甘く愉快な夜にふたりきり「わ〜、目が痛い……」
「あ、幻太郎〜!おつおつ〜!仕事落ち着いた?」
乱れた髪に着崩した着物、肩に羽織っている物は白いブランケットという親しい人以外には見せないであろうみっともない姿に優越感が募り、思わず笑みがこぼれる。
「ええ。まずは、といったところでしょうかね。本当の修羅場はこれからですよ」
「ガチで年末進行ヤバいもんね〜!てか、ちゃんと襖閉めてよ!寒いんだって〜!書斎もちゃんと閉めた?」
「はいはい。今日もお母さんはうるさいですねぇ」
「もお〜!お母さんじゃなくて愛しい恋人っしょ?」
「……ノーコメントで」
「何で〜!?」
幻太郎は俺の声を無視して、畳の上にある飾りを手に取った。
「電飾ですか」
「イルミネーションライトって言ってよ〜!」
「呼び方なんて伝われば良いんですよ。これどうするんですか?」
「んー?ツリーにぐるぐる!って巻いて〜ピカピカ光らせんの!」
「まあ、熱心だこと」
「幻太郎が去年言ったんじゃん。俺っちが全部準備するなら飾っても良いって〜!」
「そうですけど、まさかこんなにたくさん用意するとは……」
「賑やかっしょ?」
「我が家じゃないみたいですね」
「ホントはどっかのイルミネーション見にデート行きたかったけどさ〜幻太郎が嫌だって言うし〜」
「だってそういうところは女性も多いですよ。ジャケット必須じゃないですか。そうなれば貴方、見境なくナンパするでしょう」
「え〜何〜?幻太郎ちゃんは嫉妬ですか〜?」
「……お風呂入ってきます」
「また無視した〜!」
口では非難するものの、これも日常茶飯のやり取りのため、さして気にせずに飾り付けを再開させる。
150cmのツリーは北欧風のオーナメントもセットで付いていた物で、全てを飾れば温もりがあふれるデザインとなっている。枝も雪が降ってきたかのように白く染まられており、幻太郎の雰囲気と合いそうだ、と思って選んだ。誰かのことを思いながら、それも愛おしい人を思いながら買い物をしたり、こうやって飾り付けをしたりするなんて幸せだなぁ〜と鼻歌を奏でる。
さあ、後はイルミネーションライトを飾るだけ、と意気込んだところで急に視界が黒に染まった。
「うお!ビビった〜!停電?」
ポケットに入れてあったスマートフォンを取り出して、ライトをつける。窓から近所の住宅の様子を伺うと、どこも電気は消えている。どうやらここら一帯が停電のようだ。
「一二三〜!」
自身を呼ぶ声にはっとした。そういや、幻太郎は風呂に入っていたんだった。
イルミネーションライトを踏まないように急いで浴室へと向かう。
「幻太郎〜大丈夫〜?ぶはっ!」
浴室に入ると顔面が泡だらけの幻太郎と遭遇した。あ、てかその洗顔、俺が使えって言ったやつじゃん。ちゃんと使ってる。よしよし。
「急に暗くなって……何ですかこれ」
「停電みたい。近所も全部電気消えてるっぽいよ〜」
「そうですか。……というかそれよりこの状態どうにかしてください。何も見えなくて」
「どうにかってスマホ置く場所ねぇじゃん〜」
「……じゃああれ持って来たら良いんじゃないんですか?さっきの電飾」
「電飾じゃなくてイルミネーションライトね!」
「どっちだって良いんですよ」
「幻太郎、幻太郎。よく考えてみ。あれも電気で光るんだって」
「あーもう!そんな役立たない物捨ててしまえ!」
「ウケる〜!チョー暴論!」
けらけらと笑いながらふとある案を思いつく。幻太郎に「ちょい待ってて」と断りを入れて居間へと戻る。ビニール袋を持って再び浴室に入ると、中の物を浴室内に飾った。
「よし、おっけ〜!じゃあ幻太郎、顔の泡流すよ〜!」
「お願いします」
湯船の湯を幻太郎の頭から優しくかける。それに伴って幻太郎も自身の顔をごしごしと擦った。数回、それを繰り返した後にフェイスタオルを手渡すと、「助かりました」と彼が呟いた。
幻太郎がタオルから顔を上げるとぱちくりと瞬きを繰り返す。
「これは?」
浴槽の縁に並んでいるのと、湯船に浮かんでいるのはキャンドルライトだ。暖色の灯りが浴室内を優しく照らしている。
「キャンドルライト!LEDなんだけど本物のキャンドルっぽいっしょ?よく店のイベントとかにも使ったりするんだよねー!」
「へぇ……濡れても大丈夫なんですか?」
「そそ。防水のもあって、これは濡れてもおっけーなやつ!中、入ってみる?」
そう提案した途端にぱあっと幻太郎の瞳が輝いた。分かりやすい奴、とこっそり微笑む。
「良いんですか?」
「いーよー!」
幻太郎がそろりそろりと湯船に入った。湯船の湯がゆらりと揺れるとキャンドルライトも同じく揺れる。飛沫が全体にかかるが本物ではないため灯りは消えない。腰を沈めるとキャンドルライトの一つを手に取り「綺麗……」と幻太郎が呟いた。
「気に入った?」
「ええ。しかもこれすごく良い香りがしますね」
「そうそう。香りも本物っぽいっしょ?ホントは寝室に飾ってエッチな雰囲気にしてやろ〜!って思ってたんだけどさ」
「……変態」
「へーへー、何とでも」
湯船に手を入れてぐるりとかき混ぜる。熱めに入れた湯は時間の経過とともにちょうど良い温度になったようだ。自身が入る頃にはぬるくなっているだろうから追い焚きしなきゃな……その前に電気が回復するだろうか。冷蔵庫の中身も心配だ、とあれこれ考えていると不意に「あの……」と幻太郎の声が響いた。
「ん?どした?」
「寒くないんですか?それ」
彼が指差したのは俺の着ているスウェットだった。先程、湯をかけ流す際に濡れたのだろう。グレーのスウェットがところどころ、濃く色付いていた。
「あー、後で着替えるし大丈夫、大丈夫……って、幻太郎!」
人が話している最中にも関わらず、幻太郎は意地の悪そうな笑顔を浮かべて「えいっ!」と湯船の湯をこちらにかけてきた。
「ちょっと〜!何で更に濡らすようなことするかな〜!」
「おや、貴方も察しが悪いですね」
「はあ?どゆこと〜?」
「一緒にどうぞ、という意味だったんですが」
彼の言葉に「あっ」と声が漏れる。湯をかけてきたのは幻太郎なりのお誘いの合図だったのか。
「回りくど〜!フツーに言ってよ〜!」
「貴方が鈍感なだけでしょう」
「うっそ〜!これで分かる奴いないっしょ〜!」
「文句があるなら小生はもう上がりますが」
「あ、ちょ!メンゴメンゴ!入ります!一緒に入らせていただきます!」
そう言ってスウェットを脱ごうとしたところでぱちっと浴室の電気が付いた。どうやら停電から回復したようだ。
「はあー!?タイミング悪りぃ〜!」
あからさまに落胆してみせると幻太郎がくすくすと笑い声をあげる。せっかく良い雰囲気の中で一緒に湯船に入られると思ったのに……。そう思っていると幻太郎が再び意地の悪そうな笑顔を浮かべて口を開いた。
「一二三。もう電気は自由に使えるんですし、自分たちでスイッチを消せばまたあの素敵な情景の中でお湯に浸かれますよ」
「あ!そうだ!盲点!てか幻太郎からそんなん言ってくるってキャンドルライト気に入った感じ〜?エッチな雰囲気にあてられちゃった系〜?」
「……さあ、小生は上がりますかね」
「えー!メンゴ、メンゴ!ジョーダン!」
気が変わらないうちに、と慌ただしくスウェットの裾に手をかけると「愉快、愉快♪」と楽しげな幻太郎の声が浴室に響いた。