お願い、僕を匿って! 中庭に面した廊下を歩いている途中、面白いものを発見した。
揺れる低木から突き出ている人の下半身を前にして、フレッドとジョージは互いの視線を交わす。
「こりゃ一体、どういうことだと思う?」
「さあ? 事情はまったく想像できないが」
言いながらジョージはにやっと笑った。
「なんだか見覚えのある尻だと思わないか?」
細い枝が密集した低木の下にしゃがみ込み、今もなお葉と枝の中へ突き進もうとしているその人物へ、フレッドとジョージは声をかけた。
「やあ。間違いなけりゃ、ハリーだよな?」
「何処かへ向かう途中かい? そこに道なんてあったっけ?」
「あ!フレッド?ジョージ?」
二人の呼びかけに、枝葉の中から返事があった。聞き覚えのあるその声に、ジョージの推測は正しかったということが分かる。枝をみしみし軋ませながら下がってくるその姿にフレッドとジョージはもう一度視線を交わした。笑うのを堪えた顔で見合って、こくりと頷く。ようやく体の上半分まで現したハリーの真面目な表情が見えたとき、二人は笑わないでおいて良かったと心底思った。全身小枝と葉っぱに塗れ、くしゃくしゃした黒い髪にまで枝葉を絡ませたハリーはそれらを取り払うよりも先に伸ばした手で、フレッドのローブの端を掴んだ。
「僕を匿って!」
「「え?」」
低木から引き抜いた体を起こすより先に助けを求めてそう叫んだハリーに、フレッドはジョージと揃って首を傾げる。そうこうしている内にフレッドのローブを勝手に広げたハリーが、枝葉の絡む頭を布の下へ突っ込んだ。
「わわ!ハリー?」
自身の纏ったローブの下へ潜り込もうとするハリーにフレッドが狼狽えている内に、ローブと背中の間に潜り込んだハリーがぴたりとフレッドの背中へ張り付く。
「お願いだよ、何処にも隠れるところがないんだ!」
「「?」」
服の下から聞こえる籠った声にフレッドとジョージがもう一度首を傾げたところで、
「おや!見覚えのある赤毛だ!」
聞こえてきた快活な声に二人は「ああ、そういうこと」と顔を顰めた。
「君たち、こっちでハリーを見掛けなかったかな?話している途中でいなくなってしまってね」
鮮やかな色のローブを風に広げて、悠々と近付いてくる煌めいた笑顔に二人はげんなりした表情を隠すことなく向けた。匿った彼を背後に隠し、ジョージがさり気なくフレッドの前へ出る。
「さあ、俺たちも今来たばっかりなんで」
ジョージの突き放すような物言いにもロックハートは怯まなかった。その前に、自身に向けられる冷えた視線に気付いてすらいないようだ。
「彼は足が早いみたいだ」
赤毛の双子の前で足を止めるなり、辺りを見渡してロックハートは感心したふうに言った。
「話を聞く内に、サインが欲しくなって本を取りに行ったのかな?」
本ならいつでも持ち歩いているのに!と芝居がかった嘆きを披露するロックハートに、フレッドの背中にくっついているハリーが苛々と舌を打つのが聞こえた。彼の苛立ちを露にする盛大な舌打ちに、フレッドは口元に苦笑いを浮かべる。
「ハリーを探すんなら、俺ならまず魔法薬学室から見に行くけどな」
嫌いな人物から逃げようと、茂みの中へ飛び込むほど追い詰められている可哀想な彼のためにフレッドは親切にもハリーの居そうな場所をロックハートに教えてやることにした。
「魔法薬学室ですって?」
「ああ、ハリーはしょっちゅうあそこで罰則を受けてる」
フレッドの親切に、ジョージも同意を示す。
「昨日も」
「その前も」
「先週なんて毎日、朝昼晩と罰則だった」
まさに今思い出してるところです。みたいな顔をしてフレッドとジョージがそう言えば、
「魔法薬学室なら、スネイプ先生ですね? だから彼も慌てて行ってしまったのか!」
端正な形の眉を片方上げたかの教師はすっかり二人の話を信じ込んだようだ。
「それなら早速向かうとしましょう。罰則を受けながらでも、話の続きはしてあげられるだろうしね」
にっこり。白い歯を見せて満面の笑顔を披露したロックハートが、眩しい白い歯に負けない真っ白な羽根ペンを懐からサッと取り出して声高らかに言った。
「それでは諸君!お礼に私のサインを書いてあげましょう!」
「「いらないよ」」
双子のぴったり重なった声にも、取り出したサインカードを楽しそうに選別しているロックハートはまるで怯まない。
結局、フレッドとジョージの手には一枚ずつ、赤と金色のサインカードが握らされることになる。
「マジかよ。本当に気付かず行っちまった」
押し付けられたカードを四つ折りにしながら、建物の陰に消える布の端をジョージは呆れた目をして見送った。
「案外茂みに頭突っ込んでるだけでも、やり過ごせたかもな」
自分の持つカードもジョージの手に押し付けながら、フレッドが鼻で笑う。その後ろで、もそもそと動いたローブの中からハリーの顔が覗いた。フレッドの脇の辺りから頭を半分出して、周囲を見回したハリーは少し、不機嫌そうだ。
「さすがに朝昼晩と罰則を受けたことはないよ」
ぶつくさ言いながらも、嫌いな教師が戻ってくることを警戒しているハリーはローブの下から出てくるタイミングを見計らっているらしい。
「あの人、それを信じるなんて……」
不満そうなハリーが背中で動くたび、擽ったそうに笑うフレッドがハリーを引っ張り出す。ローブの内側から転がるように姿を現した彼は、全身に付いた葉っぱをはたいて大きな溜め息を吐いた。
「随分付き纏われてるみたいだな」
「本当にしつこくって、参っちゃうよ」
両膝の泥を落とすために屈んでいたハリーが、うんざり。という表情で疲れたように肩を落とすのを見て、ジョージはその肩を叩いた。
「疲れてるなら、俺たちと息抜きでもどう?」
膨らんだローブの内ポケットをハリーに見せながら、ジョージはにやりと笑う。詰め込みすぎて、ポケットから溢れそうになっているクソ爆弾の山を見るなり、ハリーもつられてにやりと笑った。
「君なら、何処に投げるのが一番面白いと思う?」
悪戯の企みに楽しそうなフレッドがそう聞けば、ハリーは目を丸くさせる。
「僕が決めていいの?」
「「もちろん」」
「それなら……フレッド、ジョージ。耳を貸して」
悪戯な笑顔を見せて、小さく手招くハリーのために体を傾ける。潜められた声に耳を擽られながら、ハリーの話す計画を確認すると3人揃って笑みを交わした。
それじゃあ早速、仕事に掛かろうか。