手料理「今日は俺が作るよ!」
ふんすと鼻を鳴らしながら包丁を持つミスタに、俺は不安しかなかった。普段の食事は全て俺が作っているので、本当に出来るのだろうか。手伝いレベルしかしてないので、1人で全部作るのは到底無理だと思うのだが。
「ヴォックスはここで座ってて!」
リビングの椅子に私を押しやると、ミスタはトテトテとキッチンに向かった。まぁ何かあったら止めればいいかと思い、見守ることに決めた。
手伝いをする時のために買ってやったオレンジ色のエプロンを身につけたミスタは尻尾をゆらゆら揺らしながら、冷蔵庫から食材を取り出していた。人参にナス、豚肉を取り出しているので恐らく炒め物か何かを作るのだろう。ゴトゴトと音を立てながら作業台に置いたミスタは、次に米を取り出した。作業台が高すぎるので買ってやった踏み台を取り出したミスタはボールに米と水を入れた。そしてそのまま炊飯器に入れようとするので、慌てて止めに入った。
「まて、ミスタ。米を洗いなさい」
「え?米って洗うもの?」
キョトンとした顔でこちらを見るミスタに、ため息が出そうになった。
「いいか、水が濁らなくなるまで洗うんだ。分ったかい?」
「はーい」
「いい子だ」
返事をしてがしゃがしゃと米を洗い始めたミスタを見て、一息つく。この調子では、これからの調理過程も心配は尽きないだろう。米を炊飯器に入れスイッチをつけたミスタは、一仕事終えたような顔をしていた。
「待っててねダディ。美味しいの作るから」
にっこり笑うミスタはとても可愛らしいが、手に持っている子供用の包丁が恐ろしい。
「あぁ、ミスタ‥‥お願いだから、使わない時は包丁を置いてくれ‥‥」
「ん?これから使うんだよ!」
そう言うと人参を手に取ったミスタは、何を思ったのか人参を縦にして切り始めた。
「待て、待ってくれミスタ。その切り方は危険すぎる」
「え?そうかな…」
「少なくとも俺はそんな切り方はしていなかっただろう?」
「そうだっけ?」
頭の上に?を浮かべていそうなミスタに、こらえていたため息が出てしまう。もう見ていられなくなって、代わりに私が野菜を切ることにした。
「いいか?こうやって切るんだ」
人参のヘタと先を切り落とし、ピーラーで皮をむく。火が通りやすいように小さめに切る。茄子は水で洗ってからヘタを切り、こちらも一口サイズに切ってやった。
「ありがとうダディ!」
「良いんだよ。炒める時は気をつけなさい」
うんと返事だけはいいミスタはフライパンを取り出して、油を引いて火をつけた。
「これくらいでいい?」
「丁度いいくらいだね」
「良かった」
ホッとしたように笑ったミスタは、豚肉を入れて炒め始めた。ジュージューという音がして、豚肉に火が通っていく。
「全部の肉に火が通るまで炒めるんだよ。生の豚肉は危ないからね」
「わかった!」
本当に返事だけは良いんだこの子は。木べらで肉を炒める様子は不慣れだが、大変可愛らしい。心の中のアルバムに今日の様子をしまいつつ、着々と出来上がる炒め物を横から見守った。人参と茄子を一緒に入れようとするのを止め、塩コショウを恐ろしい量入れようとするのを止める。今日はなんだかミスタを止めることしかしていないなと思いながら、彼の様子を見守る。
ピーと炊飯器が完成の音を鳴らす。
「ご飯炊けた!」
「そうだな。こら火を使っているのによそ見をするんじゃない」
集中力が無くなってきたミスタがちらちらと炊飯器の方をよそ見するので叱れば、ミスタは慌てたようにフライパンに目をやっていた。
「出来たよ!」
全ての食材に火が通り味付けも終えたミスタが、今日1の笑顔でこちらを見てくる。
「美味しそうだな」
「でしょ!早く食べよう~」
褒めてやれば、ミスタは尻尾をブンブンと揺らす。フライパンは大きすぎてミスタがよそるには難しいだろうと判断し、米をよそるように頼む。ミスタはそれにうなずくと皿を出して米を盛り付けた。それを受け取り、炒め物をよそる。
「いい感じにできた~!!」
出来上がった料理に嬉しそうに飛び跳ねるミスタ。野菜を切るなどの大事な工程は俺がやっているのだが、それを突っ込むのは野暮というものだろう。
「ミスタは料理上手だな。今度は2人で一緒に作ろう」
「うん!ダディに教えてあげるよ!」
全くもって調子のいいこの子狐は。調子に乗るんじゃないよと軽口を叩きつつ、皿をダイニングに運ぶ。冷める前に食べなくてはな。
向かい合って座る。先ほどから笑みを抑えきれていないミスタは待ちきれない様子だ。
「ほら、落ち着いて。慌てて食べれば、火傷するぞ」
「分かってるよ!いいからほら早く!」
「はいはい。じゃあいただこうか」
「うん!いただきます!」
挨拶もそこそこにガツガツと食べ始めるミスタ。彼の様子を見守りながら、俺も口に運んだ。正直に言えば味はそこそこだ。しかしミスタが作ってくれたと思えば、この料理は特別なものだ。
「美味しい?」
「美味しいよ。ミスタは天才だな」
「えへへ」
こちらの様子をうかがうミスタに微笑んで感想を伝えてやれば、彼は嬉しそうに笑った。
心臓に悪い調理ではあったが、まあこんな日があってもいいなぁと思った。しかしとりあえずミスタにはもっと料理の手伝いをさせなければと誓った1日であった。