声入間が妊娠し十月十日、その日はやってきた。
男性にしては小柄な入間は母子共にリスクの少ない帝王切開が行われる事となった。少ないとはいえリスクは、ある。事前に「何かあれば覚悟を決めてください」と医者・看護師に伝えられた。
なにが覚悟だ。俺にも入間にも「覚悟」はある。だが、何かあった際の覚悟ではない。この先の未来、三人で歩む「未来」への覚悟だ。
手術室が始まり一秒一秒がまるで何時間のようにも思える。なにも出来ない自分に腹立たしく思いながらも、祈ることしか出来ない自分に「無力だな・・・」深い溜め息を吐きながら天を仰いだ。
入間の妊娠を知ったあの日を、今でも昨日のように思い出せる。
入間が本当の意味で心の内側に俺を受け入れてくれた日の事を。
泣きながら「親」に「家族」になってもいいのか。生まれてくる我が子を幸せに出来るのか。不安と喜びと恐怖に彩られた入間の表情。普段からは想像も出来ない光を失くした瞳から溢れる大粒の雫。けれど、両手は俺の服を握り締め、俺へと手を伸ばした日。
入間は不安であっただろう。怖かったであろう。喜んでいたであろう。
俺は、歓喜に震えていた。
法の下、結婚し正真正銘夫夫となった俺達の仲を引き裂くものが失くなってもなお、何時か入間を拐いに来る奴が現れるのではないか。入間が俺の元から去っていくのではないかと、来る筈もない、在ってはならない未来を想像するだけで、見もしない・名も知らない、存在するかも分からない存在を何度頭の中で殺した事か。何度、入間を家に閉じ込め誰の目にも触れさせない俺だけが入間の瞳に映り俺だけが入間を感じ俺だけが入間の全てになりたいと思ったことか。
だが、入間はそんな俺を望んでいない。
だから、隠した。
入間に好かれるように愛されるように、汚い俺を隠し、綺麗な俺を入間の愛する俺を演じる。
苦痛はない。入間を愛している事に嘘偽りはないのだから。
そして、ナニかは俺の味方をした。
妊娠だ。入間が俺の子を孕んだ。「枷」が出来たのだ。
喜ばずにいられようか。感謝せずにいられようか。
例えこの先なにが起きても、誰かが入間を誑かしたとしても、入間は俺の元から立ち去ることは、出来る日は、永遠に来ることがなくなったのだから。
なぜならば、子に両親がいない、これは入間の中では絶対的にあってはならない事だ。
ああ、日に日に入間の腹の中で育ち、今、正にこの世に産まれようとしている我が子よ。安心しろ。あの日「愛している」と言ったのは嘘ではない。貴様は入間と俺を縛り永久に繋ぐ鎖だ。そんな存在が愛おしくない筈がないだろう。
ああ、早く。早く!!産まれてこい!!おれといるまのーー
・・っ・・ぎゃ・・おんぎゃ・・!!
その声は祝福か、それとも・・・
おしまい