの母が亡くなり、ゼルダが結果を結ばぬ修行を始めてからそれだけの月日が流れているのだという事実をゼルダに突き付けたが、ゼルダは忸怩たる思いを隠して穏やかに微笑んだ。
「退魔の剣を抜いた勇者とはいえ、まだ幼い年齢の子どもです。そう遠くないうちに騎士として城に召し上げられることになるでしょうが、城と故郷とでは勝手も違うでしょう。
私も彼の対となる姫巫女として、年長者として、彼の力になれるよう努めたいと思います」
ゼルダのその言葉に、王は満足げに頷いたのだった。
※
中央ハイラルが初夏を迎える頃、退魔の騎士であるリンクの登城が決まった。
ゼルダには兄弟姉妹がいない。シーカー族のインパとプルアはゼルダにとって姉のような人たちだが、年下の、それも異性と接する機会はこれまで全くといってよいほどなかったので、ゼルダは年下の少年であるリンクとどう接すれば良いのか悩んでいた。
聞けば、リンクは父だけでなく、四つの頃に母を亡くしており、天涯孤独の身であるという。元々騎士であるならともかく、リンクは退魔の剣を抜いたことで騎士として認められた特例であり、父母を亡くし、後ろ盾もない状態でこれから一人宮仕えをしなければならないのだ。彼のこれからの苦労は察するに余りある。聖なる力は目覚めていなくても、年長者として、自分が彼の支えにならなければとゼルダは思っていた。
神獣ヴァ・ルッタの調整のためゾーラの里を訪れていたゼルダはそこで、ゾーラ族の姫であるミファーからリンクについての話を聞くことにした。リンクが父に連れられ、何度かゾーラの里に行っていたことを、事前にインパから聞いていたためだ。それに、ミファーには弟のシドがいる。年下の少年との接し方についても、ゼルダはミファーから学ぼうとしていた。
ゾーラ族の幼い子どもたちから姉のように好かれているミファーは、たびたびゾーラ族を訪れるハイリア人の少年リンクについてもよく覚えていて、快くゼルダの問いに応えてくれた。
ミファーの話では、リンクが四歳くらいの頃、初めてゾーラの里を訪れたが、剣術においては大人顔負けの才能を持っていたこと。何度か訪れたゾーラの里では、秘密基地を作ったり、子どもならではの結束を固めて里の子どもたちと仲良くなったが、ふるさとの同じ年頃のハイリア人の子どもたちの間では、どうも少し浮いているらしいこと。しかし、頼まれごとをされれば断れず、困っている人を見かけては放っておけない性格で、ゾーラの里の人びとからも好かれているということだった。
「無茶をしてすぐに傷を作ったり、後先考えないところもあるけれど、行動力と勇気のある、すごくいい子なの。
私にとっては、もう一人の弟みたいなものよ」
シドという弟を持つミファーが、そう言って微笑んだ。
「でも、確か一年くらい前、ちょうどリンクの御父様が亡くなった頃かな、リンクはゾーラの里にぱたりと来なくなっちゃって……。
だから私も、リンクが退魔の剣を抜いたって姫様から聞いてびっくりしちゃった。確かにリンクも、彼の御父様もとっても優れた剣士だったけど、退魔の剣に興味があるっていう話は、聞いたことがなかったから。
だからごめんなさい姫様、私の知っているリンクは、彼の御父様が亡くなるまでのことだけなの」
申し訳なさそうなミファーに、ゼルダは首を横に振った。
「いいえ、ミファー。とても貴重な話が聞けました。ありがとうございます。
でも、御父上が亡くなられて天涯孤独になり、さらに退魔の剣を抜いたのでは、周囲の環境の変化は大きかったでしょうね……」
ゼルダは考え込んだ。
ゼルダには父がいるが、十年前、師である母が突然亡くなると同時に、姫巫女としての役割が自分に降ってきて、戸惑い、不安だった日々を思い出す。愛する母であり、師でもある人を亡くしたあのとき、まるで自分が突然宙に放り出されたかのようだった。そのうえリンクは慣れ親しんだ故郷を離れ、一人で城に仕えなければならないのだ。
ゼルダの言葉に、ミファーは頷いた。
「うん。これで私も英傑に選ばれたから、リンクに会いに行える機会は増えたけど、それほど多くはないし……。
だから、姫様がこうやってリンクのことを気にかけてくれて安心」
ミファーの言葉に、ゼルダも大きく頷いた。