例えば節が目立つようになった指だとか、いっそうかさつきが増えた手のひらだとか、彼に関する記憶はとにかく手に関するものが多い。
「そろそろ休憩を入れろ」
ことりと小さく音を立てて置かれたマグカップには湯気の立つコーヒーがなみなみと注がれている。あまりに飲みすぎるものだから一日何杯までと制限をつけられたのはもう何年前のことだったか。傍らの彼がいないときにこっそり消費してこっぴどく叱られた思い出のほうが鮮明に思い出せてしまって、私はマグカップを見下ろしながら微笑んでしまった。
「いい知らせでもあったのか」
「いいや、君が優しかったことを思い出してた」
「思い出し笑いは痴呆の始まりらしいぞ」
「記憶喪失分さえ差し引けばけっこうなヤングなんだけどね私」
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