翔玲 「クリスマスにイルミネーションデートするやつ」「……さみぃ」
キンとよく冷えた夜だった。
冬の底冷えするような寒さが外で待つ翔平の体の芯を冷やしていく。
巨大なクリスマスツリーの形のイルミネーションをバックに、手をポケットの中に突っ込み、ただひたすら待ち人を待っていた。
12月24日の夜。
普段よりもずっと人の流れが多くなるこの日にわざわざ待ち合わせをしようと提案してきたのは玲音の方だった。
予定時間からすでに15分は経過しており、それより前から待っていた翔平の手先はとうに冷え切っていた。
(……あと5分待ってこなかったら、いいかげん帰るぞ)
と5分前にもそう思った。
冬の寒さが息を白くする。
自分の息が夜に溶けるのを見ながら、翔平は目の前の光景をぼんやりと見ていた。
街路樹や建物がイルミネーションによって照らされ、光のオブジェが輝きを放つ。
見慣れた街が冬だけの装いに色を変えていた。
寒さのせいか、光のせいか、この場の空気に当てられたのかやたらと恋人の姿が目についた。
(……はぁ…っ、ホント、さみぃ)
ふぅと長く吐いた息が白く色を変えた。
「翔ちゃん、おまたせ」
「おせぇよ」
声をかけられた方を見ると、コートとマフラーで防寒をした玲音が機嫌よく立っていた。
「遅れるならせめてDチャくらい……」
「ごめんね。
翔ちゃんなら待っててくれるかなと思って」
悪びれもせずそう言う玲音を翔平は舐めつけた。
「……待ってなかったらキレるくせによ」
「まあ、それはそう」
理不尽をあっさり肯定する玲音に翔平はため息をつく。
そこ顔面に蓋つきの紙コップが差し出される。
アルコールを飛ばしたグリューワインのようだった。
「はい、差し入れ。
翔ちゃん好きそと思って並んだら思ったよりも時間かかっちゃった。
ごめんね」
蓋を取ると湯気とともに芳しいスパイスの香りがして、確かに翔平好みと言うのもわかる気がした。
「……うまっ。
はぁ……まあ、遅れちまったもんな仕方ねぇし、別にいいけどよ」
ずっと音を立てて飲み物をすする翔平を見ながら、玲音はその隣に不自然じゃ無いくらい寄り添って並んだ。
「……翔ちゃん」
視線を合わせようとすると少しだけ見上げる形になる。
「なんだよ……」
普段よりもずっと素直な玲音に調子を崩される。
そんな翔平の心情を知ってか知らないでか玲音は少しだけ挑発するように翔平を見た。
「今日はなんの日でしょう?」
あまりにも有名な日すぎて、引っ掛け問題かと思った翔平は一瞬言葉に詰まる。
「あ?
……そりゃ、クリスマス……」
「大正解!」
素直に正解を喜ぶ玲音を見て、翔平は肩の力が抜けた。
「……なんだよ、もっと何かあるかと思ったじゃねぇか。
つーか、こんなクソ混むって分かりきってる日に、わざわざこんなイルミネーションって何か魂胆があるのかと思うだろう」
めんどくさそうに言う翔平に玲音はさっきと同じようにどこか挑発的に微笑んだ。
「あるよ、魂胆」
そして、手袋をはめた手を差し出す。
「クリスマスだもん。
たまにはさ、普通の恋人同士みたいなことしたい」
「マジで?」
未だに何か裏があるのではないかと思う感情が消せない。
それでも差し出された手を握った。
「マジ」
珍しく素直に笑う玲音の表情は、イルミネーションの光に映え、澄んで見えた。
「……じゃあ、仕方ねぇな」
手袋越しの手の感触が、冬以外とは違う。
そんなことすら妙に特別に思えて、翔平はさっきまで普通に見れていたはずの玲音の顔が見れなくなった。
「で、なにするんだよ」
さっきからイルミネーションが続く道の先だけを眺める翔平の様子がおかしくて、玲音はクスクスと笑うと、繋いだ手の指を割り入れた。
「こうしてさ、手繋いで歩いたり写真とったり?
そんだけ」
意外と普通な要求に余計に繋いでるところが熱くなる。
「あー、アレか、ストーリーズ……」
「あげるわけないじゃん。
特定されたらどうすんの?
バレないためにわざわざ微妙に辺鄙な場所選んだのに」
玲音は繋いだ手を引いて、光の中へと誘った。
「こういう日は二人でしょ」
今この瞬間を撮ればよかったと思いつつ、翔平は玲音の隣に並んだ。
「……マジで綺麗だわ、これ」
「でしょ」
得意げに笑う玲音の吐く息も白く、夜の光の中に溶けて消えた。