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    y_uqy7

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    某🏩ホテル(夢の国、50号室)ではしゃいで
    寝落ちするココイヌ

    ※場所は変えていますが、ホテルは実在する場所をモデルにしているので、内装など動画で見ていただくと解像度上がるかもしれません。

     夕食を食べ終えて風呂に入って、二人で互いにドライヤーをかけあってあとは寝るだけの、そんな一日の終わり。その寝る前のわずかな時間を、オレたちはベッドの上で共有する。
     一日の出来事を話す時もあれば、本や雑誌を読んだり各々の時間を過ごすこともある。今日はその後者だった。
     クッションにもたれながらオレは携帯を弄って、イヌピーはバイク雑誌を眺めている。明日イヌピーの仕事は休みだし、適当にベッドの上でだらだらしてから眠ろう、と二人でとりとめもない会話をしながらそれぞれくつろいでいた。
     そんな時だった。好奇心をくすぐられる記事の見出しが目に入ったのは。
     ちょっと変わったラブホテル特集。全国各地の変わった、珍しいラブホテルを紹介します! なんて書かれた記事が目に留まり思わずタップして先へ進む。
     ラブホには昔、イヌピーと何度か行ったことがあるけど、どれもいたって普通のホテルだ。噂で聞いたことのある回転するベッドのあるホテルや、全面鏡張りの部屋のあるホテルのような変わった場所には足を踏み入れたことはない。
     それに同棲を始めてからは、専ら家でしかしていなかった。オレはそれで満足だったけれど、イヌピーはどうなんだろう。たまには環境を変えてヤってみたいとか思うんだろうか。
     記事を開いて最初に目に留まった写真は、部屋に備えられたピンクの滑り台のある部屋だった。その部屋にはカラオケ、サウナ、丸いカプセルベッドもあるらしい。カプセルベッドの中に寝そべる犬のぬいぐるみがどこかイヌピーに似ている。このホテルは色んな種類の部屋があることで有名らしく、他にも変わったつくりの部屋がいくつも紹介されていた。好奇心のまま画面をスクロールしていると、肩に暖かな温度と重みがのしかかった。
     シャンプーの甘い香りが鼻先を掠めて、気づけばイヌピーに携帯を覗き込まれていた。
    「ココ、それ何?」
    「変わったラブホの特集らしい。興味ある?」
     イヌピーにも見えるように携帯を向けてやると、ふーん、と言いながらも瞳はしっかり写真を追っていた。
     一通り記事を二人で見ていると、ふいにイヌピーが言った。
    「ココ、この滑り台のあるホテル、行ってみねえか?」
    「え、まじ? イヌピー、家よりこういうとこの方が好き?」
    「いや……部屋の中に滑り台あんの、面白そうだなと思って」 
    「あぁ、そういう……」
     てっきりイヌピーからの遠回しなお誘いかと思ってちょっとだけ期待したのに、こちらに向けられた視線はどこまでも純粋だった。
     けれどその純粋さに不安を覚える。イヌピー、面白そうな場所だったら例えオレとじゃなくてもラブホに行くのか? いや、そんなワケねえよな。そう思いたいのにその顔を見ていると、いつか「面白そうなホテルに行ってきたんだ」なんて他のヤローとラブホに行った報告をされてしまうのでは、とオレを不安にさせた。
     いや、嫌だそんなの。そんなことになる前に釘を刺しておかなくては。
    「なぁイヌピー」
    「なんだよ」
    「イヌピーは面白そうな場所があったら誰とでも行くの? 例えば……こういうラブホでも」
     我ながら面倒臭い質問をしている自覚はあった。そしてその瞬間、イヌピーの眉間に皺がよった。まるで愚問だとでもいうみたいに。
    「そんなくだらねえこと聞くんじゃねえ。……ココだから誘ってんだろうが」
     不服そうにそう言ったイヌピーはいじけた顔でそう言った。そ、そうだよな。めんどくせえこと言ってゴメン。
     オレはホッとしながらも、恋人の顔が少し赤くなっていることに気づいた。そして思わず心の中で『イヌピー大好き……』と口にした。
     そんな気持ちを乗せてすぐ近くの頬に口付ける。同じくキスのお返しを期待したのに、イヌピーと言えば後ろからオレを抱きしめて首にぐりぐり頭を押しつけてきた。いや、それも可愛いけども。
    「ココ、どうせなら明日行こうぜ。この距離ならバイクでいける」
     オレの後ろから顔を出したイヌピーが人差し指で画面をつついてスクロールしていく。場所を確認すると東京の端っこの方。ここからバイクで一時間前後と行った所だろう。
    「えっ、いいの?」
    「うん、この滑り台気になるし」
     そうして急遽明日の予定が決まったオレたちは、早めに布団の中に入ることにした。
    「イヌピーとラブホ行くの、久しぶりだな」
    「だな。まぁ、ココとなら何しても楽しい……」
     隣で嬉しい言葉が聞こえた気がして、思わずごくりと唾を飲み込む。聞こえなかったフリをしてもう一度聞きたかったのに、イヌピーは既に寝息を立てていた。
    「ココとなら何しても楽しい」ガキの頃、同じことをイヌピーに言われたのを思い出す。同じセリフをまた聞けることになるとは。手探りでイヌピーの手を探して握ってみる。自分より高い体温が手のひらから伝わる感覚に安堵して、オレもすぐに眠りについた。イヌピーの隣は、世界で一番安眠できる場所だ。
     
     
     愛機に跨るイヌピーの後ろに乗って約一時間半。一度休憩を挟みたどり着いた目的のホテルは『夢の国』とライトアップされた文字と光る電球のゲートがオレたちを迎えてくれた。
     それをくぐって先へ進むと辺りには小さめの一軒家……もしくはコテージのようなものがいくつも立ち並んでいた。先程までイヌピーの後ろで見ていた景色とは一変、違う世界に入り込んでしまったみたいだ。
     すぐ近くに『Welcome』と書かれた大きいパネルが目に入る。ふたりで近づいてみると、パネルには部屋の画像とその番号、料金が表示されていた。これで部屋の空き状況を確認できるみたいだ。
     予約なしの勢いでここまできてしまったことを思い出したけれど、オレたちの目的である50号室、あの滑り台付きの部屋は運良く空室だった。
    「空いてるみたいだな」
    「予約なしで来ちまったけど良かったよ。せっかくイヌピーがバイク出してくれたんだし」
    「オレも気になってたからな」
    「つーか、ほんとにいろんな部屋があるんだな」
     滑り台のある部屋にしか意識が向いて居なかったけれど、パネルには貝殻のベッドの部屋、SM部屋、螺旋階段のある部屋など色々な部屋があるようで、いくつかは既に埋まっていることが伺えた。
     50号室が空室であることを確認したオレ達は、二人で奥へ進み目当ての部屋の前へ。
    「ここみたいだな」
    「行くか」
     オレもイヌピーも、ホテルの敷地に足を踏み入れた瞬間から、遊園地のアトラクションのような雰囲気にどこか高揚していた。
     建物の階段を登った先の扉に手をかけてドキドキしながら開くと、ちょうど部屋の二階部分にあたる場所のようだった。ざっと辺りを見回したところ、さすが創業50年と謳っているだけある、現代とは雰囲気の違うレトロな家具がいくつも視界に入った。
    「すげえ……」
    「昔にタイムスリップしたみたいだ」
    「確かにナ」
    「まずは一階に降りてみるか」
     イヌピーに手を引かれて後に続く。一階に降りるとサウナ、トイレ、バスルームが設置されていた。洗面台の水回りにも花の模様が描かれていて、蛇口も今では見ない作りになっている。眺めているだけでも楽しめるホテルだ。
     天井は吹き抜けのようになっていて、目当てだったピンク色の滑り台は三階に入り口があるらしい。
     階段を登って入った時の玄関口へ戻ると、二階にはリビングのようなスペース、カラオケと黄色い球体のカプセルベッドが置かれていた。写真で見た犬のぬいぐるみもそのままカプセルベッドの中に寝そべっている。
     男一人でも狭そうなこのベッドに、果たしてイヌピーと二人で入ったらどうなってしまうのだろう。
    「ココ、もう一つ上、上ってみようぜ」
     そんなことを考えるオレをよそに、イヌピーは早く早くと張り切ってオレを誘導していく。
     さらに階段を登ると目の前に現れたのは大きめのベッド。ここがメインの部屋らしい。そしてベッド横の壁は鏡張りになっていた。
     これなら普段、自分からは見えないイヌピーの表情も見られるのではないか、なんて考る暇もなく、手を引かれてベッド横の扉の前に連れて行かれた。
    「ここが滑り台の入り口らしいぜ」
     心なしか高揚したイヌピーの声。オレを振り返った瞳はどこかキラキラしていた。扉に手をかけて開くと、ピンク色の長い滑り台の入り口が確認できた。
    「見ろココ、さっき行った風呂場が見下ろせる」
    「へえ、ここからみると結構高えな」
     壁にはステンドグラス風の色のついたガラスがはまっているのが見えた。本当に凝った作りの部屋になっているようだ。
     二人で身を乗り出してみる。ここから滑り降りたら気持ちよさそうだ。隣で目を輝かせるイヌピーと同じくらい、オレの心も浮ついていた。
    「イヌピー、さっそく滑り台やる?」
    「うん」
    「じゃあ一階の風呂、溜めに行くか。ついでに体も洗っとこうぜ」


     浴槽にお湯を溜めつつシャワーのコックをひねる。温かいお湯を被って、二人で体を洗い合った。家でもたまに一緒に風呂に入るけど、ここは広いから男二人でも余裕で洗い合うことができる。鼻歌を歌うイヌピーの背中を洗いながら鏡でその表情を盗み見ると、目を瞑って気持ちよさそうな顔をしていた。思わず口元が緩んで、つられて鼻歌を歌いそうになる。
    「ココ、機嫌いいな」
    「イヌピーだって」
    「今度はココのも洗ってやる」
    「さんきゅ」
     普段、風呂場に二人でいる時にはそういう雰囲気になったりもするけど、今日はその熱っぽさはどこかに行ってしまったみたいだった。ラブホに来たのに、ダチとプールにでも来たようなテンション。けれど、たまにはこういうのも悪くないと思った。二人で調子を合わせて鼻歌を歌いながら体を洗って、ちょうど浴槽の湯が溜まる頃、オレたちは早速三階の滑り台入り口へ向かった。
    「このスイッチ押すとお湯が流れて滑れるみたいだ」 
     カチリとスイッチを押すと、お湯が滑り台の上を流れていく。 
    「ココ! 滑ろうぜ」
    「うん」
     イヌピーがオレに背を向けてピンク色の滑り台に足をかける。
     流れるお湯の力を借りて、そのまま勢いよく滑り降りる最中、「おおっ」とイヌピーの歓声が上がった。両手を上げて滑り降りていく姿にジェットコースターかよ、と思いつつ目で追っていくと、盛大な水飛沫をあげて一階の浴槽にダイブした。
    「ココ、これすげえ気持ちいいぜ! 早く滑ってこいよ」
    「お、おう!」
     水浴びした犬みたいにぶるっと体を震わせたイヌピーが笑顔でオレに呼びかける。キラキラしたその笑顔に鼓動が速くなる。曇りのないその笑顔は、壁にはめられたステンドグラスの窓より綺麗だったから。
     滑り台なんていつぶりだよ、なんて思いながらオレの気持ちは昂っていた。
     それはきっと初めてくる場所に対する高揚とかそんなことよりきっと、イヌピーの楽しそうな姿が見られたからだ。
     イヌピーに声をかけていざ滑り降りると、思ったよりスピード感がある。浴槽まではあっという間だった。勢いよく浴槽の湯にダイブすると、近寄ってきたイヌピーと体が触れ合った。
    「意外とちゃんとスピード出るだろ?」
    「うん、イヌピー、両手あげてたしな。ジェットコースターかよって思ったけどちゃんと速かった」
     上気したイヌピーの肌の香りに胸が高鳴る。その肌に触れようと手を伸ばすより先に、「二回目行こうぜ!」と元気よくイヌピーがオレから離れていった。
     少しだけ切ない気持ちが胸に居座る。せっかく二人でホテルにいるのだ、少しくらい甘い雰囲気を楽しみたかったのに。
     そんなオレの気持ちを知らないイヌピーは、浴槽から上がって早く早くとオレを手招いている。
     どうやら今日はオレのペースで甘ったるい雰囲気に持ち込むのは難しいらしい。
     オレたちは恋人でもあるけどマブでもある。たまにはこういう日があってもいい。バカみたいにくだらないことでダチと笑うだけの日があっても。恋人っぽいことをするだけより、こういうことで笑いあう日があった方がずっと楽しい。それはイヌピーとしか出来ないし、イヌピーとだから楽しいのだ。
     オレは勢いよく湯船から上がって、イヌピーの後を追った。
     それからオレたちはガキみたいに何度もその滑り台で遊んだ。滑って浴槽に入ってまた三階に戻って滑り落ちる。自然と、二人でぐるぐる回って追いつかれたら負け、というゲームになって、結果負けたのはオレだった。
     バカみたいに笑い合う日があってもいい、つい先程そんなことを思ったばかりなのに、ラブホに来てこんなガチの、それもガキみたいな追いかけっこしてるヤツなんていねぇよ、と肩で息をしながら隣のイヌピーへ目線を向ける。
     イヌピーも流石に疲れたのかハァハァ言っていたけど、オレに勝った喜びなのか微妙に勝ち誇った顔をしていた。
    「イヌピー、ちょっと休憩しよ……」
    「だな……」
     よたよたと二階のリビングへ移動して、冷蔵庫からドリンクを物色する。
    「イヌピー、何がいい?」
    「何がある?」
    「コーラ、お茶、水……あとは酒だな」
    「じゃあコーラ」
    「了解」
     オレからボトルを受け取ったイヌピーが、キャップをひねってコーラを流し込む。上下に動く喉とそこに伝う汗を眺めていると、なんとなく情事中のイヌピーの姿を思い出す。
     オレの気持ちは少しだけ揺れていた。遊び心ある内装とは言え仮にもここはラブホだ。ちょっとくらいイヌピーとそういう雰囲気になってもいいのではないか、という下心と、先ほど見た純粋にこの場を楽しむイヌピーの笑顔を天秤にかける。
     傾いたのは、イヌピーの笑顔のほうだった。
     喉にキスしてピンクの乳首に触れて、強引にそういう雰囲気に持っていくことはできるけど、今日は純粋にこの場をイヌピーと楽しむことに決めた。そうしてオレは、一瞬よぎった妄想を振り払って、イヌピーの額に口付けるだけに留めたのだ。
     一息ついて、それからすこし休んでだべったあと、今度はイヌピーがカラオケ機器をいじり出した。
     ごそごそと機械を触って、イヌピーがマイクを取り出してスイッチを入れる。何か歌うのかと思いきや「ココ」とオレの名前を呼んだ。
     マイク独特のぼやけた音がイヌピーの声を大きく反響する。オレももう一本のマイクを手にとり、意味もなく「イヌピー」と返してやった。
    「なんか歌うか? そう言えばココの歌ってるの、聞いたことねえかも」
    「オレもイヌピーの歌、聞いたことねえな。鼻歌はたまに歌ってるけどな」
    「ココだってさっき鼻歌歌ってたろ」
     マイクを通す独特の音を楽しむように、オレたちはわざとマイク越しで会話をする。
     イヌピーになんか歌ってくれ、なんて言われたらどうしよう、オレでも歌えそうな曲……と頭の中で考え出したものの、イヌピーはあっさり別のものに興味をそそられたらしい。マイクを手放してそういえば、と口を開いた。
    「そういえばさっき風呂場の横にサウナあったよな」
    「あぁ、イヌピー興味ある?」
    「オレ、サウナ入ったことねえけど、ココは?」
    「オレは昔、一、二回くらいは」
    「行ってみてえ」
     そう言ってイヌピーは立ち上がった。
    「イ、イヌピー? まだ休憩したばっかだろ?」
    「ココは休んでてもいいぞ」
     すたすたとオレを置いていきそうなイヌピーの後に慌てて続く。一階へ降りると、さっそくイヌピーはサウナ室の扉に手をかけた。
     覚悟はしていたけど、もわっとした蒸気と暑さに全身を包まれる。数分でも居れば、すぐに汗が滴り落ちてきそうだ。
    「イ、イヌピー、まずは湯船のお湯抜いて水に入れ替えよう」
    「わかった」
     もう少し休憩の時間が取れる、とホッとしたのも束の間、イヌピーは浴槽に水を溜めている間、どこから探してきたのか小型の水鉄砲を持ち出してきた。と、同時に嫌な予感のするオレ。
    「イ、イヌピー、そんなのどこで見つけてきたの」
     恐る恐る尋ねると、「さっき脱衣所のカゴに入ってたの見つけた」とけろりとした顔で言った。
    「イヌピー、それ、人に向けて撃っちゃダメだからね」
     そんなオレの忠告を無視して、イヌピーは水鉄砲に水を入れ始めた。そして何度か水の出を確認したあと、案の定こちらへ向けてぷしゅぷしゅと発砲してきたのだ。
    「イヌピー?! 辞めろっていったよねオレ」
    「あっちにもう一つあったからココも反撃していいぞ」
    「いやそういうことじゃなくてさ……冷たっ! ……」
     勘弁してくれ、と思いながらも脱衣所に水鉄砲を取りに走る。このままやられっぱなしではオレが凍えちまう。
     タオルやアメニティの入ったカゴを漁り、探し当てた水鉄砲。それはイヌピーよりデカい型だった。ラッキー、コイツがあれば勝ち馬に乗ってるようなもんだ。
     急いでそいつを引っ掴み浴室へ戻った瞬間だった。「ココ、水が出なくなった」そういいながらこちらへ走ってくるイヌピーの体が盛大に傾いたのは。
    「あっ…………」
    「イヌピー?!」
     イヌピーがすっ転んじまう! 脳がそう判断してから、まるで世界がスローモーションのようだった。どう動けばイヌピーを支えられるかをオレの脳が瞬時に計算し始める。こちらへ向かって転んでくれれば支えられるかもしれない。けれど無情にも、つるっと足を滑らせたイヌピーの頭は後ろへ向かって倒れていく。水鉄砲で撃たれた時とは比べものにならないくらい、急速にオレの頭は冷えていった。マズイマズイマズイ。間に合ってくれ。
     水鉄砲を放り出して、オレは足に精一杯の力を入れて一歩を踏み出した。勢いを利用して、抱きつくようにイヌピーの体を包んで頭部に手を滑り込ませる。
     この間、きっと数秒もなかったと思う。腕が床の硬いタイルに触れて、直後に鈍い痛みが走った。
    「ッ……痛ってえ……」
    「……ッ……」
    「……ッ……イヌピー!! 平気か?!」
    「ん…………ココ……」
     慌てて起き上がってイヌピーの顔を覗き込む。薄く目を開いたイヌピーは何度か瞬きしてオレを視界に捉えた。
     背中を打った衝撃からか、顔を歪めていたが話はできるみたいでホッとする。
    「起きれるか? 痛いところは?」
    「背中ちょっと打っただけだ。……ココが頭支えてくれたから」
    「はあ〜〜もう、本当に気をつけてくれよ。マジで心臓止まるかと思ったんだから」
    「悪い……」
     叱られた犬みたいにふにゃっと俯いてしまったイヌピーがなんだか可哀想で、たまらなくなったオレはその体を抱きしめた。
    「なぁ、オレの心臓速いのわかる? マジで焦ったんだよ、イヌピー」
    「……うん」
     ぎゅうっとキツく抱きしめて、その体温に触れて、イヌピーが自分の腕の中にいることをそうして少しの間実感していた。
    「……ココ」
    「ん?」
    「助けてくれて……ありがとう」
     素直に口にしたイヌピーに、返事の代わりに頭に口付けをした。守れて良かった。この頭は、いつもイヌピーなりに頑張って、いろんなことを考えてくれる大切な司令塔だ。何度か口付けてみたけど、今日はいつもみたいに「くすぐってえ」って暴れられることはなかった。
    「イヌピー、浴槽に水、溜まったけどサウナ入る?」
     気持ちを切り替えるようにオレは、わざと明るい声でそう言った。
    「うん」
    「無理はすんなよ、やばくなったらすぐに出て風呂で体を冷やす。いいか?」
    「わかった」
     真剣な顔をしたイヌピーは、挑むような顔でオレに頷いた。滑り台同様、またここでも勝負が始まるのだろうか。
     流石に今回は勝ちたい。なにせオレは粘り強い男だ。それにサウナであれば多少の自身はある。そんなことを思いながらサウナ室に入ったのだが。
    「あ、あちい……」
    「……だな……」
     約十分後、オレたちは額に汗を滴らせて暑さに耐えていた。正直、どうせラブホ備え付けのサウナだろ、なんてタカをくくっていた。まさかこんなに本格的なものだとは。
    「ココ、キツイならもう出てもいいんだぜ」
    「イヌピーこそ」
     隣のイヌピーは汗も拭かずにじっと耐えている。我慢嫌いなくせに平気か? 暑さでだんだん頭がボーっとしてくる。今日オレたちはラブホに我慢大会でもしに来たのだろうか。
     イヌピーがこのモードに入っちまったらオレが先に出るまでここに篭り続ける気だ。見るとイヌピーの白い肌がいつもより赤い。心なしか息も荒い気がする。男同士の真剣勝負といきたいところだったけれど、だめだ、イヌピーの体に負担を敷いては。それでなくてもさっきすっ転んだばかりなのだ。
     ……そうだ、それならオレが負けてやればいい。
    「イヌピー、オレもうギブギブ、先に出るから、イヌピーの勝ちでいいから、出よう?」
     ガバッと勢いよく立ち上がったオレは、負けを認めたみたいにサウナ室の扉を開く。一歩そこから足を踏み出すと、先程まで何も感じなかった浴室の温度が涼しく感じて気持ちいい。
     オレに続いてようやくサウナ室から出てきたイヌピーも大粒の汗を滴らせながら「生き返った……」と目を細めていた。
    「水、水風呂入ろう」
     浴槽いっぱいに溜めておいた水風呂に二人勢いよく浸かった。ここにはオレたちしかいないのだ。マナーもサウナの作法もどうだっていい、オレ達が楽しければ。
    「つめてえ!」
    「冷たっ!」
     熱でだるい体が一気に冷やされて急速に体温を下げていく。
     テレビのサウナロケなんかで観るたびに聞く「ととのう」ってヤツを言ってみたかったのか、天井を向いたイヌピーが「ココ、ととのうな」なんて言っていたから笑ってしまった。
    「確かに、ととのうな」つられて口にした言葉は嘘じゃない。
     イヌピーと毎日一緒に生活して、いろんな一面が見られて、オレの精神は確かにととのっている。


    「ココ、もっとそっち詰めろ」
    「いや、イヌピーが幅とりすぎなんだって」
     サウナ室から出たオレたちは着替えて休憩がてら互いの髪にドライヤーをかけあったあと、二階のカプセルベッドの中に入り込んだ。ガキのころなら秘密基地みたいだ、とか言ってはしゃいでたんだろうな。イヌピーはお気に入りのバトル鉛筆なんかを持ち込んで転がして、オレは図書室で借りてきた本を読む。
     イヌピーも似たようなことを考えていたらしい。
    「ガキの頃だったら秘密基地みたいだってはしゃいでたな」と言ってイヌピーが笑った。
     大人の男一人でも丸くならないと入れないようなそのベッドに、けれど今は男二人が無理に入ろうとするから窮屈でもはや笑えてくる。
     寝そべる犬のぬいぐるみも端っこに追いやって、オレ達はじゃれつくみたいに自分の陣地を奪い合った。
     ふいに、唇が触れ合うくらいまで顔が近付いて、イヌピーと目が合う。普段ならこのまま近づいて、キスをする流れだった。オレはそのつもりで目を瞑って顔をゆっくり近づける。数秒後に唇にイヌピーのそれが触れる……と思っていたのに、期待は大きく裏切られた。
    「ぶはっ、ちょっ、イヌピー! コラ!」
     脇腹をくすぐられて目を開けると、そこにはイタズラが成功した子供のような顔をしたイヌピーが。
     仕返しに脇腹を同じようにくすぐってやると、ただでさえ窮屈なカプセルベッドだ。二人して頭や足がぶつかってシンプルに痛い。
    「ッ! イヌピー! ガキみてえなことやめろって」
    「ココが手ェ止めればオレもやめる」
    「いや、先に仕掛けてきたのイヌピーじゃん」
     暫くそんな攻防が続いた後、オレの手が一瞬、意図せず服の上からイヌピーの乳首に触れた。
    「……っ……」
     ガキみたいな顔をしたイヌピーの表情が一転、普段ベッドの上で見せる表情に変わって動きが止まる。
     一瞬の隙に顔を近づける。今度こそイヌピーと唇を触れ合わせた。
     触れるだけのキスを何度かして、流れで顔中に口付けていく。普段ならくすぐってえ、なんていって身を捩るのに、はしゃいで疲れたのかイヌピーは大人しい。
    「イヌピー、今日は楽しかったな」
     柔らかい声色で話しかけても、イヌピーからはなんのリアクションも返ってこなかった。顔にかかった髪を掬って耳にかけてやると、まつ毛にふちどられた目元が閉じていた。
     まさかこの一瞬で眠ってしまったなんて。
     それを肯定するように数秒後、くーかーと聞き慣れた寝息がすぐ側で聞こえた。
     もう少し恋人らしいことをしたかった感は否めないけれど、今日此処へははしゃぎにきたようなものだ。
     ガキみたいにイヌピーとはしゃいだのなんていつぶりだろう。
     子供の頃に戻ったようで楽しかった。時間を忘れてここに居たいと思った。だからこのホテルは夢の国、なんて名前がついているのだろうか。
     イヌピーの体温はいつもオレより少し高い。毎日体のどこかしらが触れ合っているからか、場所が変わってもこの体温を肌で感じると安心するのだ。
     イヌピーとマブで良かった。恋人でもあるけれど、甘い時間を共有するだけの関係よりもそれはずっと煌めいて、楽しいから。オレも、イヌピーといると楽しくて仕方ねえんだ。だから昨日の夜、イヌピーの言葉が嬉しくて仕方がなかった。
     眠っているイヌピーの手と自分の手を、恋人のように絡めて繋いだ。暫く規則正しい寝息を聞いていると、段々自分も眠くなってくる。眠気に抗えなくなるまで、オレはそうしてイヌピーを近くに感じていた。

     二人が眠りについた後、互いの口から「ココ」「イヌピー」と寝言が聞こえてくる。それと楽しい夢でも見ているのか、二人の口元は綻んでもいた。きっと夢の中でも二人ではしゃいでいるのだろう。
     途中、目を覚ました「イヌピー」と呼ばれていた男が、「ココ」と呼ばれていた男の、うっすら青あざが出来た腕を優しく抱きしめていた。
     そして「ココ」と呼ばれていた男が目を覚ました時、「イヌピー」と呼ばれていた男の頭を撫でたあと、顔のあざに口付ける。
     端に追いやられた犬のぬいぐるみが、そんな二人を優しく見守っていた。
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    somakusanao

    DONEみんな生きている平和軸D&Dでマイキーとココが働くことになった都合のいい設定です。そうなったらいいのにな!!!!!
    ドラケン視点なのでマイキーの評価が低いですが、マイキーはカリスマ店員です
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