メープル、キャラメル、クミンシード 頭上の太陽よりもなお熱い眼差しに、とうとう根負けしたエンカクは手元の二段に盛られたアイスクリームからひとさじ掬って隣の人間の口に放り込んだ。
「美味しい!」
「そうか。良かったな」
途端にパッと笑顔になった男は、先ほどまでの凝視が白昼夢か何かだったのかと思うほどに締まりのない顔をさらしている。ぐるりと見渡した小さな広場には他にもいくつか出店があり、その中でも一番の行列を作っているのはほんの数分前に商品を受け取った、このアイスクリームの移動式屋台だった。周囲にはエンカク同様にアイスクリームコーンを片手に談笑する姿が多く見られ、そこだけを切り取ればのどかな休日の風景でしかない。ちらりと見上げた逆光の中に弓持つ護衛がいることを確認しつつ、エンカクは溶けかけた上段のアイスクリームをもう一口かじった。
「そんなに食べたかったのなら、自分で買えばいいだろう」
「その通りではあるんだけど、私食べるの遅いから自分で買っても食べきる前に溶けてしまうと思うんだよね」
確かに、横にいる男の口は小さい。その小ささをよく知っている理由については黙秘するとして、いつもの食事ですら人の三倍は時間を必要とする男のことだ、確かにこのアイスクリームなど食べきる頃にはただの溶けた甘い汁へと姿を変えてしまっているだろうことは想像に難くない。
「だから、こう、どんな味なのかなって見た目から頑張って考えていたのだけれど、やっぱり全然違ったな。料理って奥深い」
やれ見た目ではわからなかったがバニラだけでなく複数種類のスパイスが含まれているだの、ナッツのキャラメリゼの具合がどうだの、たった一口から彼の何倍も食べているはずのエンカクよりもよほど正確な成分分析結果をつらつらと語り始める男を見下ろしつつ、エンカクは残りを食べ進める。なにせアイスクリームという食品には時間制限があり、男の言葉には時間を停止させる便利なアーツなどは含まれてはいなかったからだ。
「でも意外だったな。エンカクはもっとさっぱりした味のほうが好きだと思ってたから」
ふとこぼされた彼の言葉に返答できる内容を持たず、エンカクは聞かなかったことにして無言で溶けかけた表面へとかじりついた。口の中にまとわりつく畜獣乳の風味に対して好き嫌いを言えるほどの価値観をエンカクは持ってはいない。というよりもアイスクリームという菓子に対してそうはっきりとした好みはそもそも保持してはいないのだ。だから横の男に連れられて屋台を前にしたとき、何を選べばいいのかほんのわずか悩んでしまったのは事実だった。そのためエンカクが基準としたのは。
「下のラムレーズンの、」
「食べる!!」
「そんなに腹が減っていたのか」
「ていうか、誰かが食べてると食べたくなるものじゃない?」
「拾い食いはするなよ」
「君は私に対して大いに誤解があるような気がするなぁ!?」
誤解など、そもそもこの男の頭の中身を理解できるような人間などテラ中探して何人いるというのだろう。嘆息とともに差し出したスプーンを何の疑いもなく口にする男を信じられないものを見る眼差して見下ろしながら、口の中に残った甘ったるい残滓を無理やり嚥下する。
結局のところ、エンカクがわかっていることなど、せいぜいこの男が好みそうなアイスクリームのフレーバーくらいのものでしかないのだった。