甘い話「ガイア」
ゆったりとした優しい声に名を呼ばれ、伏せていた瞳を上げてみれば、光を受けて輝くカトラリーの上に乗せられた一口分のアイスクリーム。ぱくりと口に含むと、濃厚で香り高いカカオの味が広がる。
その甘さに自然と口が緩むガイアをディルックが優しい瞳で見つめていた。
「美味しい?」
「うん。……ほら」
自身の手元にある透き通った黄金色にカトラリーを差し込んで、少し多めに掬い取る。目の前に座っているディルックの口元へ差し出してやれば、嬉しそうに口元を弛めて、ガイアと同じように口を開けてみせる。
ゆっくりと迎え入れられたカトラリーを引き出して、形のいい唇が動く様を眺める。
「……ん、それも美味しい」
ガイアが食べているシャーベットに使われている果実と同じ赤い瞳をゆるりと眇めてディルックが微笑む。どうやら育ちが良く舌の肥えたディルックのお眼鏡に叶ったようだ。
これは明日から客で溢れかえるのだろうな、という予感に店主へ心の中でエールを送っておく。ワイナリーの若当主であり、モンドの貴公子という呼び名を持つだけあり、ディルックの発信力はとても強い。
そんなことを微塵も気にしていない当の本人は、嬉しそうにチョコレートアイスを口に運んでいるが。
「なぁ」
「うん?もう一口食べるかい?」
言うが早いか、先よりも随分と大きな一口がガイアの口元へと差し出される。体温の高いディルックの熱が伝わって、カトラリーの上でアイスがじんわりと溶けていく。垂れ落ちそうなそれに慌てて口に含めば、楽しそうにクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。
「……美味いが、違う。そうじゃなくて」
「違った?」
「人の話は聞いてくれ。……どうして急にアイスが食いたい、なんて言い始めたんだ?」
お返しに先と同じく少し多めに差し出したりんごのシャーベットは、溶けだしていかなかった。差し出されたもう一口に瞳を眇めて、ディルックがぱくりと口に含む。
ゆっくりと舌の上で溶かされていく果汁を想像しながら、ディルックの返事を待つ。
「……君を見てたら、食べたくなった」
少しだけ声を潜めたディルックが、ガイアの瞳を真っ直ぐに見つめて、愛おしそうに瞳を溶かす。きょとりと目を瞬かせるガイアの前で、カトラリーで掬われたチョコレートアイスがディルックの口の中へ消えていく。
ディルックの言葉の意味を、アイスが溶けだすように、ゆっくりと理解して瞬く間に頬が熱くなった。
「冷たくて、甘くて……色が同じだろう?」
そう言って、また一口とディルックの口の中へアイスが入れられる。「今日は暑いしね」と取って付けたような理由はまともにガイアの耳に入らなかった。
「そ、ういう、ことは、家だけにしてくれ」
大きなため息と共に絞り出した声が、あまりにも情けなさ過ぎて、それすらも羞恥を煽る。出掛けようと声をかけてきたから、てっきり何か買いたいものがあるのかと思ったが、どうやら初めから目的はこれだったようだ。
「それじゃあ、デートにならないだろう?」
こてりと首を傾げるディルックに、掬ったシャーベットを無言で突き出す。やっぱりクスクスと笑い声を洩らすディルックが楽しそうにそれを口に含んで、お返しとガイアの口元にアイスを差し出す。
「ほら、ガイア」
むず痒いけれど、やっぱり嬉しくて、大人しく口を開いて差し出されるものを口に含む。こんな真昼間に大の大人の、しかも男が何をしているんだ、と思わなくもないが、目の前で幸せそうに口元を弛めるディルックを見てしまえば、たまにはいいかと思ってしまう。
パートナーにはどうしたって甘くなってしまうのだから、仕方がないのだ。
言い訳じみた独り言を心の中で零して、シャーベットを口に含んでは、チョコレート色の肌を飾る深紅へ触れた。