翔玲「玲音がちっこくなるやつ」「……なんだよ、その体」
朝一で急な呼び出しを受け、玲音の部屋に駆けつけた翔平の目の前には小さくなった玲音がいた。
見た目だけでいえば12歳ほどだろうか、細身の身体に猫を思わせるような表情は普段と変わらなかったが、どこかあどけない。
普段玲音が着ていたスエットは明らかにぶかぶかで、襟元からは鎖骨と肩口がのぞき、だぶついた袖からなんとか手を出しているような有様だった。
脚元はスパッツを紐と捲ることでなんとかしているようだったが、スエットのすそに隠れて仔細はわからなかった。
「……なにって、みてわからない?」
玲音は思いっきり機嫌の悪そうにそういうと、唖然とする翔平を睨みつけた。
「……昨日受けた怪異の呪いだって。
馬鹿馬鹿しい。
確かに説明は受けたけどさぁ、まさかほんとに子供になるとか思わないじゃん?
学園内で歩いたら騒ぎになるからさぁ、部屋からも出れないし……普通に困るじゃん?だから翔ちゃんに来てもらったんだけど。
はぁ……ほんと、だるッ」
玲音は忌々しげにそういうとチッと舌打ちをした。
そんな玲音をじっと見つめる翔平の視線に気づく。
「……なに?
翔ちゃん、馬鹿にしてんの?」
イラつきを隠すことなく玲音はそう言うと翔平に冷たい視線を送った。
「いや……普段と同じこと言ってっけどさぁ。
ちっこくなってると可愛いわ。
普通に生意気なガキって感じで……」
「はぁッ!?」
くつくつと笑いながらそう言う翔平に玲音は怒りを露わにし、翔平の襟元を掴んだ。
身長が頭一つ足りない。
元々体格に差はあったが、それも一回り小さくなっていた。
今なら片腕で持ち上げるのも余裕だろう。
(……やべぇ、マジで可愛いわ。
チワワが吠えてるみてぇ)
普段なら勢い飲まれるような弁舌もこの年齢差では何故か微笑ましくなってしまう。
境遇には同情したが、それ以上にこの状況が面白かった。
「ねぇ、翔ちゃん!
オレ、困ってんだけど!?」
「わりぃ、そうだよなぁ。
で、俺は何したらいい?オムライスでも作ってやろうか?」
翔平の揶揄いの含んだ言葉に玲音は冷めた目をしてむくれたが、それすらも可愛く見えてしまう。
翔平はにやける表情を隠さず、玲音の頭を撫でた。
「……んなに、怒んなよ」
「そう思うなら、その手、いますぐやめて」
翔平の手を払いのけ、玲音は深くため息をついた。
「やっぱ、出てって。
不愉快なんだけど」
「んなこと言うなって」
玲音をベッドの上に座らせると、翔平はしゃがみ込み視線を合わせた。
表情もどこか幼い。
光を受けて瞬きをする金色の瞳。
自分が知る最初の眼差し。
「……玲音と会った時って、これくらいの時だったわ。
あん時は俺らなんでも出来る、大人だったと思ってたけど、こう見るとてんでガキだったな」
翔平の瞳の中に映る自分を見て、玲音と言わんとすることを察して、軽薄な笑みを浮かべた。
「……なにそれ、じじくさ。
まだそういう思い出話するには、早くない?」
馬鹿にするニュアンスに翔平も唇の端を持ち上げると、揶揄うように額をつついた。
「……そういうてめぇは、ガキだけどな」
「……は?だから、これは……」
言い返そうとした玲音だったが、不意に言葉を止めて目を細めた。
そして、翔平の襟元を掴むと自分の方に引き寄せる。
玲音の上半身がベッドの上に倒れ、その上に翔平が覆い被さるような形だ。
意図がわからず目を瞬かせた翔平を、前にして玲音はスエットの裾を肋骨のあたりまで持ち上げる。
「……なに……やって……」
「ねぇ、翔ちゃん?
いまここでオレが大声だしたらどうなると思う?」
「……どうって」
強気に微笑む玲音を見るに良くない状況だということはわかる。
思考が結果に行き着くよりも早く玲音はその答えを口にした。
「見る人が見たら中坊押し倒す変態だよ?」
玲音は翔平の服を引くとさらに自分の方に近づけた。
「変な噂たって誰も相手してくれなくなるといいね」
ゾクっと背筋に冷たいものが走った瞬間、シャッターが押される音がした。
その瞬間解放され、動揺する翔平の目の前にスマホの画面が突きつけられる。
そこには誰だからわからない少年を押し倒す翔平が絶妙なアングルでうつっていた。
「てめぇッ!!消せッ」
「いや。
消すわけないじゃん?こんな目にあってんだからこれくらいの役得ないと割に合わないじゃん」
玲音はそういうと寝っ転がったまま、スマホの画面をまじまじと見て、さらに自撮りで自分の写真を何枚か撮った。
「……マジでガキ。
でもさぁ、やっぱオレこの時からイケてんね?」
「ノーコメント」
馬鹿馬鹿しくなり翔平も同じように玲音の隣に寝転ぶとスマホにうつる写真を見た。
出会った頃の玲音の見た目なのに、表情がそれじゃない。
奇妙な違和感にふとどうでもいいことが頭をよぎる。
「……なぁ、もっかいこん時に戻ってたとしたら、今と同じになってたと思うか?」
玲音は質問の意図を掴んだ瞬間、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。
「そういうたられば、嫌いなんだけど。
どうあがいてもオレらはこうだし、それ以外の選択肢なかったよ」
あっさり言い切る玲音に翔平は目を細めると無理やり玲音の顔を自分の方にむかせ、唇を合わせた。
「ま、こうなってたな」
一瞬、頬に朱が走り、すぐに消えた。
玲音は翔平から視線を外すと短く言った。
「……それ以上したら、警察呼ぶから」
「いや、そういう趣味ねぇから!!」
慌てて訂正する翔平に玲音は楽しげに視線を送る。
「そうなんだ?
オレはちょっと興味あるけどね。
ね、知りたくない?どこまで入って、どうなんのか?」
まくれたままになっている薄い腹の上に手のひらをあてる。
翔平は慌ててスエットを着せ直すとベッドから起き上がった。
この賭けは乗った方が負ける。
その負け方は分からなかったが、良い方向に転がるとは到底思えなかった。
「……はぁ。11時か。
なんか作るわ、朝からなんも食ってねぇんだろ?
なに食いてぇ?」
空気を切り替える翔平に玲音はベッドの上であぐらをかくと屈託なく笑う。
「オムライス」
「結局それじゃねぇか」
フライパンの上でバターが焦げる匂いがする。
結局、呪いが解けたのは24時間後で。
なんだかんだこの状況を満喫したのでした。
おしまい