喜劇バレンタイン 出社してすぐ目当ての席に向かい、ピンクと赤の包装紙に『love you』と描かれたチョコレートボックスを差し出したとき、私は絶対に注目の的だった。
女はヒソヒソ噂話、男は自らが選ばれなかった悔しさに机を叩く。そんな内輪のどよめきで始まった朝、当の本人は「え」という形に唇を固めたまま静止する。それもそうよね。うら若き娘に目をつけられちゃったんだから。「ネェ水木さん」と呼びかけ、整えた爪でボックスをコツコツ叩く。
「これ、ちょっとお高い洋酒入りなの。スコッチよ。バッカスやラミーと一緒にしないでちょうだいね」
繰り返しコマーシャルで流れる、庶民向け商品とはわけが違う。銀座三越に並ぶ鮮やかな高級品の中からとっておきを選んだのだ。
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