ぬれぎつね最悪だ。なんで俺は今日こんなについてないんだろう。
依頼が終わって外に出れば、雨が降り始めていた。これくらいなら走れば大丈夫だろうと思ったのに、どんどんと雨の勢いは増していってずぶ濡れになってしまった。更に横を通った高級車が、盛大に水をかけていって白のズボンは泥で汚れてしまった。踏んだり蹴ったりで、暴れたくなっちゃうけど、それをしても惨めな今の現状が変わるわけでもない。走る気も無くなって、とぼとぼと歩いて帰る。家には俺一人だし、もう今日は帰ったらさっさとシャワーを浴びて寝てしまおう。起きていてもいいことない。
扉を開けても暗闇があるのだと思えば、寂しさもやるせなさも増す。はぁとため息をつきながら、ガチャガチャと乱暴に鍵を開ける。手がかじかんでいつもより時間がかかる。それにいらだって、舌打ちしてしまう。やっと開いた鍵。バンと扉を開ければ、予想に反してリビングから光が漏れ出していた。
「な、んで?」
「ああ、帰ったか。ちょっとそこで待っていてくれ」
お玉を手に現れたヴォックスは、俺に声をかけると洗面所の方に消えていった。合鍵は渡してあるけれど、俺がヴォックスの家に行く方が多くて。彼が俺の家に来るのなんて数えるほどしかなかった。そんな珍しい彼の来訪が、まさか今日だなんて。踏んだり蹴ったりで荒んだ心では、際限なくヴォックスに甘えてしまいそうで怖い。ぽたぽたと髪から滴り落ちる水滴がうざったい。
「ほら、軽くふいてやるから動くんじゃない」
わしゃわしゃと大型犬相手のように、頭全体をフワフワのタオルで拭かれる。ふんわりと香る柔軟剤の匂い。少し痛いくらいの力だけど、拭われるたびに俺の黒い気持ちもごしごしと消されていくような気がする。
「ほら。シャワー浴びて来い。ちゃんと暖まるまで出てくるなよ」
ある程度拭かれれば、浴室に押し込められる。汚れ切った服を適当に籠に投げ入れて、浴室に入る。頭からお湯を被れば、冷え切っているから火傷しそうなほど熱く感じる。なんだかどっと疲れてしまって、浴室を出れば服を着る気にもなれなかった。せめてもとパンツだけを身につけて、リビングに向かう。せっせとキッチンで何かを作っているヴォックスはこちらを見ると、眉をしかめた。
「せっかく暖まっても服を着なきゃ意味ないだろう」
「めんどくさいんだもん」
ぐでーとソファに座れば、やれやれと言った様子でヴォックスがこちらにやってくる。
「ほら、ばんざーいだ」
ヴォックスの指示に従って腕を上げれば、もこもこの部屋着を着せられる。そのままズボンと靴下もはかせてもらった。フワフワであったかくて、ほわほわとした気持ちでいっぱいになる。
「ほら、これでも飲みなさい」
そう言ってヴォックスが持ってきたのは、大きめのマグカップに入ったホットミルク。一口飲めば、はちみつの優しい甘さが体に染み渡る。腹の底から暖まっていくのを感じる。
「おいしい‥‥」
「それは何よりだ」
俺の向かいに座って、ヴォックスも同じものを飲む。ゆるゆるとした会話に、家に着くまでの荒んだ気持ちは綺麗さっぱり吹き飛んだ。
ホットミルクを飲み終えれば、とたんにやってくるのは急激な眠気。勝手に下がってくる瞼を、どうにか押し上げようとする。
「眠いのか?」
これまた眠気を誘うような、甘く蕩けてしまうヴォックスの声。もう無理だなと思って、彼に腕を伸ばす。俺の願いをくみ取ってくれたヴォックスは、俺を抱き上げて寝室に向かう。
そっとベッドに寝かせられ肩まで布団をかけられる。ポンポンと叩かれれば、俺の意識はたちまち夢の世界に旅立っていく。ああこういうのを“幸せ”って言うんだろうな。そんな気持ちでいっぱいになって、俺は瞳を閉じた。