夢かうつつか夢を見る。ヴォックスと俺だけの世界にいて、真綿で包むような彼の愛情で甘やかされる夢。ぬるま湯のような幸せなその夢を見るようになったきっかけは、ヴォックスがアイクに愛を囁くのを見てからだ。もちろんアイクにそういう気持ちが無いことも、ヴォックスの恋人が自分であることも分かってはいるんだ。でも、それでも、俺にとってその光景は衝撃的で、ありえもしない夢を見てしまったんだ。
その夢を1度でも幸せだと感じてしまった俺は、毎日その夢を見るようになった。そうすれば次第に、夢から醒めるのが怖くなった。いつ俺はヴォックスに捨てられてしまうんだろう、飽きられてしまうんだろう。そんな恐怖が起きている間つきまとう。そうすると現実のヴォックスと話すことが怖くて、彼から逃げるようになった。なんだかんだ毎日繋いでいたVCの頻度が少なくなって、次第に仕事で必要な時以外はしなくなった。
「忙しいのかな?」
度々ヴォックスの方から連絡は来ていたけれど、適当な嘘をついて逃げ回った。怪しまれてるのは分かっていたし、聡いシュウからは話聞くよって言われた。それにも、申し訳なさを感じつつも、断りをいれて、どんどん皆との関わりを絶っていった。
「愛しているよ」
「いい子だ」
「お前だけだよ」
俺の希望の言葉だけを言う夢の中のヴォックス。俺の幻覚ということは分かっているけれど、一度愛されて弱くなってしまった俺にはこの幻覚が必要なんだ。夢から醒めた時、ヴォックスからの別れの連絡が来ているんじゃないかと怯えながら目を開ける。そう思うなら、ちゃんと現実の彼を見るべきだと冷静な自分が言う。うるさい、うるさい、うるさい。そんなこと分かってるんだ!でも、どうする?現実を見て、自分じゃない誰かを愛するヴォックスを目の当りにしたら?その時俺は正気を保っていられるのか?無理だ。彼に捨てられたら、俺は多分死んでしまう。
頭を抱えてベッドで丸まって荒い息を吐いていれば、ピンポーンと間抜けな呼び鈴の音がする。誰だよと思いつつ、のろのろと立ち上がって玄関に向かう。
「はーい!?」
イラついて荒めの声で返事をしながら扉を開ければ、夢では死ぬほど見ている男が立っていた。
「ずいぶんなお出迎えだな」
「ヴぉ、っくす?」
「最近ろくに話してないだろう。いい機会だから遊びに来た」
土産もあるんだと紙袋を差し出してきた彼に、俺は視界が真っ暗になる。なんで?話って何?もしかして別れ話?
「ごめん、これから仕事だから帰ってもらってもいいかな?」
「ふむ。なら近くで時間をつぶしているので、終わったら連絡してくれないか?」
「というか、話すことないでしょ」
話をするのが怖くて、暗に帰れと告げる。それに気づいたのか、眉をあげるヴォックス。
「様子が変だぞ?」
「変って何?普通だよ。それより忙しいんだ、帰ってくれよ」
もう何を言われるのか分からなくて怖くて、まともに立っていられない。自分で自分を守るように抱きしめて、ふらふらと後退する。もう嫌だ、さっさと寝て夢の中のヴォックスに会いたい。彼は、俺が望まないことは言わないから…
心配そうな顔をしてこちらに近づくヴォックスを拒否するように、扉を閉める。ドンドンと扉を叩く音と、自分を呼ぶヴォックスの声。
「もう、おれのことは、ほおっておいてよぉ‥‥」
情けない自分の声は、ヴォックスには届かない。