初デート「……」
ウォロとシマボシは、互いになんとも言えない表情で向かい合っていた。
黒のビジネススーツに、淡い水色のYシャツ。鮮やかな青地に細い黄色の斜めストライプが入ったネクタイと、黒いプレーントゥのシューズのウォロ。
紺色のリクルートスーツに、清楚な白いYシャツ。飾り気のない黒のプレーンパンプスのシマボシ。
これを見て『初デート』という正解を導き出せる者は皆無であろう。
どこからどう見ても『営業部に入った新人を、先輩が外回りに連れて行く』というシチュエーションであった。
ミーンミンミンミー…ン……
ジーワジワジワジワ……
夏の盛。
すでに気温は三十度を越え、二人の額には大粒の汗が浮かび始めている。
「…とりあえず、涼しい所で何か飲みませんか?」
「うむ」
ウォロの提案にシマボシが頷くと、二人は先を争うようにすぐ側にあったカフェに駆け込んだ。
アイスコーヒーを注文し、冷房の風が一番当たる席を確保すると、二人は同時にキンキンに冷えたコーヒーをぐっと飲み干した。
「……生き返る…」
「ジブン、アイスコーヒーがこんなに美味しいと思ったの、初めてかもしれません……」
安堵のため息をつきながら、顔を見合わせる。
「ジャケットを脱いでも良いだろうか?」
「どうぞどうぞ。ジブンも失礼して…」
そして同時に暑苦しいジャケットを脱いで冷房の風に身を委ねると、少しづつ冷静さを取り戻していった。
「シマボシさん。なんで今日、その服にしたんです?」
聞かれた彼女はびくりと身体を震わせ、目線を逸し、俯きながらポツポツと話し始める。
「……こういう時、どんな服を着ればよいか分からなくて…。あまりラフすぎるのもどうか、と悩んでいるうちに、時間が…」
「それでスーツを選んだんですね」
マジメな彼女らしいなぁ、とウォロは思った。
「だらしないと思われる事は、無いと思って……。スーツはこれしか持っていないとはいえ、リクルートは無しだったな…。キミは?」
「ジブンはギンナンさん…あ、上司なんですけど……に、私服のセンス壊滅的だから、デートはスーツにしとけって以前言われて」
「キミなら、大抵の服は着こなしそうだが」
高身長で程よく引き締まった肢体に整った顔立ち。どんな服でもサマになりそうな容姿の彼に似合わない服などあるのだろうか……とシマボシは思った。
「そうですか?」
「そこまで言われた私服がどんなものなのか、とても興味がある」
「えーと……こんなのとか」
彼は素早くスマホで検索すると、画面をシマボシに見せる。
そこにあったのは、白地に太い筆で荒々しく『打破せよ』と書かれたTシャツの写真だった。
「……そうだな…これは…人を選ぶ……かもな……」
「カッコいいと思うんですがねぇ……」
眉をハの字にしてしょんぼりする所を見ると、シマボシを和ませるためにボケたとかではなく、本気でこの服がカッコいいと思っているようだ。
人の趣味にとやかく言えるほど服のセンスがあるわけではないシマボシだが、打破せよTシャツの彼と並んで歩けるかというと……出来れば遠慮したい。
「キミは、あんな服も似合うと思うのだが」
自分達が座る位置の斜め向かいのテーブルにいた男性をそっと示すと、ウォロは相手にバレないようにその服を観察して肯いた。
「ふむ。ジャケットのデザインとか結構好きですね」
「右端にいる、青いパーカーの男性の服も似合いそうだ」
「その隣の女性が着ているワンピース、シマボシさんに似合いそうですね」
逆に提案され、シマボシは驚いた表情を浮かべる。
「そ、そうか?自分にはワンピースが似合うと思えなくて、一つも持っていないのだが…」
「似合うと思いますけどねぇ。あの水色のプリーツスカートとか」
「プリーツスカートも買った事は無いな……でもあの色とデザインは好きだ」
ウォロはうーんと考え込むと、ぽんと手を叩いた。
「ねぇ、シマボシさん。今日はこの駅ビルのショッピングモールでお互いの私服を選んでみません?」
「え」
突然の提案に、シマボシは身体を硬直させる。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。えーとですね、今の感じだと相手が選んだ服は己の趣味とそうズレが無い。そして普段は選ばない物をセレクトしている」
「そうだな」
「自分が選ばない、新しい服を開拓することが出来て面白いかもしれませんよ」
「ふむ……悪くない」
もともと、どこに行くか何も決めていなかったデートだ。
互いの好みを知る、良い機会かもしれない。
「何より、スーツから脱出したいですし…」
「間違いないな」
この炎天下の中、再び暑苦しいスーツのジャケットに袖を通す気にはならなかった。
「じゃあ決定ですね!」
「……っ」
まるでウォークラリーに挑むかのような無邪気な笑顔を浮かべるウォロに、シマボシは胸が高鳴るのを感じた。