AWAY,AWAY,AWAY from HOME ホメロス2日目2日目
「…なぜまた貴様がくるのだ」
昨日とほぼ同じ時間に鳴らされた玄関の呼び鈴。昨日と同じようにドアを開けば、そこには昨日と同じクマが立っていた。
「昨日一日だけではなかったのか」
うなだれる自分をよそに、大きな紙袋を抱えたその男はさっさと家の中に入って、キッチンへ向かって行った。
「……」
もしかしなくても、滞在中ずっとこの男がやってくるのだろうか。
げんなりして男の後を追ってキッチンへ向かう。
テキパキと買ってきた食材を冷蔵庫やパントリーにしまってゆく男をキッチンの入り口から観察していたら、視線に気が付いた男がこちらに話しかけてきた。
「だから、何を言っているか分からんと言っているだろう」
それより、さっきから男が冷蔵庫にしまっている食材のラインナップが気になって仕方がない。決して自分の気のせいでなくキノコが多い。
「昨日の夕食もキノコサラダとキノコのパスタだったのを覚えていないのか貴様は」
どれだけ嫌味を言おうとも男はにこにこと自分に分からない言葉を返してくるだけだ。
それを聞きながら、どんどん眉間に皺が寄っていくのを感じる。
文句を言いたいのに言えない。
それがこんなにもストレスがたまるものだったなんて。
そんな自分を気にする様子もなく、目の前の男はなにやらご機嫌に話を続けている。
何を言っているかはわからないが、なんだか低俗な話をしている気がする。
男の顔が微妙ににやけているからだ。
言葉が通じなくてもなんとなく分かる。お前、むっつりだろう。
食材をしまい終わったところで、男は荷物からエプロンを取り出した。
…昨日もしていたな。そのエプロン。
青と水色の大きなチェック柄。ちなみにその下には昨日と同じ辛子色のポロシャツ。
どちらも胸元に同じクマのマークが入っているので、おそらく支給された制服なのだろう。
控えめに言って色彩感覚と美的センスが壊滅的だ。トチ狂っている。
「その制服を作ったものに言っておけ。正気の沙汰とは思えんとな」
何故か得意げにトチ狂ったエプロンを身に着ける男にそう言い放ち、その横を通って冷蔵庫をのぞいてみる。
キノコが多いのはこの際目をつぶろう。
キノコ、肉、魚、キノコ、卵、キノコ、…いややはりキノコが多すぎる。
後ろで男がなにか言っているが、無視して冷蔵庫の中身のチェックを続ける。
不意に男の言葉が途切れた。
振り返ると、大きなその体がキッチンを出ていくところだった。
昼食まではまだ時間がある。先に掃除と洗濯を済ませるつもりなのだろう。
「なぁ、おい」
男の背中に声をかけると、少しの間があって、男が振り返った。
振り向いた男は少し考えたあと、自らの巨体を指差しなにか言った。
「だから、言葉は分からんと言っているだろう」
腕を組んで眉間に皺を寄せると、男はもう一度、自らを指し同じ言葉を繰り返した。
グレイグ、と。
「…あぁ、それがお前の名前か」
それで呼べということなのだろう。
「…グレイグ」
早速呼んでみると、笑顔で頷かれた。
どうもやりづらい。なんだかこそばゆい。
なんとなく居心地の悪さを感じていると、ごうけつぐま改めグレイグはオレを指し、にこにこと首を傾げた。
「…オレの名を聞いているのか?」
雇い主の名前くらい確認しておけこの愚鈍が、と思わなくもなかったが、もう今更だ。
ここまできたら今ここで教えたほうが早いだろう。
「…ホメロス」
グレイグはホメロス、と反芻した後、満面の笑みで何か言葉を続けた。
だから、分からないというのに。
「それはそうと、グレイグ」
気を取り直して名を呼ぶと、グレイグが嬉しそうに笑った。まるで犬だ。
「なにか甘いものを買ってきておいてくれ」
首を傾げられた。
分かってはいたが、名前が分かったところで、会話が通じるようになるわけではない。
オレは近くにあったメモを手に取ってそこに絵を描いた。
それを見たグレイグは自分の言いたいことを理解したのか笑顔で頷いた。
「…本当に分かったのか?」
露骨に不安を露わにしてみても、グレイグは調子よくにこにこと頷くばかりだ。
なんでそんなに上機嫌なんだ。
名前で呼ばれたのがそんなに嬉しかったのか。
それじゃクマと言うより犬だ。
本当に分かってるのか?
なぁ、おい、グレイグ。