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    大きなお屋敷で暮らす「僕」と「おじさん」の話

    we used to be 1「鳥籠」





    そこは、優しい鳥籠のような家でした





    「ぼっちゃん、少し休憩したらいかがですか」

    不意に声をかけられて、僕は手にしていた本から視線を上げた。
    声のした方を見遣ると、そこにはお茶の入ったカップと数枚の焼き菓子が載ったトレイを手にした年老いたメイドが立っていた。

    「ありがとう」
    「本を読むのもよろしいですけどね、あまり熱中しすぎると目を悪くしますよ」

    老婆はどうぞ、と手にしたものを僕の前のテーブルに置いてうふふ、と笑った。

    「旦那様がぼっちゃんが読書に熱中しすぎて心配だとおっしゃっていましたよ。
    たまには外で日光を浴びないと。今日もいいお天気ですよ」
    「…今日は、おじさんは?朝から見ないけど」
    「今日は早くからお城に向かわれましたよ」
    「…そう」

    手にした本を閉じ、窓の外を見てみると、なるほど、彼女の言う通りいい天気だ。
    午後は外で読書をしてもいいかもしれない。

    「旦那様は夕食の時間までには戻るとおっしゃってましたよ。
     お戻りになるまでは私が一緒にいますからね」
    「ひとりでも、留守番くらいできるよ」
    「いいえ、そこはしっかり旦那様から言われておりますから」
    「……」

    町から少し離れたところにぽつんとある、大きなお屋敷。
    僕はそこで屋敷の主人である「おじさん」と暮らしていた。
    決して若くはないけれど、おじいさん、と言うのは憚られる、そのくらいの年齢のその人は
    退役軍人なのだと聞いた。
    とにかく身体の大きな人で、初めて会ったときは正直少し怖かった。
    けれど、体格とは裏腹にとても穏やかな人で、怒っているのを見たことがない。

    広い屋敷だったが、ここにいるのはおじさんと僕の他には、毎日通いでやってくるこの年老いたメイドと、週に一度やってくる庭師だけだ。
    町の中心から離れていることもあり、買い出しに行くのが少し不便だとメイドがぼやいていたのを聞いたことがあるが、その分町の喧騒からは完全に切り離されている。

    (…静かなのはいいことだ)

    特に、読書をする時には。

    「ぼっちゃんは、本当に本がお好きなのですね」
    「…うん」
    「うちの孫なんかね、少しは教養を深めなさいって言ってもてんで聞きやしないで
    外を走り回ってばかりいる。ぼっちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいですよ」
    「ふうん」

    目の前に置かれた焼き菓子を一枚かじり、曖昧に答える。

    ここに来る前、僕はある施設にいた。
    身寄りのない子供たちの面倒を見てくれる施設で、僕は産まれた時からそこにいた。
    何故なのかは知らないし別に知りたいとも思わない。

    そこでは、僕は友達がいなかった。
    同年代の連中とはとにかく話が合わないし、そもそも特に友達が欲しいとも思わなかった。
    あんなやつらと絡むくらいなら、本を読んでいた方がいい。

    幸い、施設には大きな図書室が併設されていて、僕は時間を見つけてはそこに通い詰めた。
    子供が読むような絵本から、難しい魔導書まで。
    同い年の騒がしい連中から離れて、そこで本に没頭する時だけ心が休まった。

    『あの日』もそうだった。





    『サーカスを見に行かないのか?』

    その声に顔を上げると、机の前に体の大きなおじさんが立っていた。
    サーカスとは、今日施設の子供たちが招待されているというアレだろう。

    『…興味がない』
    『そうか。でも今日のサーカスはすごいぞ。俺の知り合いなんだが、一度見たら…』
    『そこに立っていられると、陰になって本が読みにくいんだけど』

    おじさんの言葉を無視して視線を本に戻すと、おじさんはああ、すまない、と言って僕の隣に座った。

    『お前はいつも図書室(ここ)にいるな。どうだ。ここの生活は』
    『…別に』

    楽しくはなかった。けれどまだ自分で稼ぐこともできない身としては、衣食住が与えられれば別に文句を言うつもりもない。
    今思えば、施設の先生から僕が施設内で浮いていることを訊かされていたのだろう。
    おじさんは少し困ったように笑った後、僕の顔を覗き込んで、言った。

    『…お前さえ、良ければなんだが』



    『うちにこないか?』





    この屋敷に来てから知ったことだが、あの施設はおじさんが私財を投じて作ったらしい。
    なんでまたそんな酔狂なことを、と率直な疑問を口にしたら、メイドに咎められた。
    『あのお方はかつては英雄と呼ばれ、勇者様と共にこの世界を危機から救った博愛精神に
     あふれた騎士様なのですよ』、と。
    世界を救った勇者とその勇敢なる仲間たちの話は知ってはいたが、自分の生まれる前の話だ。本の中の架空の冒険譚と一緒で現実味はなかった。
    とは言え、女王陛下が施設の視察にも来る折には、ふたりで談笑をしているのを見かけたから、あながちでたらめな話でもないのだろう。
    (庭で小さな虫相手に悲鳴を上げているところを見るとやはり作り話なのでは、と思ったりもするけれど。)

    「それじゃあ、お昼の時間になったらまた声をかけますからね。
     本に集中するのもいいですけど、少しは体を動かすんですよ」

    メイドの言葉にうん、と答えて再び本を開いた。





    ──初めてここに来た日、目の前の人をなんと呼べばいいのか悩みに悩んで、一応、書類上は親子となっているのだから、と「おとうさん」と呼んでみた。
    初めて口にしたその単語は、かなりたどたどしかったのだろう。
    目の前のその人は一瞬目を丸くして、無理にそう呼ぶことはない、と緑の眼を細めて笑った。

    『好きなように呼ぶといい』





    おじさんでもなんでも構わない、と。
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