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    k i r i

    練習練習。

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    どこも滅んでない平和な世界線でまた会った若グホ

    DANCE326-1
    ほら、きみを見つけた



    眩い灯りの下、色とりどりのドレスの波が揺れている。
    色彩豊かな景色とは裏腹に、自分の心は重く沈んでいた。
    何度出ても舞踏会と言うやつは苦手だ。
    愛想笑いは苦手だし、正直社交辞令と言うやつもよく分からない。はやりものには疎いし、ダンスだって踊れない。剣の腕を披露する場があるなら話は別だが、どこからどう見たって、自分はこんな華やかな場には不向きな人種なのだ。
    それでも、次期女王の成人の祝いの舞踏会だといわれれば、出席しないわけにはいかない。
    これも立派な騎士の務めだと父上は言うけれど、実のところ父上もこういう場は苦手なのだろう。
    だから自分を名代としてたてるのだ。

    そんな自分でも、年若い着飾った令嬢に何人か声をかけられたが、自分が何も話せないでいると、皆早々にその場を離れて行ってしまった。
    無理もない。こんな武道一辺倒の面白みのない男、女性は嫌だろう。
    故郷を出る時、姉上に『父上も母上もあなたに早く素敵なお相手を見つけて欲しいのよ』と、言われたことを思い出した。
    が、この調子ではまだ当分無理だ。父上、母上、申し訳ありません。

    そんな自分を尻目に目の前を軽やかなステップを踏みながら大勢が躍っている。
    よくもまぁ、そんなにちょこまかと細かく足を動かせるものだ。

    『素敵な子がいたら、ダンスに誘うのよ』

    遠い昔、姉上に言われた言葉が蘇る。
    揺れるドレスの波をどこか現実味のない絵画の中の風景のように眺めながら、考える。
    自分にも、そんな風に思える相手が現れるのだろうか。
    自分のことながらどうにも想像もつかない。自分が誰かと恋に落ちるなどと。
    あるのだろうか。そんなことが。

    不意に、記憶の中で金色の髪のかわいらしい少年が微笑んだ。

    そうだ、かつて一度だけダンスに誘ったことがあった。
    残念ながらフラれてしまったが。

    記憶の中の愛らしい少年は、成長していけ好かない男になってしまった。
    どこかにあの愛らしさを置き忘れて成長してしまったらしい。

    そう言えば『彼』は今日この場に来ているのだろうか。
    当時は姫の家庭教師と言う話だったから、きっといいところの出なのだろう。
    笑いさざめく人々の中心で、紫色のドレスに身を包んだ今日の主役は幼いころから親交があるというユグノアの若き王子と楽しそうに踊っている。
    いや、踊っていると言うか振り回している。
    デルカダールの姫君は随分とお転婆だという噂を聞いていたが、なるほど、これはお転婆だ。

    皆がその光景を微笑ましく見守っている。
    その輪の中に、あのいけ好かない金髪の家庭教師の姿を探したが、それらしき姿は見つけられなかった。

    (…見つけてどうするというのだ)

    声をかけたところで、10年前のように覚えていないと言われるのが関の山だ。
    それよりも、もしも、見つけた彼の隣に誰かがいたら。
    寄り添い微笑む女性(ひと)がいたら。

    想像した途端、心臓がぐっと乱暴に掴まれたように痛んだ。

    なんだこれは。

    グラスを持つ手に思わず力が入って、慌てて緩める。
    グラスの中では金色のはじける液体が揺れている。
    そんなに飲んだ覚えもなかったが、酔っているのかも知れない。
    そろそろ中座させてもらうかと出口を探していた時、

    眩い灯りの下、色とりどりのドレスの波、
    そのどれにも染まらない白、そして金色の髪が視界の端を横切った。

    「────…」

    気が付けば、その後を追っていた。
    まるで光を追いかける虫のように。
    途中、幾人かに声をかけられたような気もするが、まともに返事も返さず金色の軌跡を追いかけた。

    どいてくれ、すまない、
    後にしてくれないか、見失ってしまう

    そうして彼を追ってバルコニーに出た瞬間、
    今夜は月が二つ出ていたろうかと、本気でそう思った。

    月の光を映して金色の髪が輝いていて、『彼』そのものが光を纏っているかのようだった。
    バルコニーの手摺に寄りかかって、幼い日の面影はそのままに、―多少可愛げは減ってしまったが―金色の瞳がこちらをじっと見ている。
    何か言わなければと思うのに、言葉が喉に張り付いて出てこない。

    「本は?」

    そんな自分を他所に、彼から発せられた言葉に、思わず何?と間抜けな声が漏れる。

    「何、じゃない。オレの本だ。いい加減返してくれないか」

    そう言って彼は白い手袋に包まれたその手をこちらに伸ばした。
    本と言えば、あの本だろう。
    前回彼に返しそびれた、あの、赤い表紙の。

    「も、もちろん持ってきている。随分長いこと借りてしまって、」

    しどろもどろになりながら返す自分に、彼はまだ手を伸ばしている。

    「すまん、今は持っていないんだ。だが、少し待っていてくれれば、直ぐに荷物の中から」

    慌ててやってきた方向に踵を返そうとすると、彼は呆れたような顔で「違う」、と首を横に振った。
    その手はこちらに伸ばされたまま。
    その真意を測りかねて突っ立っていると、彼はわざとらしく唇を尖らせて見せた。

    「察しの悪い奴だな」

    それは認めるが、何を求められているのかさっぱり分からない。
    なにも返せず棒立ちになっている自分を前に、彼は今度は悪戯っぽく、至極楽しそうに笑った。



    「今日はダンスに誘ってくれないのか?」











    26-2
    眩い灯りと、楽団の奏でる音楽、色とりどりのドレス、飛び交う人々の声。
    噂話、嘘、商談、善人、悪人、ありとあらゆる人間。
    これだけたくさんの人がいると言うのにすぐに見つけてしまった。
    無駄にデカいからだ。

    お前のことは何でも知っているぞ、バンデルフォンの若き騎士よ
    ソルティコで剣神ジエーゴの下で修業していたこと、魔物の討伐での輝かしい戦歴、女性と話すのが苦手なこと、なんでもだ。

    今だってほら、ご婦人に話しかけられたのに気の利いた返しもできず呆れられている。
    無粋なやつだな。
    なるべく目立たないようにしたくて壁際に立っているのだろうが、その図体ではそんなことしても無駄だぞ。

    姫様の成人を祝う舞踏会が始まってから、適当に女性たちや貴族連中の相手をしながらしばらく観察していたが、向こうがこちらに気づく気配はない。

    そうだな、こちらからあちらが分かっても、向こうには自分が見つけられまい。
    自分のような平凡な体躯の男など、これだけ人がいれば埋もれてしまって見つけることなど出来ないだろう。

    (…オレはすぐに見つけたぞ)

    今度声をかけられたなら、今度こそはちゃんと話してやろうと思っていたが、この分では前回以上に言葉を交わすことなく終わることになりそうだ。

    頭一つ抜け出たその姿をぼんやりと見ていると、どうかしましたか、と隣に立つ婦人に声をかけられた。

    どうかしましたか、か。本当にどうかしている。自分は一体何をしているのか。
    話したいのなら、話しかければいい。
    やぁ、バンデルフォンのグレイグ。噂は聞いているよ。
    そんな軽い調子で話しかければいい。得意じゃないか。

    それが、どうしてこんなところで見つけてもらえるのを待っているのか。
    足が、どうしても踏み出せないのは何故だ。
    肩を、高い結い上げた髪を、後ろから誰かに掴まれて動けないようにされているような気がするのは何故だ。
    胸の奥がひどく痛んで、もう二度とあんな思いは嫌だという気がするのは何故だ。

    頭を軽く振って、まとわりつく雑念を振り払った。
    少し頭を冷やした方が良いのかも知れない。
    心配する婦人を適当にあしらい、バルコニーへ向かった。



    人々の間をすり抜けてバルコニーに出ると、月は明るく、夜風が冷たく気持ちよかった。
    手すりに凭れかかり一つ息を吐きだすと、ガラスの扉ひとつ隔てた向こう側の喧騒が、遠い国の出来事のように感じられた。

    あの男、ちょっと眠そうだったな。
    あのまま寝てしまうのではないか。
    デカい図体をして子供のようなやつだな。
    ふふ、と意図せず笑い声が零れた。

    他国からの来賓の旅程にはすべて目を通したが、あの男は明後日の朝までこの国にいるはずだ。
    明日は自分も火急の用事はないから、大丈夫、まだ、話すチャンスはある。
    なんなら明日、街を案内するとかなんとか言って奴の部屋まで行ってやったっていい。

    誰に対するものか分からない言い訳をぶつぶつと並べていると、突然目の前のバルコニーの扉が開いて、ひとりの男が姿を現した。
    大きな体に、紫色の髪。緑色の瞳は暗がりの中でも深い色を湛える新緑のごとく輝いている。
    さっきまで一方的に見ていただけのその瞳が、こちらを見ている。

    幻でも見ているのだろうか。

    男は自分の前まで歩いてきて、何か言おうと口を開いたが、結局言葉を発することなくまた口を閉ざしてしまった。

    黙るな。
    黙られると、こっちだって何を言っていいかわからなくなるじゃないか。

    いい年した大人の男がふたり、何も言えずにバルコニーで立ち尽くしている。
    しばらくの沈黙ののち、急に可笑しさが込み上げてきて、オレは立ち尽くしている男に向かって笑いながら手を伸ばした。





    ほら、きみを見つけた
    さあ、踊ろうか





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