その隣に雲一つない快晴の中、柔らかく射し込む陽の光がステンドガラスを輝かせている。まるで神からの祝福のように降り注ぐ色とりどりの光を受けて、透き通ったヴェールがきらりきらりと瞬く。
「風神――バルバトス様の祝福があらんことを」
厳かに語られた神父の言葉に、涙を滲ませた純白の女性がふわりと微笑む。幸せなのだと、その顔を見ただけで分かるほどに、満ち足りた表情だった。
その小さな顎に掛けられた指先が緊張のせいか、はたまた感動のせいか、微かに震えていて、ガイアは思わず目を細めて笑みを浮かべた。そっと合わせられた唇はすぐに離され、それに合わせて周りから一斉に祝福の野次が飛ぶ。
2人は照れ臭そうに笑い合い、そうして額を擦り寄せてもう一度唇を重ね合わせた。それがあまりにも幸せそうで、ほんの少しだけ、羨ましくて。ガイアはチラリと横目に自身の隣を伺うと、宝石のように赤い双眸と視線が絡み合う。徐に伸びてきた温かな手のひらが、ガイアの膝に置かれた手を柔らかく握り、はんの少しだけ身を寄せあった。
ディルックの視線が、今しがた結婚の契りを結んだばかりの2人へと向けられる。とても穏やかなその横顔から、ガイアも視線を移し、素直に「あぁ、いいものだな」と心の中で呟いた。
6月に結婚式を挙げれば一生幸せな結婚生活を送れる、という言い伝えはモンドにも広がっており、モンド中の女性が憧れる6月の結婚式。そんな日にガイアとディルックは揃って知人への結婚式へ招待を受けた。
新郎がガイアの部下であり、新婦がディルックの元で働くメイドだったのは本当に偶然で、ディルックもガイアも目を見開いて驚いた。もちろん2人は快く参加の返事を出した。
そうして訪れた当日、前日までの重苦しい曇天が嘘のように晴れ渡った空の下で、新郎新婦は幸せへの門出を迎えたのだ。
神の御前での誓いを終えた新郎新婦を一旦見送り、招待客達は大聖堂から出て広場へと降りる。少しの間待っていれば、慣れないドレスに転ばないよう新郎に手を引かれ、新婦がゆっくりと歩いてくる。その手にはセシリアの花で作られた真っ白なブーケが握られている。
大聖堂の大きな扉を背に、ガイア達が見上げた先で新郎が一歩前に出ると大きく息を吸った。
「皆さん、今日は僕達の為にありがとうございます」
快活なその声に祝い事が大好きなモンド人達からまたしても野次が飛ぶ。ディルックとガイアは人集りの一番後ろでその様子を微笑ましく眺めていた。
「私達の幸せを皆さんにお裾分けしたいと思います」
凛とした新婦のよく通る声が響く。きゃあきゃあ、と主に前方を陣取っている女性たちから歓声が上がった。
「準備は宜しいでしょうか!いきますよー!」
ニカッと歯を見せて無邪気に笑う新婦が手に持っていたブーケを天に向かって掲げる。所謂、ブーケトスと呼ばれるものだ。綺麗に着飾った女性陣が意気込んで両手を広げ上げているのを眺めては、ディルックと目を合わせて苦笑いを浮かべる。しかしこれが結婚式の醍醐味だ。
くるりとガイア達に背を向けた新婦が勢いよく花束を放り投げる。綺麗な弧を描いて落ちてくるブーケはちょうど人集りの真ん中辺りへ向かっていた。それを取ろうと女性陣が、わあわあ、と声を上げながら走る。場所を譲るように一歩ほど後退った、その瞬間。
びゅう、と前から突風が吹き、新婦のドレスをはためかせ、その場にいた全員が咄嗟に目を閉じただろう。
目を開けたガイアの顔に目掛けて落ちてくる白い塊。
「わっ!」
驚いて咄嗟に掴んだそれは、セシリアの花束で、ガイアはきょとりと目を見開く。自身の手の中にある物を見下ろし、困惑気味に隣に居るディルックへ視線を移せば、ポカンと小さく口を開いて固まっていた。
「ガイア様っ……!!」
ディルックが居るのだから、もちろんメイド長のアデリンも居るわけで、感極まったその声にシンと静まり返っていた招待客から歓声が上がる。
あっという間にガイアは招待客達に囲まれ「おめでとう!」「結婚式には呼んでくれ!」と口々に祝福の言葉を掛けられる。揉みくちゃにされているガイアにようやく我に返ったディルックが肩を震わせて笑い出した。
「おい!旦那!」
「っ、すまない。ふふ、まさか君が勝ち取るとは思わず…」
未だ笑っているディルックを睨み付けていると、大聖堂の前から降りてきた新郎新婦が駆け寄ってきた。ワイナリーのメイドをしている新婦もガイアのことを知っているわけなので、大きな瞳を潤ませてブーケを抱えているガイアの手を握りしめた。
「さっきの風っ、きっとバルバトス様の祝福です……!」
「次はガイアさんの式に僕らを呼んでくださいね」
心底嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべる新郎と瞳を潤ませる新婦に挟まれて、ガイアは諦めて礼の言葉を口にした。それを聞いた周りの招待客が盛り上がり「朝まで飲むぞ!」と声が上がる。
「一先ず、この後はディルック様よりワイナリーをお借りしております。お食事をしながらたくさん飲んでくださいね」
新婦の声に酒飲み達が歓声を上げ、次はディルックを囲んで騒ぎ始めるのを横目にガイアは肩を揺らして笑い声を上げた。
夜まで続いたどんちゃん騒ぎも終わり、ディルックもガイアも少しばかり疲労を滲ませながら後片付けをアデリン達へ任せると、寝室へと引っ込んだ。堅苦しいネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外す。
そうしてベッドの上に倒れ込んだガイアの隣に腰掛けたディルックがゆっくりと髪を掻き混ぜる。丸い月を背にディルックが小さく笑みを零し、ガイアの首へ嵌められているCollarを指先で撫でた。
「僕はね」
「……ん」
「別に君と兄弟のままでも、赤の他人でも、パートナーとしてでも、なんでもいいと思ってたんだ。君が僕と一緒に居てくれるのなら」
ディルックの指先がガイアの顎を掴む。そっと降りてくる唇を受け止めて、ガイアがくふくふと小さく声を漏らす。
「でも、さっきの2人を見ていたら、案外悪くないかもしれないと思った。…そう思って、なんとなく君を見ていた」
「うん」
「そうしたら君と目が合って」
「ふふ、」
「……Collarだけじゃ物足りなくなりそうだ」
「欲張りだな?」
クスクスと笑うガイアの星の瞳を見下ろしてディルックもゆるりと微笑む。ガイアの全部が欲しいのだと言外に訴えられるのが擽ったく、それでもディルックも同じ気持ちだということが嬉しくて。ガイアはディルックの背中で揺れている柔らかな赤毛を掴んで甘える。
きっとガイアが勝ち取ったセシリアの花束は、アデリンの手によって花瓶に活けられるのだろう。あの花束が幸せのお裾分けならば、ガイアはこれ以上幸せになってしまったら駄目になってしまいそうだ。
それでもディルックもガイアも願うことなどただ一つしかないのだから。
ディルックへ擦り寄って甘えるガイアの左手にもう一つの所有印が与えれるまでそう遠くないのかもしれない。そんな予感めいた想像をして、ガイアはディルックへ口付けを強請るために柔らかな赤毛を引いた。