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    Yukkirai_pk

    @Yukkirai_pk

    SSの一時置き場。
    ウォロシマ中心
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    Yukkirai_pk

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    不可思議な感情

    支部に出してる「ようこそ新人」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17350270)
    の続き。本編後ラブコメ。支部に投稿したものと同じです。

    #ウォロシマ
    wolosima

    不可思議な感情銀河団の図書館から借りた本を抱えて廊下を歩いていた時、すれ違った拍子に人とぶつかった。本がばらばらと床に落ち、慌てて相手はしゃがんで本を拾い始める。
    「あ、すみませ……げっ、ウォロさん」
    「げっ、とは何ですか」
     こちらの顔を見上げてようやくぶつかった相手に気が付き、あからさまに嫌そうな顔をした少女をウォロは睨みつけた。

     以前は纏わりついては調査調査とうるさかったこの娘は、最近ウォロのことを敵視している。そうなったのは、ちょうど彼女と調査量の対決をした頃からだっただろうか。余程負けたのが悔しかったのだろうかと思うと少し愉快だった。
    「なんの本借りたんですか。どうせ神話の……」
     ショウはそう言って本の表紙を見て、首を傾げた。
    「貴方こういうの興味ないと思ってました」

     彼女がそういうのも無理もない。ウォロが借りた本はどれも、人間の心理についての本だった。
    「ちょっと興味がありまして」
    「はっ……もしかして、こういう本に書いてある人心掌握術的なやつを隊長に使うつもりですか?! 絶対許しませんからね!」
    「まずそんな内容書いてないですし、何でそんなことをしなきゃならないんですか」
     意味のわからないことを口走るショウの方に目をやって、ウォロは床の本を一冊拾う。
    「ワタクシが知りたいのはあくまで己の心についてですから」
    「それはどういう……」
    「最近、なぜか隊長と話していると変な気分になるんですよね。動悸もしますし。これが何か知りたいんですよ」
     ショウは目を丸くしてウォロの顔を二度見した。それは無視して、ウォロは彼女が拾った本を受け取るとその場を離れた。

     あの日の夕方、ショウとの勝負に勝ったウォロは、思いがけずシマボシに頭を撫でられる機会があった。あのとき、謎の動悸を覚えてその場を急いで離れてしまったものの、それ以来彼女と話をしたり、遠目で見つけた時に、胸が苦しいような暖かいような不思議な気分になるのだった。これは、ウォロに今まで経験のないものであった。
     少し前にとりあえずコギトのもとを訪ねて意見をもらおうとしたが、ウォロが事の顛末を話すと彼女は、まさか其方がなぁ、と言って面白そうに笑うだけで、答えを教えてはくれなかった。
     だから、本を借りたのだ。わからないならば、知りたいならば調べればいい。今までも、ウォロはそうやって生きてきた。すぐに答えは出るだろう。

     ろくに答えがでないまま、数日が過ぎた。おかしい、これはなんなのだろう。ウォロには何も分からない。そして思い立った。直接本人に尋ねればいい。
    「すみません今時間ありますか?」
     調査隊の本部に顔を出せば、シマボシは手元の資料から顔を上げた。
    「どうしたんだ」
     早速本題に入ることにした。
    「少し相談したいんですが、最近、何故か動悸が激しくなることがあるんです。どのような時かというと……」
     アナタに会った時、というフレーズを口にする前に、彼女の顔色がさっと青くなる。
    「……! 病気か。キネ! ちょっと彼を見てやってくれないか、動悸が……」
    「いや、その最後まで聞いて……」
    「え、ウォロさん体調悪いの? 大丈夫?」
     キネがやってきて、隣室へとウォロの腕を引っ張って誘導した。されるがままに連れていかれるウォロの方を、シマボシは心配そうに見ていた。
    「大事じゃないといいんだが……」

    「はい、ウォロさん動悸激しいの? 大丈夫?」
    「いや話途中で遮られたんですけど! いつもあの人そうなんですか!!」
     医療隊本部の部屋の奥の寝台に腰掛けさせられたままウォロは文句を言った。キネはただ笑うだけだった。
    「あの人、自分の部下の事がなんだかんだ大切だから、あなたが病気なのかもと思って冷静さを失っちゃったみたいね」
     こんな来歴の部下にさえそんな情をかけるような人だとは思ってもいなかった。
    「優しい人なんですね」
     ウォロがそう言うと、キネは何も言わずに少し微笑む。
     しかし、丁度良かったとも言える。医療隊は医療のスペシャリストであるから、そもそも最初から彼女に相談をしておけば良かったのだ。
    「キネさん、少し相談してもいいですか?」
    「何?」
    「さっき言ってた動悸についてなんですけど、あれ多分病気ではないんです」
     キネが首を傾げる。
    「多分心の問題かと」
    「ああ、ストレスなどの可能性もありますからね。でもね、調査隊の仕事にストレスあるのは当たり前ですよ」
    「いや、そうじゃなくて、なぜかですね、シマボシさんと会った時だけ変な感覚になるんです」
    「うんうん、シマボシ隊長と……って、え?!」
     頷きながら聞いていたキネが大きい声を上げた。ここまで動揺する彼女は珍しい。
    「え、つまりあなた、シマボシに会った時だけ動悸が激しくなるの?」
    「はい」
     ぱちぱちと瞬きをして、キネはウォロに尋ねる。
    「……もしかして、理由分からないの?」
     ウォロが頷くと、キネは呆れたように下を向いてため息をつく。
    「……まあ、私が伝える事じゃないけど、この本のこのページでも読んだら」
     キネが棚から取り出した本は、丁度ウォロが先日読み込んだものと同じだった。
    「あ、その本ならもう図書室で借りて読みましたよ」
    「全部?」
    「はい」
     それを聞いて、キネはふうと息を吐くと、いつものような笑顔に戻った。
    「……そうね、そういえば貴方って大変な半生を送ってきたらしいってショウから聞いた。うん、ゆっくりと知っていけばいいわ」
     憐れむような、微笑ましい子供を見るような目で見られてウォロは戸惑う。
    「えっと、どういう意味で……」
    「とりあえず病気の心配は無さそうよ」
     キネがそう言ったため、ウォロは部屋を離れる。キネは答えを教えてくれなかったが、ヒントはくれたようだ。
     あの本の、例のページ。書いてあった内容は覚えているが、これではないだろうとすぐに切り捨てた候補だった。
    「いや、まさかワタクシが……」
     他人目に見て愚かだと感じていた状態に、まさか己もなっているとは到底信じたくない。
    「そんなわけないですよね」
     自分に言い聞かせるようにそう呟いて、ウォロは首を傾げた。それならば、これは何なのだろう。

    ____________________________________

     相変わらず答えの出ないまま、しばらく日数が過ぎた後のことだった。
     黒曜の原野のベースキャンプで、ウォロは薄暗く垂れ込めた雲を見上げている。今にも雨が降りそうだ。
    「テルは大丈夫なんだろうか……」
     警備隊員が心配そうに呟いた。無理もないだろう。
    「何かあれば、シマボシ隊長のケーシィが知らせにきてくれるそうですよ」
     彼に向かって、ウォロはそう声をかけた。
     調査隊員のテルが原野の調査に出てから、どのキャンプにも帰らないまま三日が経過している。そのため、普段通り調査に赴いたウォロとは別に、ショウと、テルの上司であるシマボシが彼を探すためにこの地にやってきていた。
     頭上に広がる灰色の雲は、水を抱えておくのには限界に達したのか、ぽつぽつと水滴をこぼし始めた。

     その時、手を目の上にかざして遠くを見ていた警備隊員が、声を上げた。
    「……! 帰ってきたぞ」
     ウォロは立ち上がって、彼の見ている方に目を凝らした。
    かなり遠くに、紺色の隊服を着た人影が見えた。
    「見てきます」
    「ああ、頼む」
     ウォロは地面に置いてあったポーチを掴んで、彼らの方へと急いだ。

     人影の正体は、ショウとテルだった。脚を引き摺るようにしているテルの肩を支えて、ショウはゆっくりと歩いていた。ウォロが近づくと、二人は顔を上げる。よく見ると、程度の差こそあれ、二人とも脚に傷や打撲や擦過傷を負っている。先に声をかけたのはショウだった。
    「ウォロさん!」
    「見つかりましたか」
    「テル先輩、脚を怪我してしばらく動けなかったみたいなんです」
     言いながら彼女が肩をもう一度支え直すと、テルは弱々しく後輩に礼を言って、ウォロの方を向いた。
    「実はさっき、野生ポケモンに襲われてしまったんですが、隊長が俺たちを守ってくれて、先に帰るようにと言ってくれました」
     努めて明るく彼は言おうとしているように見えた。ウォロには一つ、引っかかることがある。

    「……あの、それならば隊長は今どこにいるんでしょうか」
     ウォロが尋ねると、ショウがきょとんとした表情をする。
    「もう原野ベースに帰ってると思いますよ。私たち、怪我しててだいぶ遅くなっちゃったんで」
     テルが二人に見つけられてからどれくらい時間が経っているのか、ついさっきベースに戻ったばかりだったウォロに詳しくは分からない。しかし、彼らの口ぶりからするに、もうとっくに帰っていてもおかしくない様子だ。

    「……ワタクシ、先ほどまで原野ベースにいたのですが彼女には会っていません」
     それを聞いて、ショウとテルの顔から血の気がさっと引いた。
    「うそ、じゃあ隊長……ケーシィから言伝とかはないんですか?!」
     ショウはウォロに掴みかかるような勢いで言ったが、もちろんそんなものは無い。ウォロが首を振ると、少女は呆然として黙り込んでしまった。
    「助けに行か……っ、いたっ!」
     歩こうとしたテルが、脚を押さえてうずくまった。痛みはかなり酷いらしく、慌ててショウが彼のそばにしゃがんだ。

    「……ウォロさん」
     怪我をした先輩の少年を支えるようにしながら、ショウは不安そうな顔でウォロを見る。
    「アナタは警備隊と先に村に戻ってください。彼をキネ隊長の所に」
    「で、でも、……」
     先輩の顔とウォロの顔を交互に見て、少女は不安そうに下を向いた。
    「……隊長はワタクシが必ず連れて帰ります」
     ウォロは静かに、しかしはっきりとそう述べた。その言葉を聞いた時、彼女の顔に一瞬、ウォロに見覚えのある表情が浮かんだ。
     空に異変の起こったあの日。まだ、ショウが彼の本性を知る前だ。川沿いで仲睦まじい野生ポケモンの親子を眺めていた彼女が振り返って己を見た時の、あの表情だ。安心と、わずかな期待。
     この人になら、任せられる。彼女の目は、そう告げていた。
     ショウの表情はすぐにいつもの真剣なものに戻り、ウォロの方を向く。
    「頼みましたよ」
     鋭い声でそう告げたショウの顔を一瞥すると、ウォロはその場を離れた。

     雨脚はだんだん強まってきている。風も強く、叫んでも声は一切届かないだろう。シマボシが帰ってきていないのは、怪我など、戻れない事情があるのだろうか。これは最悪の状況だが……もしかしたら既に動けないほど傷ついているのかもしれない。
     木陰に横たわったままぴくりともしない彼女の姿が頭に浮かんだ時、どうしようもない不快感と絶望感があった。今まで感じたことのないその気分の答え合わせをしようとする余裕もなく、水を吸って重くなる衣服を引きずりながら、ウォロは必死にあたりを見回した。

     しばらく原野を探し回っているとき、不意に岩陰に見覚えのある紺色が見えた気がした。ばしゃばしゃと水たまりを踏みながら急いで近寄れば、その予想は当たっていて、尋ね人がそこにいた。
     主人と同じように意識のないケーシィを腕の中に庇うような体勢で、シマボシは目を閉じたまま地面に倒れていた。

     雨が激しく地面を、そして彼女を叩きつけている。
     ウォロはシマボシのそばに座って、半ば祈りながら首に指を当てた。しばらくすると、とくとくと鼓動が指に伝わってきた。
     大丈夫だ、彼女は生きている。
     そして、それは彼女の相棒も同じだった。
     安堵で体の力が抜けていきそうになったが、慌ててウォロは気を取り直してシマボシとケーシィを改めて見る。彼らに怪我などは見当たらない。口元に手を当てれば、規則正しい息づかいを指に感じる。
    「シマボシさん、帰りますよ、シマボシさん!」
     何度か肩を軽く叩いて呼びかけたが、返事はない。その顔は苦痛も何もないかのように穏やかだ。
     ……こんな状況でなければ、ただ健康的に眠っているようにしか思えない。しかし、いくら耳元で名前を呼んでも、彼女は一切反応を示さない。

     その時だった。近くで何か不気味な音が聞こえ、ウォロは咄嗟にシマボシたちを抱きかかえて岩の後ろに隠れた。直後に壁に何か形のないものが当たって反響する音が聞こえた。
     
     岩陰に隠れたまま顔だけ出して様子を見ると、何匹ものフワンテとフワライドが、ウォロたちの方をじいっと見つめていた。その数はすぐには数えきれないほど多く、大量発生だとすぐに気がついた。
     フワンテたちはもう一度鳴き声をあげると、技を繰り出した。不気味な念波……さいみんじゅつが、もう一度ウォロたちが隠れた岩にぶつかって反響する。
     どうやら、シマボシとケーシィは彼らのこの技に何度か当たってしまったようだ。それなら、眠ってしまったまま起きないのにも納得がいく。

     ウォロは岩陰に隠れたまま、ポーチに入ったボールを一つ投げた。現れたガブリアスを見て、フワンテたちは驚いたように少し後ろに下がる。
    「ガブリアス、ケーシィを頼みます」
     そう言ってケーシィをガブリアスに手渡し、ウォロはもう一度別のボールを近くに投げた。
    「……彼らを足止めしてくれ」
     大量発生は銀河団としても調査しなければならないものらしいし、何よりウォロも興味はあったが、今はそれどころではない。

     現れたトゲキッスはウォロの方を向いて頷くような仕草を見せると、フワンテたちに向かって、近づくな、とでも言うように鳴いた。
    「二匹ともついてきてください」
     ウォロは力の抜けたシマボシの体を抱きかかえ、岩陰を飛び出した。すぐに何匹かのフワンテがウォロたちの方へ技を出そうと身構えたが、隣を飛ぶトゲキッスがエアスラッシュで彼らを追い払う。
     雨の中を急ぎながら、ウォロは目的の場所への行き方を必死に思い出していた。
     あの出来事が起こってから、まだショウに見つけられる前によく野宿に利用していた洞窟がある。そこに一度向かったほうがよいだろう。

    ____________________________________
     
     相棒たちの助けを得ながらなんとかフワンテたちを振り切って逃げ切り、目的地に駆け込んだ。
     さいみんじゅつによる眠り状態は、時間が経てば解けるはずだ。ケーシィとシマボシは、とりあえず乾いた地面に横たわらせることにした。

     洞窟に入ってしばらくすると、寝かせてあったケーシィが、シマボシよりも先に目を覚ましたようで、はっとして起き上がった。
     意識を取り戻し、頭をふるふるとふったそのポケモンは、我に返って当たりを見回し、シマボシの方へと慌てて近づく。
    「おはようございます、隊長なら大丈夫ですよ」
     ケーシィに話しかければ、彼は振り返ってウォロの方を見た。
    「ケェ」
     何か言いたげな顔をしたポケモンは、少し目を逸らして小さく鳴いた。自分が彼女を守れなかったことが少し悔しいのか、不本意ながらも感謝の言葉を述べているような雰囲気を醸し出すポケモンを見て、こんな時なのに微笑ましい気分になった。
     ケーシィはまだ疲れが残っているのか、シマボシの側に寄り添うようにして丸くなり、再び目を閉じる。

     ウォロは眠っているシマボシの方に目を向けた。彼女を起こしてしまわないように、そっと手を伸ばし、冷えた手首に、己の手を重ねる。脈を測る必要は、もう無いはずだ。それでも、手の下に感じた確かな体温に安心する。
     何故そんなことをしようと思ったのかは自分でもまだ分からなかったが、少しだけ答えが見えてきた気がした。

     どれくらい時間が経ったのか分からないが、丁度ウォロにも疲れが出てきた頃だった。シマボシの瞼が不意にぴく、と動く。それを見てウォロが手を離したと同時に、彼女は目を開けた。
     何度か瞬きをしながらあたりを見回した後、まだぼんやりとした彼女は、ゆっくりとウォロの方を見る。
    「……ウォロ?」
     その目を見つめ返して、何か、わからなかったことがすとんと腑に落ちる感覚がした。
    「ここはどこだ、なぜキミが、」
     なるほど。もう認めざるを得ない。
    「ワタクシ多分アナタが好きです」
     大丈夫ですか、とか、感謝してください、とか、他にかける言葉は幾つもあったはずなのに、咄嗟に口をついて出たのはそんな言葉だった。
    「……は?」
     あまりの唐突な言葉に、まだはっきりと状況を掴めていないらしいシマボシは眉を顰める。無理もない。目を覚ましたばかりの人に状況を伝えもしないのだから。
    「倒れてたんですよ、フワンテたちのさいみんじゅつにやられたんですね」
     まるで何事もなかったかのようにウォロは告げて、荷物をまとめはじめる。
    「体調はどうですか? 大丈夫そうなら帰りますよ。ショウさんたちも心配してますし……あ、立てますか、よければ抱えて村まで……」
    「……! そ、それは大丈夫だ。自分で歩ける。……ケーシィ、行こう」
     シマボシは立ち上がってうとうとしているケーシィを抱き上げた。もうふらついていないところを見るに、状況は深刻では無さそうだ。
     外を見れば、相変わらず曇ってはいたが、雨はもう止んでいた。
    「雨、上がりましたね」
     ウォロは洞窟の入り口に立って手を頭の上にかざす。シマボシも彼に続いて、ぬかるんだ地面へ足を踏み出した。
    「本当に、倒れているところを見つけたときはどうしようかと思いましたよ」
    「なるほど、となると、やはりあの時のフワンテの群れが……待て、ショウとテルは」
     真っ先に彼らの心配をするあたりが彼女らしい。
    「二人とも無事ですよ。今は村に先に帰っています」
     それを聞いて、安心したようにシマボシは顔を綻ばせた。
    「そうか、良かった。ウォロ、私とこの子は、君がいなければ死んでいただろう。あまり状況を覚えているわけではないが、その、感謝す……」
     そこでシマボシは一度言葉を止めて、隣のウォロを見上げた。
    「……いや、ありがとう」
    「当たり前のことをしたまでです」
     初めて見た彼女の柔らかい笑みに、またいつものように少し、心音が速くなった。

     互いに何も喋らないまま、シマボシとウォロは村の方へと歩いた。雨雲は少しずつ量を減らし、門が見えてくるころには、雲間から星空が覗いていた。
     門番が二人に気が付く直前に、シマボシは不意に立ち止まってウォロの袖を引いた。
    「そういえば、あの、さっきのは……」
    「なんのことですか」
     ウォロが尋ねると、シマボシは目を見開いて少し視線を逸らした。
    「す、すきだって……」
    「ああ、あれなら本心ですよ。もちろん、恋愛対象としてです」
     さらりと言って微笑めば、わけが分からない、といった顔で彼女は黙り込んでしまった。
    「まあまあ、そんなにびっくりしないでください。正直、ワタクシ自身でも驚いているんですよ」

     まさか自分がそんな感情…恋心というのを、他人に対して抱くとは思っていなかった。きっかけが、ただ単に頭を撫でられて労われただけ、ということも、心のどこかでは気に入らない。
     それでも、あの後から、仕事をするときの真剣な横顔や、執務室でケーシィを慈しむように撫でている姿が、心にやたらと残るようになっていた。今回、彼女が目を覚ました時に確信したのだ。これはまごうことなき恋慕の情である、と。
     困惑よりむしろ、今はこの気持ちに対する好奇心の方が強い。もっと知りたかった。己が、彼女に対してどんな気持ちをこれから持っていくのか、興味がある。

    「……何で」
    「さあ、でもアナタは素敵な人ですから。そうですね、好きな理由ですか、まずは……」
     指を折って数えようとしたが、慌ててシマボシはその手を下におろさせた。
    「や、やっぱり言わなくてもいい!]
    「あ、もしかして照れてますか?」
     彼女は何も答えなかったが、その沈黙が肯定の意を表していることには自分では気が付いていないようだった。
    「ふふ、まあいいです。あ、デンスケさん! 遅くなりました!」
     シマボシの隣に立って手をぶんぶんと振って、ウォロは駆け寄ってくる警備隊員に笑いかけた。
    ____________________________________

     村に帰り着いたのは丁度夕刻だった。すぐに仕事に戻ろうとするシマボシを、ウォロは慌ててキネのもとに送り届けた。やはり疲労が溜まっていたのか、キネが彼女を寝台に横たわらせるなり、シマボシはすぐに眠ってしまった。
     後のことを医療隊に任せ、医療隊本部の部屋を出たところで、玄関ホールで声をかけられた。
     その相手は、手にきのみがいくつか入った籠を持っている。彼女への差し入れにでもするつもりだろう。

    「その、……あ、ありがとうございます」
    「ん? なんのことですか?」
     にやにやしながら言えば、ショウは悔しそうな顔をしてウォロを睨みつけた。
    「……っ、だから、隊長を連れてきてくれたことに対してですよ!」
    「おいどうしたんだ大きい声出して。あ、ウォロさん、お帰りなさい。隊長を本当にありがとうございます」

     彼女の背後から、傷の手当を終えたらしき少年が顔を出して丁寧に頭を下げた。松葉杖をついているが、顔は元気そうだった。
    「テルさんこそ、怪我は大丈夫ですか?」
    「治るのに時間はかかりそうですが、大丈夫だそうです」
     テルは嬉しそうににっこりと笑う。ウォロはもう一度、ずっと自分を睨みつけているショウの方へ目をやる。
    「それが大切な人の命の恩人への態度ですか」
    「べ、別に隊長を助けたくらいで調子に乗らないでくださいね!」

     ショウは年相応の娘らしく、勢いよくそう言った。ウォロにシマボシのことを任せたときの真剣な様子は見られない。その差が少し面白く感じて、口角が勝手に上がってしまう。

    「そうそう、ショウさん、アナタの大好きな隊長さんについて教えてあげましょうか?」
     それを聞いて、ショウが顔を上げた。
     興味を持ったらしき彼女の方を見て、ウォロは先ほどよりも大きい声で周囲にも聞こえるように言った。
    「シマボシさんって寝顔が案外可愛らしいんですよ」

     通りすがりの人々がはじかれたように振り返ってウォロの方を見た。
    「ね、寝顔?!」
     素っ頓狂な声を上げたテルが頬を染めたが、すぐに気を取り直すかのように手を打った。
    「……あ、まあ、そうですよね、隊長は倒れてたんですよね」
     そこまで言った後、もう一度はっとしてテルは赤くなった。
    「……って、可愛い?! まさかウォロさんってそういう風にあの人のこと」
    「はい! ワタクシって多分あの人のこと好きなんです」
     あけっぴろげな告白に、テルは耳まで真っ赤になる。
     ウォロは、ショウの方にも目を向ける。

     彼女はぎりぎりとウォロの方を睨み上げていたが、その顔は怒りで真っ赤に染まっていて、全く迫力が無い。
    「ショウさん、顔色オクタンみたいになってますよ。それでは!」
    「~~っ、ウォロさん!!! やっぱり、ぜ~ったいに許しませんからね!!」
    「ショ、ショウ、落ち着け!」
    「あと案外ってなんですか! その一言余計ですよ!!」
     慌てるテルの隣で今にもウォロの方へ駆け寄ろうとするショウを満足そうに見届けて、ウォロは扉の方へと向かう。背後からまたもやショウが声をかけてきた。
    「いいですか、今後少しでもシマボシさんに私用で近づいたりしようものなら……うーん、」
     どうやら彼女は、ウォロが一番嫌がりそうなことを必死で考えているようだ。
    「そうだ! 貴方がまた変なこと企んでるって言って、図書館から神話の本、全部取っ払ってもらいますからね!!!!!」
     自分がシマボシに近づくのが余程嫌なのだろうと思うと、なんとなく気分が良い。

     確かに、初めて他人に対して抱くこの感情に戸惑いが無いと言えば嘘になる。しかし、これから楽しくなりそうだ、という予感は、確かにする。少なくとも、一部に関してはショウよりも己の方が彼女のことを知っているという事実には、たまらない充足感を覚えた。
     病室のシマボシのために何か差し入れでも持って行こうか、などと考えながらウォロは本部の扉に手をかける。最後に一度、振り返って笑みを浮かべ、少女の方を見た。
    「平気ですよ、そんな本の内容なら、全部頭に入ってますから!」
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    💖😭👏❤❤❤💖💖💖👏
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    DONE2017年から書いていた「クー・フーリンが女性だったら」妄想をこっちにも載せます。いずれオル槍に至る予定。
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    【あらすじ】
    マスター(ぐだ子)は、ランサークラスの英霊召喚を試みる。
    現れたのは、ケルトの英雄クー・フーリン。
    ところが、カルデアにいるクー・フーリンたちと違い、新たにやってきた英雄は"女性"で…!?
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