ひまわり「ハウェーヤー、イルマ」
そう言いながら先生が僕の掌に落としたのはとても綺麗な、先生の紫の眼に似た宝石だった。
球体の宝石は艶々で光にかざすと中の小さな黒い球体に反射して覗き込んでいる僕の瞳へ光を注ぎ込む。
綺麗…
「イルマに似合うと思って用意した物だ。受け取ってくれ」
二人っきりの時にしか見せない先生の柔らかな笑みに照れながらも、こぼれ落ちないように宝石を握りしめた。
でも、僕、もうプレゼントを頂いていますよ?
そう、もう誕生日当日に先生から薔薇の花束と先生の家の合鍵を受け取っている。
合鍵を受け取った時は本当に嬉しくて、先生に何度も確認しては喜び、何時もより速くなってしまっていた心臓が口から飛び出すんじゃないかとヒヤヒヤもした。鍵は無くさないように、これも先生がくれた金と紫の毛で編まれた紐で、僕の首に掛かっている。
「本当は当日に渡したかったのだが、少し時間がかかっしまい、今日になっただけだ」
でも、
「イルマよ」
はい
「それには、まじないをかけた」
おまじない、ですか?
「ああ。貴様は騒動の中にいるが、本当に危険な目に合ったとしても俺を呼ぶことはないだろう」
そんなこと…
「ない、と言い切れるか?」
ない、とは言いきれない僕は、先生の問いかけに答えることも、顔も見ることも出来ず、俯いてしまった。
「だからだ」
先生?
「だから、せめて貴様の身を護れるようにとまじないをかけたのを渡したのだ。云わば御守りという物だ」
先生の手が宝石を握りしめていた僕の掌の上から優しく触れた。
先生の暖かな手を感じながら、泣きそうになるのを耐え、目の前の長身へと抱きついた。
先生、ありがとうございます。
大切にします。
僕の身体を世界から隠すかのように抱き締め返してくれる先生。
「ああ。肌身離さず持っていろ」
でも、こんなに綺麗な宝石、その、高かったんじゃないんですか…?
「ただの石に俺の魔力を込めているから、宝石のように見えるだけであって、価値はない」
だから、こんなに先生みたいに綺麗な紫の色をしているんですね。
先生は宝石を鍵を付けている紐に器用に結ぶと僕の首へと掛けてくれた。
そういえば、先生眼鏡を掛け始めたんですね?
「最近な。だが、良く見えているから問題ない」
胸の上で光る宝石が少し熱く感じた。
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ハウェーヤー、イルマ
イルマの掌に落とす。
「綺麗…」
気に入ったのかイルマは光にかざして見ては光の屈折を楽しんでいるが、目が眩む。
止めさせるために言葉を続ける。
イルマに似合うと思って用意した物だ。受け取ってくれ
イルマの前でしか見せないよう表情をしている自覚はある。
だが、漸く準備が出来た物を渡せるのだ。何時もより緩んでしまうのは仕方のないことだ。
「でも、僕、もうプレゼントを頂いていますよ?」
そう言いながら落ちないように握りしめる掌の熱さに、背筋をなにかが這うような感覚を覚えた。
既に渡しているプレゼントもあるが、本来これも一緒に渡すつもりだったのだ。ただ、少し時間が掛かってしまったせいで、当日渡せず自身に嫌気が差してしまっていたが、薔薇の花束と家の合鍵に何度も確認する程喜んでいたイルマを見ていた事によって、嫌気など消し飛んでいた。
このナベリウス・カルエゴあろう者がこのような子供に翻弄され、あまつさえこの様な物まで用意てしまったのだ。過去の自分が見たらおぞましいものを見たような顔をするだろうと容易に想像が出来た。
だが、イルマを知ってしまえばそんなものは些細な事だ。イルマと共にあり続ける。それがナベリウス・カルエゴの悪魔としての男としての欲であり、本能である。
本当は当日に渡したかったのだが、少し時間がかかっしまい、今日になっただけだ
「でも、」
イルマよ
「はい」
それには、まじないをかけた
「おまじない、ですか?」
ああ。貴様は騒動の中にいるが、本当に危険な目に合ったとしても俺を呼ぶことはないだろう
「そんなこと…」
ない、と言い切れるか?
嘘が付けないイルマは俯いてしまう。
だが、それでいい。貴様が俺に罪悪感を抱けば抱く程『都合がいい』のだから。
だからだ
「先生?」
だから、せめて貴様の身を護れるようにとまじないをかけたのを渡したのだ。云わば御守りという物だ
柔らかい、だがバチコ嬢の元鍛錬を続けている弓矢遣いの固くなった指先と用務員やあの赤い悪魔の手伝いをしているからか、少しだけ荒れてしまっているイルマの掌に握り込まれた物。未だに俯いているが、俺への罪悪感ではなく、歓喜を耐えているのだろう。飛び込むように抱きついてきた身長差のあるイルマを少し腰を折りながら抱きしめ返す。
「先生、ありがとうございます。
大切にします。」
誰にも、あの三傑や使用人、オトモダチにも、シチロウにも渡さない。
イルマ、貴様は俺の者だ。俺だけの者だ。
ああ。肌身離さず持っていろ
「でも、こんなに綺麗な宝石、その、高かったんじゃないんですか…?」
イルマらしいと言えばらしい事に気を使っているが、そんな事、気にしなくても問題は無い。
ただの石に俺の魔力を込めているから、宝石のように見えるだけであって、価値はない
そう、価値など、ない。
「だから、こんなに先生みたいに綺麗な紫の色をしているんですね」
いや、やはりあったようだ。イルマに『俺』のように綺麗な色と言われたのだ。価値は充分にあった。
だが、今はもうイルマのものだ。
裂けそうになる口の端に力を入れ、合鍵を下げている『特製』の紐に物を括り付けた。
合鍵と一緒に眺めては喜ぶイルマ。
「そういえば、先生眼鏡を掛け始めたんですね?」
最近な。だが、良く見えているから問題ない
そう、全くもって問題はない。
なんせ、目を瞑れば右目はイルマを右目は『俺自身』が見えているのだから。
ああ、とても、良く見える。