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    だんご

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    だんご

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    嫌な事件で精神をすり減らしたでくくんのメンタルケアをする先生の話です。プロヒ時空。
    相出は先生の方が危うそうでその実でくくんの方が儚そうだよな〜という妄想。光のでくくんが先生を救うことは勿論あるでしょうが、こういう時に「恋人」としてでくくんを繋ぎ止めてくれるのは先生だと思います。

    割れるような歓声が大地を揺らす。
    倒れ伏したヴィランと、急いで拘束にかかる警察。泣き崩れる観衆や抱き合って喜びを分かち合う人々。

    「ありがとう!ヒーローデク!!」

    誰かがあげたその言葉は空気に波及して、熱としてその場に渦巻く。ありがとう、ありがとう、と口々に呟かれたその言葉に、誰もいない湿った路地裏でボロボロの青年が静かに目を閉じた。

    胸糞の悪い事件だった。
    警察やプロヒーローを大幅に巻き込むこととなったこの事件の幕を引いたのは第二の平和の象徴と名高い新人ヒーロー、デク。
    戦闘時に大立ち回りをして、自らも半端でないダメージを背負いながらも最終的には解決にこぎつけた。「英雄」ともてはやされる青年は、表で自らを待ち構えるカメラのフラッシュを感じながらも路地裏に座りこんだまま立てずにいる。

    「…いかないと、なぁ」

    ふー、と長く、長く息を吐く。
    戦闘で負った負傷だけじゃなくて、精神をすり減らす戦いだった。
    自分以上に怖い、いやな思いをした被害者のために。「英雄」を待ち望む大衆のために。一刻も早く表に出て笑顔を見せて、「もう大丈夫です!」って言い切って。安心させないといけないのに。自覚よりも来ていたらしい見えない負傷は出久を蝕んでいた。
    そういえば、この事件にかかりっきりで最近家に帰れていない。ぼんやりと瞼の裏に浮かぶ年上の恋人の顔。在学時から変わらず「緑谷」と呼ぶその低い声を思いだして、よし、と思考を無理やり切り替えて立ち上がる。
    この後インタビュー受けて、ガレキを片付けて、事務所に帰って、後処理だけしてから帰ろう。久しぶりの我が家だ。
    そこまで考えた出久が顔をあげたとき。

    「お疲れ」

    「え、」

    先ほどまで思い出していた、家で待っているはずの恋人、相澤消太が光を背にして立っていた。

    「なんで、」

    「結構デカい事件だったろ。中継見て、位置が分かったから迎えに来た。帰るぞ」

    「いや、僕は、インタビューが、」

    「ほかのヒーローがやってくれるよ。後処理もな。働きすぎだお前は」

    有無を言わさぬような口調に怯みながらも出久は食い下がる。

    「でも、」

    「でももだってもない。ほかのヒーローの仕事取る気か」

    それとな、と相澤が呆れたように息を吐いた。

    「鏡、見たか。そんな顔じゃ不安を煽るだけだよ」

    ぐ、と息を詰めた出久に、相澤は言うことを聞かない子供に諭すように小さく笑って手を差し伸べた。

    「ほら、帰ろ。事務所には連絡しといたから」

    少しだけ、戸惑ったように視線を彷徨わせた出久は思い切ったように手を伸ばす。
    その手を取って、汚れが付くのも構わず強く引き込んで抱きしめる相澤。泣くのをこらえるように下唇を噛みしめた出久の顔も、絡まった柔らかい深緑の髪を梳く相澤の優しい手つきも、見ていたものは誰もいない。
     



    ガチャ、と扉が閉まる音。
    車から出久を横抱きにしたまま帰ってきた相澤は玄関にそっと降ろすと、流れるように出久の靴を脱がす。自らも家に上がると、無言で手を差し出してきた青年をまた同じように抱えあげた。
    今日は、とことん甘やかしてやろう。

    「先、風呂入るか」

    「…ん、」

    自分の肩にぐりぐりと押し付けられる丸い額に笑いを噛み殺す。
    テレビや雑誌、その他のメディアで毎日のように映される頼れるヒーローの面影は家の中、要するに相澤の前じゃ消え失せる。
    このわがままで可愛い恋人のこういう顔を見られるのは自分だけだ、という少しの優越感に浸りながら、浴室に服を脱がせた出久を放り込んだ。
    せんせえ、と若干呂律が回っていない呼び声に、今行く、と返して自らも服を脱いで風呂場に踏み込む。ぼんやり見上げてくる視線を感じつつシャワーを適温に温めて、ざぁ、と上からかけてやれば、わぷ、と気の抜けた声が聞こえた。

    「怪我は」

    「擦り傷だけ、だと思います、途中で大きいのは治癒能力者に治してもらったから」

    「ん」

    程よい水圧で降りかかる熱いシャワーに目を細めた出久。シャンプーを手のひらで泡立たせた相澤が慣れた手つきで頭皮をマッサージしてやると、優しい刺激に眠たげに瞬きした。

    「かゆいところはございませんか」

    「ん、ふふ。ないです」

    突如始まった美容室ごっこにもけらけら無垢に笑って、流される泡に小さく息を吐いた。
    傷を避けて体を覆う泡にくすぐったそうにはにかんでいる内にさっぱり洗われた出久は相澤があらかじめ焚いていたらしい湯船にざぶんと浸からせられる。秋の冷え始めた気温で冷えていた体が芯からじわじわとあったまっていく感覚に目を閉じていると、横にしゃがんだ相澤が何やら熱心に出久の髪を梳いていた。

    「なに、やってるんですか?」

    「トリートメント」

    へー、と興味なさげに返した出久の反応をよそに、慈しむ様な手つきで手入れされる髪。
    確かに絡まって引っかからなくなった、とぼんやり考えていれば、仕上げのように乾いた白いタオルで頭を覆った相澤は満足したのか自らの髪を手早く洗い始めた。
    体を洗い終えた相澤が出久を自らの胸にもたれかからせるように湯船に浸かると、頭にタオルを巻かれたままの出久が甘えるように後ろの厚い胸板に頭を擦れば、緩く腹に手を回されて抱き込まれる。

    「せんせいは、やらないんですか?」

    「トリートメント?まぁ、俺はいいよ」

    「…髪、きれいなのに」

    「お前のをやってた方が楽しい」

    「…?」

    「テレビで、お前が出るだろ。んで、俺が手入れした髪が映る。それが良いんだよ」

    「?ふぅん」

    いまいちわかっていないような返事をする出久に相澤が喉の奥で笑う。
    老若男女、だれでも惹きこんで、いつのまにか心の中心に居座っているようなコイツの、唯一である証。
    髪の手入れで何かおすすめありますか、と聞いた時のミッドナイトの顔は忘れられない。合理主義の塊みたいなアンタがねぇ、と半ばあきれも含んだような声と共に頂戴したミッドナイトお墨付きのトリートメントは、優しいハーバルフローラルの香りがして出久に似合っている。何もかもお見通しというわけだ。
    先が冷たかった指に血色が戻ってきたのを待って、風呂を上がる。自分の体を拭くのもそこそこにぽやっとした様子の出久の体の水滴を取って、脱衣所においてある保湿用のクリームを滑らせた。
    傷跡として残った箇所の皮膚がこの時期になると乾燥で突っ張って痛いからと、買いだめしているもの。
    相澤と色違いの部屋着のスウェットを着せてやって、洗面台の椅子に座らせる。自分も着替えて、結んだ先から水滴が滴る髪を軽くタオルドライしてから、ぶおぉ、と音をあげて温風を吐き出すドライヤーを手入れの甲斐あってツヤツヤさらさらの髪にあてた。うっとりとされるがままの出久。

    「せんせい髪乾かすの上手ですよね…美容師さんになれそう」

    「どうも。まあお前以外にやる気もないけど」

    短い襟足に、ふわふわとした髪質。乾いていくに従って柔らかく、甘い香りが強くなる。首筋を撫でる温かさに出久はもう半目だ。

    「ん、終わり。夕飯にするから、手伝ってくれるか」

    こく、と船を漕いだんだか頷いたんだかわからない出久に苦笑すると、相澤は自らの髪を乾かし始める。ぼうっとそれを見ていたエメラルドの瞳が、愛しそうに瞬いた。
     



    とん、とん、と規則的な音がキッチンに響く。
    ぼんやりとした様子の出久に包丁を使わせるのをよしとしなかった相澤はぐつぐつ煮立つ鍋の前で鶏肉から出たアクをとる係を命じた。
    きっと、一人にしたらいらないことを考えてしまうだろうから。自分を追い詰めるのと、反省は違うものだ、とまだ目の前の子供はわかりきっていないから。

    「…いい匂い…」

    鍋に皮をむいて一口大に切った冬瓜を入れると、熱い湯が跳ねてもくもくと湯気が立つ。
    ぽつりとつぶやいた出久はすっかり気の抜けた様子で、久しぶりに我が家が戻ってきた、とさえ思う。アクを取るのに一生懸命になって、むぅ、と頬を丸くさせて没頭する姿は在学時から変わっていない。

    「ハンバーグにするか」

    「あ!僕チーズのっけます」

    「はいはい」

    手間をかけるのも、今日は違う。
    前作って余ったタネを冷凍しておいたものを取り出すと、油を引いて余熱でじゅうじゅういっているフライパンに乗っける。となりで触れ合う体。
    凍っていたのが溶けて、ふつふつと端っこが焼けてきたのを確認してから蒸し焼きにする。
    すでに鍋にふたをかぶせてあとは煮込むばかりの鍋を前にした出久がワクワクと隣から覗き込んできた。片面が焼かれたのを確認してひっくり返せば、綺麗に焼き色のついたハンバーグがふたつ。
    ご要望のとおりに両面焼いてからチーズを乗っけて少し加熱すれば、おいしそぉ、と声が聞こえてきた。
    塩と顆粒の鶏ガラスープで味を付けたスープを盛り付けて、皿に盛ったハンバーグと付け合わせに切ったトマトをテーブルに並べれば、久しぶりの二人分の食卓だ。いただきます、と声を唱和させて、出久が口を付けたスープは泣きたくなるくらい優しい味がした。

    「…あったかい、」

    こぼれるように口を出た言葉に相澤は無言でハンバーグを頬張るだけだった。


     
    うつらうつらと船を漕ぐ出久になんとか歯を磨かせて、ベッドまで半ば引きずるように連れて行って寝かせようとした相澤は、ぎゅうと掴まれたスウェットの裾に眉をあげる。

    「…どうした」

    「寝たく、ない、です」

    遠慮がちな子供が初めてわがままを口にするように控えめに、こちらを伺うようにされた主張。いままでわがままは大体聞いてきたのに、と相澤はうつむいたままのつむじをぐしゃりと撫ぜる。

    「ん。わかった。ホットミルクでも飲むか」

    その言葉に安心したように腰に張り付いてくる出久と一緒に今来た道をそのまま通る。
    食器をまとめただけの食卓についた出久は言葉どおり牛乳を電子レンジに入れる相澤の広い背中をぼんやりとみていた。

    「できたぞ」

    差し出された熱すぎないマグを両手で受け取って、ふー、と少し冷ましてから恐る恐る口を付ける。

    「おいしい、」

    「それはよかった」

    隣の椅子に座った相澤は甘いような眼差しでちびちびとマグに口を付ける出久を見つめる。
    その視線が居心地悪いような、くすぐったいような、でも、胸をさわさわと優しい風が撫でていくようで。
    悪い夢を見ていた。こういう、心がつかれた日には決まって悪い夢を見ていた。
    市民を守り切れない自分。損害をだして、みんなを苦しめてしまう自分。…目の前の人を、無くしてしまう自分。
    どれを見ても飛び起きるように目が覚めて、いやな汗をぐっしょり掻いた背中を走る寒気に膝を抱えるのが常だった。
    求める理想は、どれだけ努力しても遠くて、追いつかなくて。ヒーローになんてなれない、と無性に焦っていた。
    そういう時、なにも言わないし、悟られないように注意するのに、相澤はいつも真っ先に気づく。
    今日みたいにあきれ顔で無理した自分を迎えに来て、下手な慰めも、「先生」らしいアドバイスをするわけでもなく、ただ恋人として隣に居る。それに、どれだけ救われたことか。
    同棲してからそういう、自分が表面張力ギリギリに張り詰めてしまうことは少なくなったはずなのに。こうして黒くて優しい目で見られるだけで、どうにも泣きそうで。
    融けてわからなかった「デク」と「緑谷出久」の境目が、はっきりしていくようだった。
     


    あのまま寝てしまった出久を寝室に運んで寝かせた相澤は首を鳴らすと来た道を引き返してまだ食事をしたままのリビングに戻った。
    食器をまとめてシンクにおいて、水に浸けておく。
    明日で、いいだろう。
    今日は、「ヒーロー」と「自分」の境目がわからなくなった子供の側にいてやりたい。
    寝支度をして、ガスの元栓と、戸締り、電気を確認して回る。それらを終えて寝室に戻れば、仰向けに寝た出久の薄い腹がタオルケット越しに小さく動いていた。

    「…お帰り」

    今日も、生きて帰ってきてくれて。プロヒーローをやっていたからこそわかる、この一見小さい命の一瞬一瞬の尊さに相澤は眠る出久の頬を優しく撫ぜた。
    そっと隣に滑り込んだ布団は体温でじんわりと温かい。少しだけの肌寒さに、ブランケットでも出そうか、と思案する。
    明日は、この青年の体についた一つ一つの傷について尋問しなくちゃいけない。「勲章」じゃなくて、「自分を傷つけた痕」として。きっとなにかまずいものでも食べたかのような顔で顔をしかめながら自分の説教を聞いているだろう。それともバツが悪そうに顔を背けているだろうか。
    どっちでも、目の底に灯る嬉しそうな光を知っているから。

    「…おやすみ」

    願わくば、この恋人が見る夢が優しいものでありますように。
    相澤は小さく囁くと、夜目に見える丸い額に慈しむように唇を落とした。

     
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