「こんなはずじゃなかったのに」
ごめんな、俺もそう思うよ。
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風もだいぶ冷たくなり外に出るのが億劫に感じる季節となった。俺は白雲家の炬燵で丸くなっている。
土曜日集まろうと言い出したのは誰だったか、俺ではないことしか覚えていない。こんな寒い中嫌だ、そう断った俺にじゃあウチに来いよ!と白雲が笑った。中ならいいって話じゃない、来たけど。
どうやら白雲の両親は仕事の繁忙期が重なるらしくこの期間は家で一人なんだとか。終わらせた課題と予習道具を放り投げてダラダラとゲームをした。
辺りが暗くなって来た頃、寒い寒いと呟きながら炬燵から出た白雲は冷蔵庫を開きこちらに背を向けたまま、飯の話をした。
「お前ら飯食ってく?作るの俺だから遠慮しなくていいぞ!」
「お!白雲サンキュー!」
しばらく冷蔵庫の中を確認していた白雲だったがハッとしたようにこちらを向いた。
「やっべ、俺から言っといてなんだけどちょっと確認とっていい?」
「どうした?親父さんたち帰ってきそう?」
「いや、ちょっと別件…」
携帯を操作しながら部屋を出ていく白雲。
「別にここで話したっていいのに、寒いだろ」
「相澤とオソロのママ呼びがバレちまうだろ、お仲間なんだから気ぃ遣ってやれよ」
ニヤニヤと適当なことを言う山田に消しゴムを投げておいた。
「お待たせ!夕飯一人増えてもいいか?」
「問題ねえよ!ところでママ?パパ?」
「んーーー、妹?みたいな」
what's!?お前妹いんの!?、叫んだ山田の声に耳をやられる。うるせぇ。
マジのじゃなく幼馴染だよ、一つ下の、耳を抑えて笑う白雲。
「ちょっと人苦手だからさ、確認してた。今日来るの忘れててさ」
そう言って白雲はその何某さんを語り始める。聞いてもいないのに色々と教えてくれた。いじめられっ子気質であるその子を一度庇ってから懐かれたらしい。そして白雲もその子もたまたま鍵っ子でそのまま2人で留守番をしたそうだ。白雲家が繁忙期のときは寝るまで向こうで過ごしたりなんかもよくあったらしい。
白雲は「泣き虫でほっとけなくてさ、気付いたら家族みたいになってた」そう言って笑った。
まだ顔も知らない何某さんとの思い出を聞いていた(聞かされていたとも言う)そのとき、ピンポンが鳴った。噂をすればなんとやら、とは少し違うか?
「ぁ……ぁの、ぇっ…あ…」
なかなかに大きめの袋を抱えて入ってきた子は視線を床の辺りに彷徨かせ高い声を震わせていた。
「出久、俺の友達だよ。大丈夫、大丈夫だからゆっくりやんな」
近寄って軽く肩を撫でた白雲はできるか?としゃがみこんでその子の顔を覗き込む。
「…い、出久…です。よ、よろしくお、おねがい、し、しします!」
震える声を抑えようと深呼吸をしてから話し出す女の子、随分と優しげな表情でそれを促す白雲。ワケあり、かな。
「よろしくね、相澤消太だよ」
「おれはひざしな!」
目を見てしっかりと挨拶を返すとその子、出久ちゃんは分かりやすく肩の力を抜いた。
その後は出久ちゃんが持ってきてくれた食材も加えて二人が俺らの分の夕飯も調理してくれた。俺も山田も出久ちゃんの手前言わなかったけれど、二人で台所に立つ姿はとても様になっていた。
四人で夕飯にする、白雲のは所謂大味の男料理であったけれど作り慣れているだけあって美味かった。対して出久ちゃんが作った料理は短時間の調理だったのに手が込んでいて女子の器用さを感じる。山田は食う度うまいうまいと騒いでいた。うるせぇ。
「じゃあこいつら送ってくるから」
後片付けを手伝ったところで解散となったが最寄りまで送ると白雲が言い出し三人で家を出る。出久ちゃんは今の時間で少し慣れてくれたのか俺たちに小さく手を振ってくれた。
「で、あの子のこと?」
「…ばれてるかあ」
少し歩いたところで山田が白雲の肩を叩いて問う。へにょりと白雲が笑った。
「悩んでたんだけどさ、いい加減あいつも俺以外の味方を作るべきだと思って。」
悪い、練習台にした。そう言って頭を下げられる。
「そんなん気にしてない。味方、って言うとただの人見知りって訳じゃないんだろ?」
「そ、あいつ無個性でさ。もう俺らの世代にはほとんどいないだろ?それにあの性格だからいい標的にされちゃってさ」
「嫌な話だな」
「中二までは俺がいてやれたんだけどさ、」
白雲が雄英に行ってから、所謂いじめというやつが再開したらしい。
「…俺の家族みたいなもんなんだ、無理にとは言わないけど世界を少しずつ広げて欲しい。あいつのことを好きになってくれる人間もいるんだって知らないままでいて欲しくない」
目を伏せて暖かい顔でそう語る白雲。その奥にあるのが本当に家族の情なのか、俺には分からないけれど
「あんなもんでいいならいくらでも手伝うさ」
「俺らももう出久ちゃんとダチだしな!」
両サイドから二人で白雲をどつく。
「さっすが俺のダチ!!!」
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それ以降俺らはちょこちょこ出久と会うようになった。ちなみに出久呼びは本人から許可が降りた。地道に歩み寄ってやれてるんじゃないかと思う。
そうして俺たちは二年に、出久は高校生になった。
「出久、それ取って!」
「これであってる?」
そんな俺らは今日、白雲家で山田の誕生日パーティーの準備をしている。盛大にやろうぜ!という白雲監修の飾り付けを俺と出久が手伝わされているというわけだ。
俺は自分の作業を他所にチラリと二人の方を覗き見る。最近白雲が怪しい。今までだったら平気だったちょっとした触れ合いでほんのり顔を赤くする。こういうのに無縁な俺が気づけるのだから余程なんじゃないかと思う。
…きっと気持ちを伝えたら出久は喜ぶだろう。俺から見たって出久の白雲への気持ちは信頼なんて言葉じゃ言い表せないものだと解る。出久が通信制の高校に入学してからというものほとんどこいつら二人は同棲状態だった。きっと、すぐ結ばれる。
…なんで胸が痛いんだ。
友人が二人幸せになる、それだけじゃないか。
「…白雲、風船足りなくなりそうだから買い足してくるわ」
「お!サンキュー!頼んだショータ!」
なんだか逃げ出したかったなんて、言えるはずないけれど。
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なにがおきているんだろうか
どうして白雲はでてこないんだ
どうして俺はたっている
だってお前、呼んだじゃねえか
なんで、なんで、なんで
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事件以降の記憶が曖昧なまま白雲の葬式に出た。山田はいつも通りに振舞っていたけど俺にはできなかった。
「なんで、」
俺じゃなかったんだ
静かな式場には小さな声がやけに大きく響いた。
「朧くん、朧くん」
声の主は自身の両親に支えられていた。
出久は白雲に泣き虫と称されていた。大きな目からぼろぼろと涙を流す様を俺達もみたことがあった。
そんな出久が、静かに泣いていた。両目から一筋の雫を落として故人を呼び続けていた。
ああ、どうして、どうして俺じゃないんだ。
出久を幸せに出来るのはお前なのに、俺じゃ涙を拭いてやれない、俺じゃダメなのに。
…自分の思考に吐き気がした。ああ、そうか、最低だ俺。
あいつを亡くして初めて気付いた想いに死にたくなる。あいつが死んで生き延びた俺が出久を好きに?なんの冗談だよ。…冗談であってくれよ。
ああ、気持ちが悪い。
「…こんなもん気付きたくなかった」
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あれから塞ぎ込んでしまった出久は、ただでさえ不登校気味だった中学への登校を完全に拒否してしまった。
出久の両親から連絡を受けて俺と山田が会いに行ったり外へ誘ったりしたけど、出久は部屋を出なかった。
俺は気持ちに蓋をすることにした。白雲を思ってとかじゃなくて自分への嫌悪感に耐えられなかったから。これはアイツのやり残したことを代行しているに過ぎない、俺の気持ちは親切心でしかない、そう言い聞かせながら出久のもとへ通った。