横断歩道白、黒、白、黒――
うだるような暑さの中、夏油はぼんやりと目の前の大通りを見つめていた。蝉たちの大合唱が頭の中で鳴り響き、耳鳴りと重なって酷く五月蠅い。
眼を閉じると、灰原の遺体を目の前にしたあの瞬間が鮮明に蘇る。何のためにこんなことをしているのか、自分たちの命を賭して守るべきものは何か。見知らぬ他人のために命を落とす仲間達を、自分はあと何人見送ればいいのか。
違う、ダメだ。そうじゃない。非術師を守るために私達術師は存在している。呪術を持つものとして、当然の義務だ。
――本当に? 本当にそうなのか。じゃあ私達術師は、誰が守ってくれる?
――――違う、チガウ、[弱者生存]それがあるべき社会の姿だ。弱きを助け、強きを挫く。それが呪術師だろう。迷うな、ブレるな。
頭の中で、二つの本音がぶつかり合う。胃のあたりは重く、胸はつかえ、まるで何かにじわりじわりと首を締め上げられているような感覚。意識していないと、今にも叫びだしてしまいそうだった。何が正しいのか、正しいとはなんだ、私は、どうしたらいい――
「っんだよ、ここの信号なげーな。早くしねーと、また硝子がうるせーのに」
悟がイラつきながら話しかけてくる。
「昔からそうだよ、ここは。その手に持ってるサイダーでも流し込んでおきな」
「こんなんじゃ全然足りねーよ。せっかく買ったアイスも溶けちゃうじゃんかよー。なー傑―お前の呪霊でさ、ピューっと帰れねーの?」
「こんな往来で、むやみに呪霊なんて出せるわけないだろう。黙って待ってろよ、余計に暑くなる」
あぁ、また頭痛がする。蝉の声も、悟の声も、頭の中に響く自分の声も――全てが煩わしい
「はぁ? 何だよその言い方。何のためにそんなにいっぱい飼ってんだよ。ちょっとくらいいいだろーなぁーすーぐー」
「五月蠅いな……! 少し黙れよ!!」
思ったより大きな声が出てしまった。悟も驚いた顔で固まっている。違うんだ、お前は悪くない。
「……すまない、ちょっと頭痛がして。悟にイラついたわけじゃないんだ、すまない」
「……俺も悪い。体調悪いの気づかなかったわ」
気にするな、と言いかけたところで信号が変わる。
「傑、体調悪いなら余計に早く戻ったほうがいいじゃん。ほら、行くぞ」
悟は私の横を通り過ぎ、すたすたと先を急ぐ。悟はいつも、歩くのが早い。
「昔さぁ、こうやって白いところだけ渡るとかやったよな」
「……え? あ、あぁ。子供の頃ね」
「黒いとこ落ちたら地獄行き~とかってさ、やったじゃん」
長い脚で愉快そうに一足飛びで白いところだけを渡っていく親友の背中を、私はただぼんやり見ていた。
「おい、傑? お前本当に大丈夫か、顔色悪いぞ」
「……悟は、私が地獄に落ちたらどうする?」
暑さのせいか、この重い頭痛のせいか、変なことを口走ってしまう。
「は? んなもん、」
悟が、光を反射して光る真っ白な線の上で振り返り、私に言い放つ。
「自力で頑張って這い上がって来いよ~!真っ白なトコから爆笑しながらみててやるからサ」
――悪戯っぽく笑う友の、あの綺麗な蒼い瞳が色褪せていく。
それは、五条悟だからできることだ。それは、最強だからできることだ。
私に、これ以上、何を頑張れというんだ、君は。
「くだらねーこと言ってないで、早く戻るぞ。傑、また硝子の世話になりたくねーだろー」
「……そうだね、早く戻ろう、悟」
振り返らずぐんぐんと前に進む君の後ろで、わざと黒いところだけを踏んで横断歩道を渡り切った。
頭の中の声は、まだ止まない――