Jealousy and morning.side:九井一
腕に乗せていた頭の持ち主を起こさないようにそっと腕を抜いて代わりに枕を差し込み、のそり、とまだ眠たい身体を緩慢な動きで起こす。
今日は休みだし惰眠を貪っていたい所だが腹が減って目が覚めた為、とりあえず腹に何か入れたくなった。
「んぅ…、ここくん…?」
何か作るかデリバリー頼むかどっちにするか、の悩んだ所で下からぼんやりとオレの名を呼ぶ掠れた声が聞こえた。
誰か、なんて愚問だ。此処にはオレとイヌピーとボス。三人で住んでいて、三人で同じベッドで寝ているのだから。
大の男三人が並んで寝ても余裕の特注のワイドキングサイズのベッドだが、大抵オレらはボスを挟んでくっ付いて寝る事が多く勿論昨夜も身を寄せ合って就寝している。
花垣の身体をぎゅうぎゅうに抱き締めて寝ているイヌピーはまだすやすやと眠っているが、オレが腕枕をしていた花垣は抜き取った振動で意識が浮上したようだ。
「悪ぃボス。気を付けていたつもりだったんだが起こしたな」
「んーんべつに…ここくん、みず」
ぽやぽやとしてんのは寝起きだけが理由ではなく、昨夜無理をさせたからまだ疲労が取れていないからだろう。それでもしっかりと強請るモンは強請るからボスに弱いオレははいはい、と頷いてベッドサイドに置いている水の入ったペットボトルを手に取って蓋を開け、口に含む。
腰を曲げて顔を近付けるオレにボスはあ、と口を開けてオレの口を受け入れた。ボスが噎せないように少しずつ口に含んだ水を移せば美味しそうに目を細めてこくりこくりと喉を鳴らして飲んだ。
付き合い始めた頃はヤダヤダ無理無理とかすっかすの声で半泣きになりながら拒否ってた癖にオレもイヌピーも頑なに口移ししかしないもんだから今ではすっかり慣れたモンだ。
「もっと」
「分かった」
口に含んだ分だけでは足りないとかぱりと口を開けて強請る姿に別のモン突っ込んでやりてぇな、と兆しそうになったモンを先日始末書を隠してやがった馬鹿兄弟へと怒りで無理矢理沈め、ボスが満足するまで同じ動作を繰り返す。
満足した時の合図はボスから舌を差し込まれた時。水気を纏った舌がオレの口内に潜り込み上顎をぺろりと舐めてゆっくりと唇が離れていった。
「ごちそー、さま」
「水飲んでも喉カラッカラだなァ」
「さんざん、なかされた、からね」
成人して数年も経つと言うのに未だに10代と言われても違和感のない童顔にじとりと目を細めて睥睨されても怖くも何ともない。確かに昨夜はオレが、つーよりイヌピーを主に久々に思いっきりボスの肢体を貪り尽くさせてもらったが…、
「ありゃボスが悪ぃだろ。キレたイヌピーをオレが止めるなんて無理だね」
「うぅぅぅぅ…っ!」
恨みがましく睨むボスが悪ぃんだからオレ達は悪くないだろ、とふにふにの頬を突っつきながらボスの相手に忙しくなったからデリバリーにしようとスマホで注文してしまおうと手に取った。
「なんで、ばれたんだ…」
サンドイッチで良いかといつも買ってる店のページに飛び、とりあえず片っ端からカートに入れて注文終了。大量注文だ。暫く掛かるだろうと予定時刻はあくまでも目安に留めておき未だにうぬぬぬ、と何とも言えねぇ呻き声をあげるボスの頬を指でぐりぐりと押さえ付ける。
「そんなもん一人しか居ねぇだろ。つーかやっぱりドラケンが言うまで秘密にしておこうとしてやがったな?」
「アッ!」
素直な口がぽろりと本心を洩らした事を指摘すれば慌ててぺちんと音を立てて塞ぐも音にしてオレの耳に入った以上なかった事にはならない。
「残念だなァボス。今日は一日中ベッドの住人だ」
「それは…ふつうに、ねるのでは…?」
「あると思ってんのか?約束破りにはお仕置きだろうが」
「ひぇっ、」
事の発端はなんて事はない、元東卍勢とボスが呑みに行った。ただそれだけの話だ。
それ自体は気に食わなくても定期的に行われてるし、オレ達も内心はどうあれボスを閉じ込めておきたい訳じゃねぇから許容した。
問題は呑み会の内容だ。
ボスは弱そうに見えて酒に強い方だ。弱くもなく酒が好きな奴に呑み会にも関わらず呑むなと強要する程オレとイヌピーの心は狭くない。
だから呑むなとは言わない。だがボスは一定の量を越えるとただでさえ危機感死んでやがるのに更にふにゃふにゃの無防備になりやがる。
オレとイヌピーとボスは付き合って長いしこの通り同棲までしてるっつーのに関わらず、誑し込んできた男共の執着心は強くボスを狙う者は後を絶えない。平たくいや東卍の中にもまだボスを諦めてない負け犬共が数多く、ふにゃふにゃになったボスはボスを狙う男共にとって格好の餌になる。
だからオレとイヌピーはビール5杯まで。それ以上も他にも呑む事は許さないときつく、そりゃもうきつく言い聞かせていた。オレ達抜きで呑みに行くのを許容してやったんだからこれくらいは守れと、ボスの顔が一時流行ったしわしわの電気鼠みたいな面になるまできつく言い聞かせた。
にも関わらず、この天然無自覚人誑し無防備野郎は5杯なんて軽く超えて呑み、あのクソガキ共…東卍の奴らに喰って下さいと言わんばかりの無防備な姿を見せたって訳だ。
あの日帰ってきた時の姿に少し怪しいなと思いつつとりあえず黙っておいてやったんだが、イヌピーがそれに倣うとは限らない。
イヌピーはドラケンが開業したバイク屋で働いている。加えてドラケンはあの中でも比較的良心的な存在だ。イヌピーが聞けば包み隠さず教えてくれる、つー寸法だ。
考えなくとも分かるロジックなのにそこに頭が至らないのは流石ボスと言うべきか。
かくしてオレ達はボスの休みの日に休みを調整し、激怒していたイヌピーを主に仕置きと称して抱き潰した訳だが…今の発言を聞く限り堪えていないようだし、ちゃんと反省させるべきだろう。
「なぁ、イヌピー」
「そうだな。花垣には分からせなきゃならねぇ」
「ぐぇっ」
いやオレ達も甘かったな。約束を破った罪悪感を揺さぶらないでオレ達の激情のまま貪り尽くしてしまうなんて、開き直るだけだった。オレ達の失態だ。
これだけ真横でぺちゃくちゃ喋ってたら流石のイヌピーも起きている。つまり反省してないボスの発言はきっちりイヌピーの耳にも入ってる。
オレと同様か、それともオレ以上か。確かに初めは東卍の一員だったし二代目東卍総長を名乗りはしたが、オレ達で揃うと黒龍である事を特に主張したがる部分を持ち合わせているから多分オレ以上に怒ってるな。
オレ達に見せるだけならば兎も角アイツらにまでふにゃふにゃに蕩けきった面を見せたとなるとそりゃあイヌピーの逆鱗に触れても仕方ない仕方ない。
目を座らせたイヌピーが腕の力を強めれば囲われたままのボスは苦しそうな声を上げるが解いてやるような優しさはオレも持ち合わせていない。
「腹減ってるから飯食ったらな」
「あぁ」
「いや待ってほんと待ってオレの話聞いて?」
「ボスはオレ達の気持ちをきちんと理解してくれてなかったみたいだから、ちゃんと解らせてやるからな」
「甘かった事はよく分かった。手加減しねぇから覚悟しろ花垣」
「いや十二分に愛されてる自覚持たされてますけど?!」
「なら尚更だ」
「ダメじゃんボス。自覚あんならちゃあんと約束は守らねぇといけねぇよなぁ?」
「ひえぇぇ…」
ひんひんと泣き出した花垣を気にするでもなく無理矢理自分の方に顔を向かせたイヌピーはボスに朝から濃厚なキスを送り、ボスの泣き声が鳴き声に変わった頃に口を離せば飲み干せなかった二人分の唾液に汚れた何とも唆る面になったボスが荒い息を吐いて呼吸を整えてる所にオレは腰を曲げてべろりと唾液を舐め啜り、ついでにイヌピーにも軽く口付けてオレの分も混ざった三人分の唾液を移して口を離す。
ぴんぽーん、と電子音が家中に鳴り響く。頼んでたデリバリーが届いた合図だ。置き配で注文しているからどんな格好でも良いだろ、とオレはのそりとベッドから降りてズボンだけ履く。
「飯届いたからちゃんと食って、限界に挑戦しような」
「ちゃんと抱き潰すから安心しろ」
「明日は仕事ですぅぅぅ!」
手加減!と訴えられようがその提案は却下だ。
オレとイヌピーは大変良い笑顔(内心はキレてる)でボスの訴えを蹴り飛ばし、とりあえず飯だと玄関に向かった。
ボスは三日は動けなかった事だけは記しておく。
*
side:乾青宗
「…さみぃ」
いつもなら腕の中にある暖かな温もりがない。
寒さに意識が浮上し、目を開ければいつもはオレが抱き締めてる花垣の身体にはいつもは腕枕してるココの腕がしっかりと巻き付いてる。
ああそういや昨夜は花垣とココが喧嘩して最後はひんひんとブサカワな泣き顔で泣いた花垣と慌てるココに仲直りしろも告げて、抱き合って寝ろと言った覚えがあるな、と珍しい二人の寝姿をぼんやりと眺める。
そういやオレが一番始めに目が覚めるのも久しぶりだ。ココが最初に目覚めて、次に花垣、オレと続く事が多いから。
花垣の温もりがなくて目が覚めたオレは久々に二人の寝顔を見詰めながら昨夜の事を思い返した。
始まりはメシを食った後。花垣が元カノの橘と二人で食事に行って良いかと尋ねてきたのが始まりだった。
この二人きりで食事、と言うのがココの逆鱗に触れた。
花垣が愛情深くて一途な面を持ち合わせている事なんか俺もココも良く知ってる。
今はそれがオレとココに向けられているけど、橘と二人きりになることで、やっぱり女の方が良いと言われたら?多分それがココの頭に浮かんだんだと思う。オレも考えなかったと言えば嘘になる。
二人が付き合っていた頃、花垣と橘の仲は傍から見ても順調だったし付け入る隙はなかったように思う。だがどんな事情があったのかは知らねぇが気付いたら二人は別れていた。そこに付け込んだのはオレで、そしてココもだった。
ココと花垣を共有して恋人同士になれたのはすげー嬉しかったし実際舞い上がってたと思う。ドラケンにボヤっとすんなとよく叱られていたしうぜー勘違いした女に絡まれる事も多かったから。
だけど付き合えたら付き合えたで橘の件は気になる所で。ココは聞きにくそうにしていたがオレはそんな事関係ないとばかりにド直球で聞いた。
聞いた時、花垣は寂しそうに橘の事を好意はあるけれども彼女として見れなくなって、ヒナもそうだったから、と紡ぐ頃には反対にすっきりした顔も浮かべて語ってくれた。
オレはそれを信じたし、実際花垣は橘に向けていた以上の愛情をオレ達に向けて接してくれているのも身をもって知ってるからメシを食いに行くくらいなら、と面白くはないがまぁまだ比較的平常で居られた。だけどココはダメだった。
ヨリを戻す気か、と震える声で尋ねてしまった。
多分オレと違ってココは三人で、しかも男同士で付き合っている事に対して未だに夢なんじゃないのかと怯えてる節がある。花垣は橘という女と付き合っていた過去があるから尚更。
そうなる可能性あるなら花垣は同棲にも応じなければオレとココを受け入れる側に回ってくれねぇと思うんだが、頭の良い奴は色んなことをぐちゃぐちゃにして考えこむ所があるから面倒くさそうだなと思う。実際めんどくせぇ。
目に見えて蒼白な顔色になったココが悄然とした様子で紡いだ言葉はとんでもないモンだ。ココの内心がどうあれ花垣を疑ってると言ったも当然なんだから。
まぁ当然花垣はキレた。思ってる以上にめちゃくちゃキレた。
ココの言葉に目を見開いて驚いた後、言われた内容を飲み込んだのか段々と目が座り口を開いた時には完全にキレていた。
『何でそうなるんすか?!オレとヒナはもう別れてるし、普通の友達同士だって知ってるでしょ?!今回はたまたま二人きりなだけだし、そもそも疚しい思いがあるんなら二人に報告しないっすよ!!』
確かにそうだ。花垣は先日トーマンの奴等との呑み会でオレとココが『もー!しつこいッスよ!約束するから!』なんて言葉を引き出すくらいしつこく念押しした言いつけを守らなかった所か隠そうとした前科持ちだ。
あの時は帰ってきた花垣の様子に可笑しいと疑ったオレがドラケンに花垣の酒量やことの詳細を聞いたから発覚したが、聞かなかったら…もしくはドラケンが教えてくれなかったらオレはキレてた。発覚してもキレたし無理を強いたが。あれは花垣が悪い。
直ぐにバレるが後ろめたいなと思ったら内緒にしてしまう悪い癖がある花垣だ。橘との食事に後ろめたい事があったなら内緒にして出掛けてただろう。そんな事されたらオレもココと同様にキレてたし何なら両足折って動けないようにしてたかもしれねぇ。先に言ってくれてるからしないが。
『そりゃそうだろうが…でも、橘はどうか解らないしボスだって実際二人きりで会ったら…』
『分かった。ココくんがそう言ってオレを疑うんならオレにだって意見がある。ココくんだって赤音さんって人が居るんでしょ?!』
『はァ?!何で赤音さんが出るんだよ?!』
『ココくんだって昔は赤音さんの事が好きだって聞いた!イヌピーくんそっくりなすげー美人のお姉さんなんだろ?!
オレなんか成人してもチンチクリンだし二人に見合ってない事だって重々承知の上だよ?どう足掻いたって勝ち目なんか無いじゃないか!!』
『ふざけんなオレと赤音さんは付き合ってなんかねーし、あの人に対する想いは昇華してるっつってんだろ!!
何をさておいてもボスの手を掴んでる時点で察しろよ!!』
『察するのはココくんの得意分野でしょ!!お得意の観察眼をオレにも活かせよ!!!何でヨリ戻す前提なんだよばか〜!!!』
『バカはテメェだこの鈍感!!』
『鈍感じゃないもん!!オレに対しても自信持ってよ何でヒナの話になると変な方向に思考走るんだよ頭良い癖にバカ!バカバカ!!』
のんびりと見守るオレの前でヒートアップする二人を見ながら二人の言ってる事は解らないでもないんだよな、なんて静観してた。
ココが赤音に惚れてたのも事実だがガキの青臭い一緒に居たい手を繋いで笑いあってキスしたいだとかそういう可愛いモンだった。花垣に対しては違う。
アイツが目を向けるのはオレ達だけで良いし口を開くのも笑い掛けるのもオレ達だけで良い。傍に居るのは当然だし繋げた手は一勝手放す気もなければキスなんかじゃ足りねぇ。オレ達以外を知らない身体を何時だって暴き重ね合いたいとかそういう、ドロドロした執着心だ。ココが赤音に向けていた感情なんて花垣に向けている感情に比べるまでもねぇ。
花垣の反論だってその通りで花垣はオレ達のその気持ちを知った上で閉じ込められてくれるような殊勝な事は絶対ェ言わねぇけど、それでも許せる範囲は許してくれる。
トーマンとの呑み会だって橘とのメシだってオレ達が本気で、心の底から嫌だと言ったら止めると思う。
オレ達はそういう気持ちはあるけど、でも花垣を本気で囲いたい訳じゃねぇから花垣の意志を尊重してる、つもりだ。約束破った挙句隠そうとしたのは許してねぇけど。
オレ達のドロドロした執着心を分かった上で花垣はオレ達の手を取ってんのに頭良い癖にそれが見えてねぇココも馬鹿だ。
最終的にバカバカバカバカとガキの口喧嘩になった二人だったが、花垣のでけぇ目がじわりと涙で潤んだ所で口喧嘩は終わった。
『ごごぐんのばがぁぁぁ!!!』
目からボロボロと大粒の涙を流しながら鼻を膨らませて泣き出した花垣の顔はとてもじゃないが成人とは思えない。ガキみてぇに顔を歪ませて全力で泣き出した花垣を前にして慌て出したココの姿に、今日の喧嘩は花垣の勝ちだなと一人頷きココの背中を蹴っ飛ばす。
『…っ、何しやがんだイヌピー!』
『オレを放って二人だけの世界作るからだろ。今日はお前の負けだココ』
『…っ、』
オレの言葉にぐ、と言葉を詰まらせたが言い返しもせずにギャンギャン泣く花垣の身体をぎこちなく抱き締めてれば花垣も腕を回してべちべちと背中を叩いてココの服に鼻水と涙を擦り付けてた。
『今日の花垣を抱き締めて寝るの譲ってやるからとっとと仲直りして寝んぞ』
『……悪ぃボス。けど二人きりはやっぱ無理だ。邪推する』『わかった…なおともよぶ…』
弟呼べんのかよ。だったら最初からそうしろよ。…とは思っても口に出しちゃいけねぇ。口に出したらオレにも飛び火する。それはごめんだ。
……なんてしょうもねぇ出来事が昨夜あった訳だ。
ココの服をべっちゃべちゃに汚した事を後から思い出して慌てそうだな花垣。与えられる衣服にすら金額見てヒィヒィ叫んでるからな。別にココのストレス発散にもなってるし花垣のダセェセンスの服着せるより可愛くなってんだから遠慮しなけりゃ良いのに。
「…ココばっか妬かれて狡い」
花垣の胸に抱かれて穏やかな表情とは裏腹に蛇のように巻き付けた腕に役得じゃねーか、とぼやいてココの顔を抱き締めて涎を垂らしてぐぅぐぅ寝てる花垣の涎を舐め取り、起きるまでガブガブと項を噛んだりキスマークを付けながらオレも花垣の執着心をぶつけられてぇな、と呑気に思った。
因みにココの服を涙と鼻水で汚した事を思い出した花垣が顔を真っ青に染めて洗わせてと懇願していたが、ココは良い笑顔で永久保管するから要らねぇと断ってた。
たまにアイツ気持ち悪ぃけど花垣の体液付きなら保管するか、と納得した。オレもオレの服でやって欲しい。
*
side:花垣武道
「…ひでぇ。ほんとにほっとかれた…」
真っ暗から薄暗く、そして遂にお日様で明るくなった部屋の中、全然全く眠れなかったオレの恨みがましい声が寝室にぽつりと虚しく響いた。
一人で寝転ぶには広すぎるキングサイズのベッドの上の真ん中。オレの定位置。
日頃から主にココくんに腕枕をされ、主にイヌピーくんに抱き枕よろしく抱き締められてと、低めの体温と高めの体温に包まれてぐっすり眠ってる事による弊害か、一人きりじゃ寝れやしねぇ。昔ならどんなトコでも寝れたのに。今じゃ一人だと寝れないってどういう事だよ。あの二人にそう仕込まれたんだよ。
「俺チョロ過ぎない…?」
いや実際チョロいだろうしココくんの手に掛かればオレなんて簡単に転がせそうだ。口に出したらお前以上に転がしにくい奴は居ねぇとデコピンされたけど。そんな馬鹿な。現に今のオレは二人の策略にハマって二人と一緒じゃなけりゃ寝られなくなってるじゃないか。徹夜辛い。
何でオレがこんな目にあっているのか。
些細な事で怒ったオレも悪いのかもしれねぇけど一番悪いのは歯牙にも掛けてないのは知ってるけど、それでも粉掛けてくる女の人を放置し続けてたイヌピーくんが悪いと思う。
あれは昨日、珍しくオレは朝勤務で夕方という早い時間に上がれた。この時間ならまだドラケンくんのお店は営業時間だし、イヌピーくんを迎えに行って一緒に今日は在宅勤務してるココくんが待つ家に帰ろうと足を運んだ。因みにココくんは会社を立ち上げたマイキーくんの所の財務を堪能してる。たまに今日みたいに家で仕事してるけどどういう勤務スタイルなのかはオレには分かんない。
そこまではオレも浮かれてた。オレの浮かれっぷりを地に落としたのは辿り着いた目的地で繰り広げられていた綺麗なお姉さんと可愛らしいお姉さんを両腕にくっ付けた(二人はお互いにお互いを睨み付けてた)イヌピーくん、という図だった。
オレの姿を見付けるなり不味い、と彼にしては珍しく内心を正直に顔を浮かべたドラケンくんの様子にああこれ日常茶飯事だな、と察した。いくら鈍感だと言われ続けてるオレでも分かる。というかすぐ察せたんだからオレは鋭いんじゃないだろうか。
いや、うん。分かるよ?イヌピーくんめっちゃくちゃ綺麗な顔してるけど中性的なんかじゃなくて男らしいし惹かれちゃうよね?イヌピーくんの反応が薄いから少しでも見て欲しくて積極的な行動に出てるんだよね?分かるよ、好きな人に自分見てほしいもんね。分かる分かる。オレも今はココくんとイヌピーくんという極上の美形達の蕩ける瞳を独り占めしちゃって、多幸感に満たされてるから分かるんだけどとりあえずイヌピーくん。お姉さん方に興味ないのは見りゃ分かるけど何で引き剥がさない訳?なんてじわじわと腹から黒いものが滲み出てきた訳だ。
どうにも先日にココくんとヒナとの食事会の件で喧嘩した内容で掘り返してしまった件…ココくんが過去赤音さんに惚れていた事実にキレてしまった件の尾をまだ引いていたらしい。
いや頭では二人もオレとヒナが付き合っていた過去に対してモヤモヤした感情抱いてるのは知ってんだよ?知ってるし何ならオレも好きだったってだけでその赤音さんに妬いたんだからお互い様だと思う。二人は違うって目が物語ってるけどそもそもココくんの赤音さんの件がなくても二人は女の人にとてもモテていて、それに関して度々オレは嫉妬心を煽られてるんだからオレの方がすごくヤキモチ焼いてるんじゃないだろうか。
その辺は横に置いておいて兎に角、この時のオレの沸点は低かった。
一緒に帰ろうと浮かれた気分から急降下。オレの姿を見付けて無からぱあって輝く笑顔を浮かべてくれたイヌピーくんは可愛いけど横にお姉さん達張り付けたまんまだからオレの機嫌が浮上する事はなく。
オレの機嫌の悪さの原因を察してくれたみたいでお姉さん方をペっと無情に剥がしてオレの手を恭しく握ってくれる所は嬉しいけど、その時のイヌピーくんてば俺がムスッとしてる事が嬉しいみたいで不可視のしっぽがぶんぶん振られてて何が嬉しいんだよ!と火に油を注ぐ事に。
結果、オレの機嫌は帰って二人に甘やかされようとも浮上する事はなく、寝る時になっても一人で寝る!とココくんが張り切って買ってくれたふっかふかのソファで寝ようとしたらベッドで寝ろと転がされて、二人はオレを置いて寝室を出て行って、今に至る。
眠たいのに寝れないままほっとかれて一晩過ごし、オレの憤りは落ち着くどころか増す一方だ。
「何で放っとくんだよ…」
オレがほっといて!て叫んだから?いやそんなのいつも無視して機嫌取ってきたじゃん。デロデロに甘やかしてくれてたじゃん。何で今日は放置なんだよ。
イライラが収まらないままのそりとベッドから起き上がり、のろのろとベッドから降りる。動作がとろくさいのは動くのが億劫だからだ。
寝室を後にしてぺたぺたと廊下を歩き進め、静かなリビングに繋がるドアをちょこっとだけ開ければ濃厚なお酒の匂いがむありと鼻腔を擽った。
「……は?」
二人もお酒に強いのは知ってるけどこんな噎せ返る程の匂いがドアを開けただけでも漂ってくる程呑んだの?とそっと中を覗けばビールに焼酎、日本酒にワインにウイスキーの缶と瓶、そしてつまみがテーブルの上に所狭しと並び食い散らかされたまま、イヌピーくんとココくんはソファで一人分のスペースを開けて並んで座ったままぐっすりと気持ち良さそうに眠っていた。
「はぁ?!オレが寝れなくて苛立ってんのになんで二人は酒浴びるように呑んで美味しそうなつまみ食ってぐっすり寝てんの?!」
ふざけんな!とオレが大声を出しても目覚めてくれない程ぐっすりすやすや眠ってる二人に苛立ったまま近付き、最初にイヌピーくん。次にココくんと二人の首筋に噛み付いて歯型を付けた後じゅう、と吸い付いてキスマークを付ける。
イヌピーくんもココくんも隠せない所に痕付けられて困れば良いんだ。そして二人を狙うおねーさん達は諦めたら良いんだとオレはぷりぷりと怒ったまま酒臭い二人の間にどすりと座る。
投げ出されたままの二人の腕を片方ずつ掴んで抱き締めればオレの方に傾いてきたけど別に良い。一晩放っておかれた挙句、オレ抜きで楽しく酒盛りなんてした上に寝れてないオレを置いておいて寝てる二人が悪いんだから。
腕の温もりと肩に乗った二人の頭の重みに酒臭いのは嫌なんだけどそれ以上に一晩ぶりのイヌピーくんとココくんの温もりにオレの瞼は自然に下がってゆく。
オレに腕抱えられて起きても動けなくて困れば良いんだ。オレを一晩放っておいて二人だけで楽しく酒盛りなんかしてるからそんな目に合うんだ。いっぱい困っちゃえと子供みたいな事を考えながら、オレの意識はゆっくりと沈んで行った。
「馬鹿だなぁ、ボス。大方困らせようって魂胆なんだろうが喜ぶだけだぜ?」
「なぁココ、こんな事までされたらちんこ痛くて仕方ねぇんだが、花垣抱いても良いと思うか?」
「ボスの嫉妬する姿見れて嬉しいのは分かるが止めとけ。ちんこはオレも痛ぇ」
実は起きてた二人がこんな会話をしていたなんて当然オレは知る由もなく。
怒ってるけど眠くて仕方のないオレはぐっすりと夢の世界に落ちていたのだった。
終わってしまえ。