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    milk_tea_bu5n

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    残月の行方の展開の案~~~過去篇を過去篇に入ってから考え始めるパンツァーぶり

    残月展開案② 一千年前。フェルディアの夏は、ガルグ=マクと比べても涼しく、過ごしやすかった。
    黄金の太陽の照らす光は変わらず眩しく強いのに、北方を流れる藍色の冷風が鎧の下で汗ばむ衣服を軽くする。かつて傭兵時代に旅をしていた頃から、ベレスはフェルディアの夏が好きだった。だから、好きな国を尋ねられた時、「ファーガス神聖王国が好ましい」と答えた。それが全ての始まりだったことを思えば、ずいぶん遠くへ来たものだと思う。
     あの日、ファーガスが好きだと伝えると喜んだ青年は、今や立派なファーガスの国王となり。ベレスの隣で、幸福そうに微笑んでいた。こちらを見下ろし、やがて日の当たる中庭へと顔を向けるディミトリの、眼帯に隠されていないほうの瞳が細められるのを見るのが、ベレスは好きだった。一等大切なものをいとおしむときの顔が。
    「元気の尽きないものだな」
     ディミトリが穏やかにつぶやいた。彼の視線の先には、金の頭に陽光の冠をいただき駆け回る、幼い子供たちの姿がある。彼らは王族の子であり、たやすく外へ出るわけには行かないので、王宮の中庭がもっぱらの遊び場だ。
    「貴方の子だからね、元気は有り余るだろうけど」
     ベレスも目を細めて答えた。はしゃいだ様子で挙げられた手に、ひらひらと手を振り返す。ベレスが子供の頃はあのような可愛らしさは持っていなかったはずだから、きっとそれもディミトリの血だろう。そう微笑ましく見守っていると、「元気の良さはお前もだろう」と呆れた声が降ってくる。
    「先生の指導についていくだけで精一杯だ、と皆言っていたのを忘れたのか」
    「そんなこともあったね」
     教師として働き始めた頃、己がジェラルトに受けた指南しか知らなかったベレスの指導は、非常に過酷なものだった。ディミトリやフェリクスですら足がふらつき、翌日は筋肉痛に悩まされたのだから当然だ。 
    「あれをきっかけに、カスパルやラファエルたちも……」
     言いかけて、ベレスは口をつぐむ。気のいい他学級の生徒たち。彼らの人生に終止符をうったのは、ベレスの剣である。明るい笑顔と同じ鮮明さで、肉を斬る感触を覚えていた。ディミトリが黙ったまま、ベレスの肩にふれる。ベレスは俯いて、夫の胸元に額を寄せた。
    「ごめん」
    「謝ることではない。…………知己を失うのは、胸の痛むものだ。たとえ……」
     今度はベレスがディミトリの肩を叩く番だった。二人は頭を寄せ合うと、太陽の下響く笑い声に耳を傾けた。穏やかな風が子供の前髪を払い、あらわになった瞳に明るく星が散る。日除けの上着の裾をはためかせる手足は細く、まだまだ頼りなかった。
    「この子たちには…………してほしくないな」
    「させないさ」
    ディミトリのきっぱりとした声に、ベレスは顔を上げる。
    「俺の信念だ。民衆が心安らかに生きていく世界を作る。民衆だけじゃない、この子たちも、お前も。皆が安らかに暮らせる世を作ってみせる……俺とお前なら、やれるはずだ」
     フェルディアの夏空に似た明るい色の瞳が、決意で煌めく。込み上げる愛おしさをどう言葉にしたら良いかわからなくて、ベレスは深く頷きながら、夫の手に自分の手を重ねた。
    「うん。君の信念は、私の信念でもあるからね。これから先ずっと、平和な世界を」
     そのとき、宮城の方から、足早に誰かが駆けてくる。ディミトリは手を挙げて応えた。
     闇に蠢く者たちの次なる拠点を特定した。アネットからの報せだった。
     闇に蠢く者たちの存在が再びフォドラを脅かすようになったのは、先のアドラステア皇帝エーデルガルトの引き起こした戦争からおよそ十年が経つ頃であった。王族の誕生という慶事に水を指すように、各地で謀反じみた事件が多発し始めたのだ。騎士の国ファーガスの武力を持ってすれば大事になることもなかったが、しかしながら、その落ち着かなさは、ベレスが教師となった年の秋を思い出させた。
     そんな日々の続いたある年の秋、旧帝国領で生じた事件をきっかけに、謎の騒動の背景に、かつて帝国に暗躍していた組織が存在することが暴かれた。それと同時に、隠居していたレアの口から、「闇に蠢く者たち」とフォドラの血塗られた歴史が語られることとなる。さらには、かつてソロンやクロニエといった者たちを従えていた頭目は、戦争のさなかにディミトリたちの手によって葬られたものの、その末端の者どもは息をひそめ、再起のときを待っていたのだ、と。残党たちの統制がとれているとは言い難かったが、なおのこと、フォドラにもたらされる影響は未知数であった。絶命の間際に抵抗する生きものほど、予想外で、強いものはない。ディミトリは掃討の必要ありと判断し──そして、静かにひそやかに、戦いの火蓋は落とされた。
    そうして旧青獅子学級の生徒たちが中核をなす秘密部隊が結成され、闇に蠢く者たちとの戦いは激しくなっていった。戦いが始まったころこそ、「剣が錆びつく間もないな」とフラルダリウス公爵となったフェリクスなどは喜んでいた。しかし、同じ台詞を呟く声色も、近頃では少々硬い。敵は狡猾で、卑劣な手を厭わず、さらには忍耐力も備えていた。彼らが一枚噛んでいると思われる騒動がおこるたびに民は傷つき、その全てを掬い上げるには、後手に回るディミトリたちは僅かに及ばない。そうやって、積み上がる痛みを目の前にしても、できることは少なかった。ディミトリたちも同じだけの慎重さと辛抱強さによって、敵の出した尾を確実につかみ、飛び出す頭をひとつひとつ潰していくほかなかったのである。戦いは、ひそやかに、長く続いていた。
     とはいえ、何事にも終わりはやってくる。

     誰もがその日、その結末を、予期していなかった。ベレスでさえも。ありふれた、穏やかな冬の日だった。ベレスは子どもたちと庭で鍛錬をしているところだった。天馬に乗りたいというので中庭に天馬を連れ出し、ベレスが傍について教えてやっていたものの、何度も地面に転がされてしまって、一度休憩を挟むことになった。「やめる」と言わないあたりが、ディミトリの子だなと思う。天馬のつなぎ方を教えてやった後で、愛おしさで胸をいっぱいにして、ベレスは小さな額に汗で張り付いた前髪を払ってやった。腰を下ろした途端、いつものように、天帝の剣が見たいとはしゃぐ子供たちに、「一応宝物なのだが」と眉を寄せるディミトリ、見守る護衛のイングリットにシルヴァン。驚くほどに穏やかで、平和な一幕。だった。あの瞬間まで。
    「お星さま!」
     無邪気に天を仰ぐ幼子の指先に、大人たちもつられて空を仰いだ。しかし目に飛び込んできたのは、『お星さま』などという愛らしいものではなかった。
    「あれは……」
     冬空に、白い光が浮かんでいる。ベレスは息をのんだ。光が、降ってくる。否、槍だ。大きさから言えば、柱と言ってもいいだろう。巨大な光の柱が、空から伸びて、大地めがけて落ちてくるのだ。
     あんなものが眼前に降り注いだら、怪我ではすまないだろう。ベレスの直感がそう告げていた。だが、空から降る光の柱に対して、一体どんな手が打てる? 眼前に迫る白い光に、目が眩む。肌が焼ける感覚に、ベレスは我が子を抱き寄せた。反射的に、天刻の拍動を使っていた。じつに、十年ぶりの発動だった。
     光が弱まり、世界が彩度を失う。自分自身の瞬きすら制御できない中、ベレスの精神だけがせわしなく動いている。このままでは、死ぬ。そんな言葉が脳裏をよぎった。死ぬ。地面がえぐれて、ディミトリも、子どもたちも、ファーガスの民も、皆。
     視線だけ上げれば、ディミトリが、自分と我が子をかばう姿勢のまま固まっている。苦悶の表情で唇が強張りつつも、瞳はどこまでも優しく、決意に満ちていた。姿は見えないが、傍にいる騎士たちもそんな様子なのだろう。もし、光の柱が直撃するなんてことがあったら。絶対に耐えられない。ベレスは想像するのをやめた。そんな未来は許せない。
    そんなベレスの強い感情に呼応するように、脈打たないはずの心臓が熱くなる。「死ぬ覚悟はできたか」そう問う少女の声が、ベレスの記憶の中で速足に過ぎ去った。瞑目する。時間が、巻き戻る。
    「お星さま!」
    我が子の声を聞きながら、ベレスは地面を蹴っていた。天馬を繋ぐ金具を切ると、手綱をとって空へと駆ける。怯える天馬の胴を締めながら、ベレスは天帝の剣を抜いた。迫る光の柱はひどく眩しい。瞬きを殺して、目を細める。そのまま、己の名前を呼ぶディミトリを背に、ベレスは天から落ちる柱に向かって、天帝の剣を振りかざした。柱を受け止める剣がびりびりと震える。人知を超えた力が、心臓から全身をめぐって、ベレスの細い腕を支えた。両断された柱が、火花を落として砕け散る。恐怖にいななく天馬の制御を失い、ベレスは王城の塔の屋根の上に転がった。しかし、すぐに身を起こす。次の柱が降り注いでいたからだ。
    腕を、指先を焼く、悲鳴をあげたくなるような熱さは、もはや痛みだった。柱の熱なのか、女神の力の熱なのか、判別もつかぬまま、ベレスは悲鳴のかわりに、咆哮をあげた。獣のように。天帝の剣を長く伸ばす。そのまま、大きく柱をねじ切った。柱は、先ほどと同じように、折れたはしから空中で砕けていく。しかしそれを、ベレスが見ることはなかった。二本、三本。次の柱が降ってくる。立て続けにふりそそぐ柱は、四本目で終わりを迎えた。すべてが地面に届く前に切り裂かれ、砕ける。それと同時に、ベレスは姿勢を崩した。つま先が滑り、屋根の上を転がって──空中へ。投げ出された体は無防備に、地面へと落ちていく。あわや叩きつけられる瞬間、ディミトリが間に合った。両の腕が、力を失ったベレスの体を抱き留める。
    「ベレス!!」
     呼びかける声が、やけに遠くで聞こえた。両腕に走る激痛にうめき声をあげながら、ベレスは身を捩る。なんとか目を開けると、ベレスの視界いっぱいに、血相を変えたディミトリの顔が映り込んだ。
    「なんという無茶を……」
    「皆、怪我はない……?」
    「ない。心配するな。俺たちのことはいい、お前、腕が」
    「腕……熱くて……指輪を外しておいてよかった」
    「こんなときに冗談を言うな」
     そう言われても、本心だから仕方がない。ベレスは胸元に感じる指輪の感触を確認して、口許を緩める。物への執着が薄いベレスだが、これは特別だ。
    「誰か! 今すぐ侍医を!」
    「ベレス、少しの辛抱だ」
    ディミトリに横抱きにされ、ベレスは首を振った。頭が重たくなっていく。『眠る』のだと、直感が報せた。闇の世界から脱出したときのように。戦前の五年間の眠りのように。ベレスは目を見開き、襲い来る眠気にあらがった。まだ、寝るわけにはいかない。
    「ディミトリ……」
     名前を呼ぶと、ディミトリは立ち止まってベレスの顔をのぞきこんだ。空色の瞳に、自分が映る喜びを、ベレスは改めてかみしめる。彼と出会い、恋を知るまで、自分の中にこんな感情が隠されているなんて知らなかった。
    「愛してる」
    「ああ、俺も愛している……だから……、ベレス?」
     重たくなる瞼に、聞こえなくなる耳。意識が急速に睡魔の泥の中へ沈み込む。ああ、眠ってしまうなら、彼の夢を見たい。愛するひとたちが自分の名前を呼ぶ声を最後に、ベレスは意識を手放した。

     そして、およそ千年経ったある日。ベレスは聖墓で目を覚ました。彼女が目覚めたとき、愛するひとびとは皆、星々の彼方の住人になっていた。

     ガルグ=マク大聖堂、大広間の三階は、普段からセテスによって人払いがされているので、口の堅い護衛を除けばほとんど人気がない。静かな廊下に、ベレスの靴音だけが高く響いている。
    奥にある大司教室の扉の前で、靴音は止まった。ベレスは深く息をついてから、拳を軽く扉に打ち付けた。
    「レア」
     呼びかけると、一拍おいて、中から返事が返ってくる。
    「お入りなさい」
     扉を開けると、強い花の香りが鼻腔に飛び込んできた。薬の匂いをかき消すためとはいえ、強烈すぎるのではないかと、ベレスはいつも思う。反射的に眉間に寄った皺を軽くもみほぐしてから、ベレスは勝手知ったる足取りで、部屋の奥へと進んだ。奥には大きな寝台がひとつあって、分厚いカーテンの向こう側から、ごそごそと衣擦れの音がしている。寝台のそばに椅子を引き寄せて腰掛けると、ベレスはカーテンを開いた。
     寝台の主は、ちょうど身を起こしたところだった。寝乱れた緑髪を指先で整えて、彼女は穏やかな微笑みを浮かべてベレスを見返した。
    「よく来てくれましたね、ベレス」
    「朝早くにすまない。体調はどう?」
     礼儀としてそう尋ねたものの、レアははた目にもわかるほど具合が悪そうだった。頬は青褪め、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいて、髪はぱさついている。手首などベレスの記憶にあるものよりもずっと細く骨ばっていて、かつてベレスに個人指導をつけてくれた日を思うことすらできなかった。弱弱しく伸ばされた手に応えようと、ベレスも身をかがめる。繋がれた指先は、驚くほど冷たかった。
     レアは、ベレスが眠った後、シャンバラという名の、最後の拠点における戦いで、ベレスと同じように光の柱を妨げようとし、負傷したのだそうだ。以後伏せりがちになり、この千年も、数十年ごとに休眠状態を繰り返すようになっているらしい。
    「近頃は具合が良いのです。また、貴女に会えたからでしょうか」
    「大げさだ。そう言われると嬉しいけれど」
     ベレスの返答に、レアのほうが嬉しそうにする。はしゃいで頬が紅潮すると、いくらか健康そうに見えた。
    「ふふ。……そういえばベレス、聞きましたよ。旧士官学校に、学級の生徒たちの子孫が集まっているのだと」
    「ああ」
     ベレスは脳裏にいくつかの顔を思い浮かべた。アン、メーチェ、ドゥドゥ―、アッシュ、イングリットに、フェリクスに、シルヴァン。それから。
    「顔立ちも、声も……あまりにも似ていて、驚いた。こういうこともあるものなんだなと」
    「稀にあることです。ただ、こうも一時に親しんだ顔ぶれが揃うのは、珍しいことでしょうね」
    「うん」
     まるで千年前に戻ったような気分だった。懐かしさに胸をかきむしられるほど苦しく、同時にあたたかい。話してみれば、当たり前ながら同じ人物であるはずもないと分かってしまったが、それでも、温室で、訓練場で、笑いあう彼らを見るたびに、ベレスの胸にはこみあげてくるものがあった。大修道院には、重なる思い出が多すぎる。
     眉を寄せ、わずかに俯いたベレスの上に、レアの声が降ってくる。
    「皮肉なものですね。こんな奇跡の時代に、また闇に蠢く者たちが動き出すなど」
    ベレスは頷いた。ここ数年、奇しくもベレスの目覚めと時を同じくして聖墓に送り込まれるようになった幻影兵は、以来たびたびベレスの命を狙い、聖墓に現れた。おそらくは、「聖墓に安置された大司教ベレスの体」を破壊しに来ているのだろうと、セテスは分析した。つまり、すべてが終わったと思われたあの日、敵の残党は未だ手を残していたのである。それも、崩壊したシャンバラの奥地に。予想外の崩落により転送装置の一部が障害を受けていたのではないか、それが千年かけて風化ないし何かしらの変動が起こり、今になって転送されてくるようになったのではないか、と。
    さらに言えば、転送されてくる兵士たちも問題だった。手勢を引き連れた彼らの将は、いずれも「十傑」の英雄の遺産を携えていたのである。あるときはアイギスの盾。あるときは破裂の槍を。それすらも、ベレスには脅威への恐れよりも、胸に迫る懐かしさを与えたのだけれど。
    「これもまた運命なのだと思う」
    「運命、ですか」
     ベレスは大きく頷いた。千年前、ディミトリは血眼になって闇に蠢く者たちを探したと聞いている。復讐のためか、あるいは信念のためか。当時の彼の心中は、ベレスにはもう慮ることしかできないが、少なくとも後々に語り継がれる救国王の伝説によれば、きっと彼は王としての務めを果たしきったのだろう。ベレスがそばに、いなくても。だから今、このファーガスがある。笑いあう彼らに会えたのだ。
    「ずっと平和な世界を作ろうと話してた。だから、そこに影が落ちるなら、払うのが私の役目だ」
     視線をあげてそう言うと、レアは悲しげに眉を寄せた。
    「フォドラの安寧のために戦いたいのは、私も同じ気持ちです。私も、戦いに赴けるような体であったならと……」
    「無理はしないで。セテスも、フレンも悲しむ」
    「貴女もですよ、ベレス」
     頬から降りてきた手が、ベレスの手に重ねられる。
    「まだ姿を見ていない遺産はただひとつ。私の予想が正しければ、シャンバラの奥地にはおそらく、あの男がいます。……無事に、戻ってきてくださいね」
     ベレスは穏やかに微笑んだ。頷きは、返せなかった。
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