86/シンとレーナ その銀の瞳がじっと自分を見つめているので、少しだけ戸惑って、あの、と声を掛けてしまった。そこで彼女は我に返ったかのように、ごめんなさい、と返した。
「顔を見たのは初めてだったので。……すみません、不躾でしたね」
「いえ」
不快でなかったのは本当だ。ただその名が示す通りの白銀の虹彩が、まっすぐ自分に向けられているのを受け止めるには、少しだけ胸がざわつくような感覚があっただけで。決して不快ではないが、親しみを覚えるわけでもないそれは、シンの知らないなにかだった。
「黒系種の血を引いていらっしゃったのですね。……お兄様は赤系種でいらしたような気がしたので、何となくあなたもそうなのかな、と思っていたものですから」
「ああ……、兄とは髪と目の色が反対でしょう? 父が夜黒種で、母は焔紅種でした」
「そう、でしたか」
そう言う彼女は、紛うことなき白系種――白銀種の少女だった。二年前の春から夏にかけて、短くて眩しい季節を共にした。あの頃のシンが想像した通りの。ただ、本来の居場所から、その偽りの箱庭から飛び出してこんなところまで来てしまった。それは、まったくの想定外だったのだけれど。
「ずっと、どんなひとだったんだろうって思っていました。顔もわからなかったけれど、好きな本は何だったのかとか、そういう何でもないことをもっと聞いてみたかったって。……勝手に過去形にして」
「いえ……。おれも、そう思っていましたから」
置いていかれたのだと、勝手にあきらめたのは自分も同じだった。
「あなたはいつも、おれの想像を超えていくんですね」
出会ったときから――対面は今日が初めてだ。けれど、ずっと前から彼女を知っていた。そして、思いもよらない方法で自分たちに追いつくことも。
「わたし、これでもあきらめが悪いんです」
白皙の、ある種の冷たさをも感じさせる整った顔が、その瞬間に悪戯めいた表情へ変わる。
「それは、知っています。もう随分前から」
そう答えるシンに、彼女――ヴラディレーナ・ミリーゼは年齢相応の、少女の顔でわらった。