牙の話 「ヴォックスてさァ、牙小さいよな。」
鬼ってもっとでかくて鋭い牙なのかと思ってた、ちょっと可愛いかも、って言いながら俺はきょとり、と目をまるくした鬼を見た。黒い髪も、ゴールドの瞳も、あァ、人間じゃねぇんだなって思うくらい綺麗だ。俺は目の前の男ほど語彙力はねぇし、知識もねぇから、ヴォックスというモノを構成するすべてを褒めるとき、ただ、綺麗だ、素敵だなんて馬鹿の一つ覚えみたいに言ったり、思ったりすることしかできねぇけど。この男は、きっと、色々な言葉で飾られるのが似合うと思うんだよなァ。ふと、目の前の男がわらった。瞳が色も相まって三日月みてぇだ。そういえば、ヴォックスは爪も尖ってなかったな。俺は誘われるようにわらっている鬼に近づいた。牙も爪も攻撃的じゃあねぇし、むしろ俺の爪のほうが危ない、それにこんなに綺麗なんだから、鬼って案外とっつきやすいモンなのかも、
①「馬鹿だなァ、ミスタ。獲物に爪や牙を見せるものか、危険を察知したら逃げてしまう。」
そうだろう?と鬼が優しく頬を撫でながらつぶやいた。黒い髪がカーテンのように垂れる、逃げ場を塞ぐように。眼前に顔がさらされる。
鬼は、嗤っていた。
馬鹿な狐が自ら近づくのを、ずっと待っていた。
②「私のかわいいお馬鹿さん、獲物に牙や爪を見せやしないよ。だって逃げてしまうじゃあないか、なぁ、ミスタ?」
鬼がわらって言った。あ、そっか俺、まんまと嵌っちまったんだな、ヴォックスの罠に。やっと気づいたよ、お前、ずっと嗤ってたんだな。