ハッピーハロウィン漆黒マントの内側はダイヤ柄。
大きな黒の帽子には忌々しい己の使い魔姿のぬいぐるみ。
生徒であり、教え子であり、主であり、恋人のイルマは、それはそれはイルマの故郷では恒例の、ここいら一帯では聞いたこともない、仮装し菓子を強奪する祭典『ハロウィン』を楽しんでいた。
「先生!!お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよ!?」
10月に入った頃からイルマは問題児組や教員、はたまた他のクラスの生徒にも聴き周り、ハロウィンが行われない事に驚きをしめしていた。
イルマ曰く死者を尊び、死者が『黄泉』なるこ場所から返ってくる日がハロウィンで、死者と見分けがつかないように仮装し『黄泉』へと連れて行かれないようにする祭事と伝え回った結果、面白いことが大好きな悪魔たちは教員を含め本年初めて『ハロウィンパーティー』を行うことが決定した。
そして合言葉が、先程イルマが俺に伝えた
「先生?Trick or Treat!お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよ〜?」
そもそも悪魔は死後魔力の粒子となり魔界の一部となる。
つまり死者が逝くという『黄泉』なんていうものは存在しなく、その知識を持っているイルマが異界の住民と伝え回っている様なものだった。
コイツはその重大性を分かっているのか…?
とはいえ、可愛い恋人が楽しそうにしているのを邪魔するのも無粋というものだ。
ここ数日仮装の準備や、得意でもない菓子作りに取られた2人の時間を取り戻すというのも一興。
俺の笑みに顔を赤らめたり青くしたりと忙しいイルマを部屋に置いてあるテーブルの前に座らせ、指を鳴らした。
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カルエゴ先生が楽しそうに笑っている時は大抵ろくな事がないけれど、先生が指を鳴らした瞬間にテーブルの上に並んだ美味しそうなお菓子を見て、そんな些細な事は頭の片隅から吹っ飛んでしまった。
右を見ればオペラさんが作ってくれたのより一段多い可愛くデコレーションされたケーキ。
左を見ればアズ君がくれたのより大きいチョコチップクッキー。
真正面にはアメリさんがくれたのよりも大きいシュークリーム。
他にも、飴やスコーン、エクレアに焼き菓子の数々…。
「カ、カルエゴ先生?これって…」
「菓子を食べさせないとイタズラなのだろう?イタズラをされたくはないのでな。菓子を用意した」
「つまり…」
「全てイルマ用だ。全部、ひとつ残らず、食べていいぞ」
なんて素敵なことだろう。
聞きかじった中途半端なハロウィンの知識を、ハロウィンを知らない魔界の悪魔たちに自分がお菓子を貰いたいがために伝え周った結果、バビルス全体で行う行事になってしまった時はどうしようかと思っていたけれど、こんなに楽しい行事になったのなら来年も是非ともやりたい!むしろ、毎日がハロウィンになればいいのにと思ってしまう。
そう思いながら先生が用意してくれたお菓子を食べ進め、途中
「なんなら、他の奴らから貰ったお菓子も食べてしまってはどうだ?どうせ帰宅すれば、オペラ…先、輩が菓子を用意しているのだろう?」
なんて言われたので、アズ君から貰ったクッキー、クララからのお菓子の詰め合わせ、アメリさんからのシュークリームに他にも貰ったお菓子を食べ進め、気がつけば全てのお菓子を食べきっていた。
「全て食べきったか?」
「はい!!とっても美味しかったです、特に…」
「大丈夫だ、俺は今後食べる予定はない」
「そうですか?」
「ああ、それよりイルマよ」
「なんですか?」
カルエゴ先生は、それはそれは楽しそうに笑いながら
「Trick or Treat」
綺麗な発音で、言った。
「えっと…、お菓子は…」
「食べきったな」
「そもそも、先生食べないんじゃ…?」
「食べないからと言って、言ってはいけない訳ではないだろう?」
言っちゃダメです!!
お菓子が欲しい悪魔だけが言っていいんです!!
なんて言えるわけもなく…
「あ、あの教室に戻れば…」
「今だ、今欲しい」
「でも、」
「そうだな、ひとつ残らず食べきったな」
か、確信犯!!
確信犯じゃないか!!先生が珍しく、そうだ珍しく食べていいと言ったから僕は食べてしまったんだ。
つまり、
「最初から、そのつもりで…?」
「今日の貴様は冴えているな」
楽しそうに笑うカルエゴ先生。でも、僕には分かる。目の奥が全然笑っていないことを、むしろ、
「先生、怒っていますか?」
「貴様は、本当に他者の機嫌を察知するのが上手いな。だが、正確には怒りではない」
「じゃあ、なんなんですか?」
「本当に分からないのか?」
本当に分からない。だってここ数日ハロウィンの準備で先生を怒らせる程一緒に…あれ?僕、先生と一緒に過ごしたの何時が最後だっけ…?
ハロウィンの準備でオペラさんとおじいちゃんと一緒に当日着る衣装を考え、皆に配るお菓子を作る為にオペラさんと練習をして、他の日は師団の活動とかで…
ってことは、10月に入ってから…?
僕の顔は見る見る間に青くなっているのが分かったのだろう、ふんと少し鼻を鳴らした先生は長い腕を組み、その切れ長の目で僕を見下ろし
「31日。今日を入れると31日。貴様にほっておかれた哀れな恋人の日数だ」
「あの、僕、ごめんな…」
「違う。貴様は謝らくていい」
「え?」
「謝る必要はない。なぜなら、貴様が楽しんでいた祭事を俺も楽しむつもりだからな」
先程までお菓子の山があったテーブルは先生の魔術であっという間に豪華なベッドへと姿を変えた。
「さて、イルマよ」
黒い悪魔が笑う
「Trick or Treat」
その紫の目は獲物を捉える輝き
「お、お手柔らかにお願いします…」
獲物は逃げることは
「頭の片隅に置いといてやろう」
出来ない
散々先生に食べ散らかされた僕はその身に無数の赤い所有印と歯型を残し、先生の腕枕で決意する。
(もう、二度と!!ハロウィンなんてしない!!)
だが、ハロウィンを楽しんだ悪魔たちが翌年もハロウィンを行い、先生もあの手この手で僕にイタズラする未来を、今の僕は知る由もなかったのだった。
おしまい
お魔け
僕の衣装は先生が丁寧に脱がしてくれていたけど、モフエゴ先生は部屋の隅に投げ捨てられていた。
これ、オペラさんが楽しそうに作っていたって言ったら火に油かな…
モフエゴ先生を拾いながら考える僕だった。
本当に、おしまい