世知辛き人の世「徳を積むという行為に罪悪を覚えるあなたは、仏僧として大変ご立派なのでしょう」
鬼太郎は感じ入るよう胸に手を当てながら、目線は可愛らしいウエイトレスが運ぶビフテキを追った。鉄板の上でじゅわじゅわ踊るソースが湯気となり、二人を取り囲む。鼻を通る肉汁の香りにいてもたってもいられず、つい早口で「ただ、善行は善行です。正当に評価されていいと思いますが」と付け足す。
「ふぅむ。仏教は陰徳を良しとする。あとは仏様が許してくれるかどうか……」
「きっとお許しくださいますヨ。あなた方の教えの本意は極楽に向かうこと。それは、ぼくがご提案する“あの世保険”と同じです」
対面に座る煮え切らない態度の坊主は、人間界では名だたる老師だという。鬼太郎にとってはあれもこれも、まるで同じ有機物の枠組みに他ならない。しかし、ある程度の地位を保障されたヒトを前にして、大口を叩くほど愚かでもない。権力に打ちのめされた体で、下手に、一層丁寧に応じるのが最適だと知っている。
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