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    ai_ks03080410

    @ai_ks03080410

    消えた初恋は永遠のラブコメ。文章も絵も勉強中です。
    pixiv @user_nztm4572 では文章書いてます。

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    エアブー #キュンギュッ参加作品を投稿します
    少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。

    愛/昼休みの屋上

    #キュンギュッ

    匂い風薫る新緑の頃、ボクは生まれた。ママのおっぱいを吸い、兄弟姉妹とじゃれあった記憶は、今も頭の片隅に残っている。けれどもそれは、ほんの数日のはかない出来事だ。程なくしてボクは捨てられた。
     
     前後して生まれた子らは、主の親戚や友達の手に渡った。何故かボクだけが引き取られることなく、気付いたらひとりぼっちでダンボール箱の中にいた。
     クゥーンと鼻を鳴らしても、恋しいママはもうボクを舐めてはくれない。これからどうやって生きていけばいいんだろう。段々と心細くなる。堪え切れずにクゥーンクゥーンと鳴き続けていたら、ボクのカラダが陽だまりのような温かい匂いに包まれた。

    「お前、家にくるか?」

     これが浩介くんとの出会いだ。


    「福ちゃんで懲りたでしょう?」

     浩介くんの腕の中にいるボクを見たお母さんらしき人が、彼をたしなめている。

    「大丈夫だよ、母さん。大福の二の舞には絶対にしないから」
    「……しょうがない子ね」

     頑として譲らない浩介くんに、とうとうお母さんが折れた。その瞬間の、浩介くんのキラキラと輝いた瞳をボクは一生忘れないだろう。
     こうしてボクは井田家の一員として迎えられ、「豆太郎」になったのだ。

    「行くぞ、豆太郎」
    「ワンッ!」

     雨の日も風の日も、太陽が照りつける日も、雪が舞う日も、浩介くんは毎朝毎晩ボクを散歩に連れて行ってくれた。

    「豆太郎、ちょっと待て」

     リードを引かれて振り返れば、道端に足したボクの排泄物を、浩介くんが紙に包んで袋に入れている。そんなモノを持ち帰ってどうするんだろう、と疑問に思っていたら、帰宅後トイレに流していた。人間界は大変だ。

     大変なことと言えば、もうひとつある。お腹が空いてもすぐに何かを食べられるわけじゃない。時間は決まっているし、口に入れるまでの前振りが、とにもかくにも長くてさ。「お手」とか、「おかわり」っていう動作をしないと浩介くんに叱られちゃうんだ。だからボクは、浩介くんに教えてもらいながら一所懸命覚えた。上手くできたときは、浩介くんが顔を撫で回してくれるからね。

     浩介くんにも、ボクのことを反対していたお母さんにも、仕事の関係でたまにしか顔を見せないお父さんにも愛されて、ボクはスクスクと育っていった。こんなほのぼのとした日がずっと続くのか。毎日が楽しくて幸せだなぁ。そう思っていたのに。

     ボクが成犬となって四年の歳月が流れた。金木犀が香しい匂い放つ今日この頃、アイツがやってきたのだ。

    「豆ちゃん、お家のことお願いね」
    「ワンッ!」

     昼過ぎから外出したお母さんに頼まれ、ボクは家の外で人間たちを威嚇していた。

    「浩介くんだ」

     日も傾き始めた頃、彼の足音に耳をピクッと動かす。馴れ親しんだ匂いに尾尻を振りながら待ち構えていると、見慣れない三人組が目に入ってきた。その中の一人の男子に、ボクの嗅覚が過敏な反応を示す。
     
     それがアオキだ。

     人間の百倍鼻が利くボクは、アオキの匂いを嗅いだとき、浩介くんをどこかへ連れて行ってしまいそうな胸騒ぎがした。目障りなヤツだ。今のうちに遠ざけておかなきゃ。挨拶代わりにアオキの足をカプッと噛んだ。

     それから数時間後、男女二人が玄関の扉を開き、我が家を後にした。けれどもアイツはいない。

    「浩介くん、散歩に行きたいよ」

     部活がない日は、とっくに歩き始める時間なのに……。日がどっぷりと落ちた頃、ようやく浩介くんとアオキが目の前に現れた。

    「悪かったな、いきなり押しかけて」

     オマエ、わかっているなら二度と井田家の敷居を跨ぐんじゃないぞ。念のため、ボクはもう一度アオキの足を噛んでおいた。

     ボクの威嚇は大成功。手応えは十分あった。そう思っていた。なのに、なのに、それなのに。

     いつもより、ちょっぴり豊かな匂いの食事が与えられるクリスマスと正月が過ぎてから、アオキが度々井田家を訪れるようになった。近頃は、ボクと浩介くんの楽しいお散歩タイムにまで付いてくる。

    「カプッ」
    「いてぇー!」
    「こらっ! 豆太郎」

     どうして怒るの? ボクと浩介くんの大切な時間を邪魔するアオキを噛んであげたのに。

    「青木、大丈夫か!?」

     次第に浩介くんはアオキに夢中になっていった。



    「いいか豆太郎。俺がこの家からいなくなったら、お前が母さんを守るんだぞ」

     トマトやキュウリの青臭さが鼻を掠める頃、浩介くんから爆弾発言を聞かされる。桜が舞う季節になったら、京都の大学に進学すると言い出した。アオキと一緒に。

    「わかったな。これは男同士の約束だ」
    『オトコ同士の約束……』

     浩介くんがボクを頼りにしてくれているのが嬉しい。けど、アオキにシットしたボクは、いつものように「ワンッ!」と返事ができずにいた。

     銀杏の独特な匂いに顔をしかめるようになる頃から、浩介くんが部屋の中でアオキのほっぺにチュッと音を立てるようになる。
    『あのぉ、ボクがいるのをお忘れでは?』と吠えたくなるほど、浩介くんはアオキの髪や頭や首筋や、それ以上は恥ずかしくて言葉に表せない、いろんなところに手を伸ばし始めた。

    「ったく、勉強が手につかないだろ!」

     その度にアオキに怒られる浩介くんが不憫でならない。


     ある日のこと、一階の和室でボクの話題に触れる親子の会話に耳をそばだてる。

    「柔軟剤を変えてから豆ちゃん、私になつくようになったのよ」
    「ふぅーん」
    「もしかしたら、豆ちゃんが青木くんを噛むのも、そのせいかもしれないわね」

     違うんだ、浩介くん。ボクたち犬には序列というものがあってね。決してお母さんになつなかったわけじゃない。ボクが浩介くんのことが大好きなだけなんだ。お母さんはお父さんの次、三番目に好きな人。
     アオキを噛んでいたのも、甘い匂いがするからじゃない。ボクだけの浩介くんだったのに、アオキに取られたような気がして寂しかっただけなんだ。

    「井田! この服借りていい?」
    「ああ」

     柔軟剤の話を聞いたアオキが、ボクを試すかのように、浩介くんのセーターに袖を通す。振り返ればアオキは、ボクがいくら噛みついても決して怒らない優しい奴だった。だからって訳じゃないけど、ここは浩介くんの顔を立てて、柔軟剤の匂いが苦手ってことにしておくよ。だって、大好きな浩介くんの大好きなアオキに、これ以上意地悪したくないからね。ボクはアオキに敵対心を見せることなく、涼しい顔でおすわりのポーズを決めた。

    「うわあぁぁ、ごめんな豆太郎、気付いてやれなくて〜〜」

     アオキが単純なヤツで本当によかった。
     

     年が明け、浩介くんの受験が終わってからボクは、アオキがやってくる日だけお母さんと一緒に過ごすようになった。だってさ、浩介くんとアオキがすぐにイチャイチャしだすんだもん。見てるこっちが恥ずかしくなる。もう、勝手にしてよ!

     さらに季節は巡り、桃の花の甘い匂いがふわりと舞う頃、ずっと目を背けていたあのことがついに確定してしまう日が訪れた。

    「なぁ、これって……」
    「夢じゃないよな……」

     夢なわけないだろ! とツッコミを入れたくなったけど、これが最後だ。合格祝いとして受け取ってくれ。ボクはカプ——ッと青木の腕に噛みついた。

    「痛——」
    「こら! 豆太郎。大丈夫か、青木」
    『だってー』

     教えてあげたんだよ、夢じゃないってこと。

    「……井田ァ」
    「やったな!!」
    「俺たち受かったんだ」

     二人は抱き合いながら喜びを口にした。痛いのか嬉しいのか分からないけど、アオキが目に涙を浮かべている。浩介くんの目にも光るモノが見える。

    「豆太郎、母さんを頼んだぞ」

     大丈夫だよ、浩介くん。お母さんはね、ボクがちゃんと守るから。安心してくれよな。そう思いながら、ボクは大きな声で「ワフ!」と叫んだ。けれども浩介クンは気付いていなかった。ボクの目に浮かぶ涙に。



     桜吹雪が舞う日、浩介くんはアオキと一緒に京都へ旅立って行った。ボクがどんなに浩介くんの匂いを嗅いでも、目一杯走っても、逆立ちしても、決して辿り着かない遠い場所へ。

    「豆太郎、寂しくなるな」
    「ワホォォン……」

     別れの朝、陽だまりの匂いがする手で、ボクを何度も何度も撫でてくれた。見上げた浩介くんの瞳が潤んでいる。浩介くんとの別れは身を引き裂かれる思いだ。あの日、浩介くんと出会わなければ、ボクは今この世に存在しないだろう。キミには感謝してもしきれないよ。

     浩介くん、今までありがとう。離れていてもボクはキミの幸せを願い続けているからね。ボクを見つけてくれて、ありがとう。家族の一員にしてくれて、本当にありがとう。帰ってきたら、また散歩に連れていってくれよな。

     ゆっくりと小さくなる後ろ姿を、お母さんと一緒に見送るボクの頭の中は、浩介くんと過ごした楽しい日々が走馬灯のように駆け巡っていた。その日を境に、浩介くんの部屋から、彼の匂いが少しずつ消えていった。



     舞い踊る桜吹雪が葉桜となり、クチナシの甘い匂いに酔いしれて、紫陽花を叩きつけるように降り続く大粒の雨が止み、蝉の大合唱が耳をつんざく季節になる頃、浩介くんが帰ってきた。

    「久しぶりだな、豆太郎! 元気にしてたか」
    「ワフォオオーーン!」

     懐かしい声に耳を立て、尻尾を大きく振りながら彼の元に駆け寄る。抱きしめてくれた浩介くんの体から、ほんのりとアオキの匂いがした。


    おしまい



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