梅雨前の真夏日 梅雨が明けるどころかそもそも始まってすらいないこの時期。本日、この本丸は真夏日であった。部屋の中は風が通り抜ければ涼しいだろうが、生憎と風は吹いておらずなんなら、あまりにも急に暑くなるものだから、冷房機器の類の準備が追い付いていないのが現状であった。それならば、と共に非番であった小豆を引き連れ、ぱたぱたと団扇で仰ぎながら縁側の日陰になっているところに避難したが、他のところよりはマシ、と言う状態でしかなく思わず恨み言をこぼしてしまった。
「暑い…。なんでこんなに暑いんだ…。まだ梅雨すら来てないんだぞ…。」
「主いわく、いじょうきしょう、だそうだよ。なつほんばんになれば、もっときおんがたかいってはなしだ。」
「最悪だな…。」
「まぁまぁ。そのかわり主がちいさいながらも、なんこかぷーるをよういしてくれたのだからすずんでくるといい。」
せめて冷房機器の準備ができるまでの処置として、広い中庭にいくつか冷たい水を張ったプールが用意したというのは先程聞いた連絡事項だ。既に先客は多いだろうが別に浸からなくても十分涼める程度には空いているだろう。折角用意されたのだから楽しまなければと立ち上がり、一つ伸びをする。
「あぁ、そうするよ。あんたも来るだろう?」
「そうしたいところだけれどね。せっかくだからつめたいすいーつのしこみをしてからにしようかとおもって。」
「なるほどな、何を作るんだ?」
「しゃーべっと、とかあいすきゃんでぃーとかかな。」
「そりゃぁいい。食べるのが楽しみだな。」
「そういうわけだから、さきにいっていてくれるかい?」
「わかった。」
「ではまたあとで」
そうして小豆と一旦別れ、うきうきとした気分でプールの置かれた中庭へと向かった。
*
「アイスやシャーベットが用意できたよ!濡れてる子達は一旦拭いてから食べにおいで!!」
キャッキャとはしゃぎ声が響き渡る中庭に拡声器を用いて告げられた冷たいスイーツの完成に、一斉にそちらへと男士達が移動する。今行けば大混雑間違いなしだろうと、味わうに行くのはもう少し後にすることにした。ちゃぷちゃぷと冷たい水を掬い上げたり飛ばしたりと水遊びに集中していると、不意にピトリと冷たいものが首筋に当てられた。
「ひゃぁっ!!?」
思わず飛び上がってしまい、バランスを崩す。とっさに伸ばされたいたずら犯の手は間に合うことなく、バシャンと水飛沫を立ててプールへと倒れこんだ。
「いてて…。あぁ、結局びしょ濡れだ…。」
「ご、ごめん!そんなにおどろくとはおもってなくて…。」
「せめて一言言ってくれ頼むから。」
やれやれ、と伸ばされた手を取る。立ち上がってから、水を吸い込んだ服を絞っていると目の前にスッとピンクの中に赤色の粒々が混じったアイスキャンディーを差し出された。
「たおるをとってくるから、これでもたべてまってて。」
「あぁ。」
アイスキャンディーを受け取り一口食べる。冷たい感触の後に甘い苺の味が口いっぱいに広がった。
「苺か。」
「そうだよ。れいとうのものだけれどね。おくちにあうかい?」
「あんたが作るもので不味かったものなんてないだろう。」
「ははっ、ありがとう。すぐもどるからいいこでまっているのだぞ。」
タオルを取りに行こうと踵を返した小豆を隙ありとばかりにアイスを口にくわえたまま足を掃うと同時に腕を引っ張りプールに落としてやった。バシャーンと再び上がる水飛沫の中で何が起こったのかとばかりに目を丸くする小豆に残りのアイスを全て食べた上でニヤリと笑う。
「仕返し。」
「っ、きみなぁ!」
「ははは。」
「まったく、わたしまでびしょぬれだ…。」
ぽたぽたと水滴が垂れる前髪をかきあげる小豆に思わず喉を鳴らす。
「水も滴るなんとやら、だな。男前になったじゃないか。」
「きみもね。すてきだよ。」
「ありがとさん。ま、このままじゃ流石に風邪を引いちまう。タオルを取ってこないとな。」
「そうだね。わたしとしては、もうすこしそのままでもいいのだけれど。」
「いいもの見れた、ってか?」
「まぁね。」
軽口を言い合っていればぱさっと頭の上からタオルを乗せられる。どうやら、水飛沫の上がる音に気が付いて祖がタオルをもって見に来たらしい。
「こーら二振とも、そんなびしょ濡れになって。」
「おっと、見られていたか。」
「そりゃあれだけ音を立てていればね。」
「たおる、ありがとう。」
「どういたしまして。風邪ひかないうちに着替えるんだよ。」
「「はーい。」」
建物内に戻る祖を見送りつつお揃いだな、と顔を見合わせて笑った。
まだまだ暑い日は続きそうだ。