ハウディ、ヨール ●
大人どもときたら。綺麗事ばかり抜かして憐れむくせに、実際何をするのかと問われたら何もしない。
子供が死んだら可哀想……だから未成年はガンドッグとして雇用しない。
だが、暴力しか食うツテのない子供に対して……補償も何もない。
子供が死んだら可哀想なのに、世界的大飢饉であらゆるものを奪われた子供が、戦場以外で野垂れ死ぬのはOKらしい。意味不明だ。
「クソがよ〜〜〜」
日本某所の安アパートの一室、サクラは不採用通知をビリビリに破り捨てる。片っ端から応募した民間保安企業は、どれもこれも「要らない」を彼に告げ続けていた。
「はあ……」
溜息を吐いて、日に焼けた畳に大の字になる。
「サクラ、独り立ちしろ」――マイホームたる傭兵達から唐突にそう言われ、「サクラ、学校行け」――更にそう言われ。半ば強制的に傭兵をやめさせられ、コネとツテで半ば強制的に日本の学校にブチ込まれ……ちまちまバイトなんざしても一生金なんざ貯まらないので、実入りの良いガンドッグとなるべく応募と面接の日々を送っているのだが、先は見えず、収入がないので貯金を崩す胃の痛む日々。オセアニアで金持ちの愛人をしつつ豪邸で暮らす夢がまた一歩遠のく。幾度目かの舌打ち。
……と、そんな時だった。まだ一通だけ開けていない封筒が指先に触れる。どーせ不採用だろうな、最近日本に支部ができたばっかだというその民間保安企業からの封筒を開けて――
「えっ」
採用。
……どうもその企業は人手不足らしい。
古巣の傭兵達の知り合いでもあったらしく、『親達』が推薦してくれたのもあったようだ。
採用してもらった立場ながら、未成年を雇用するなんて相当変わり者な企業やなぁと少年は思った。とはいえ渡りに船である。サクラは傭兵は長いことやってきたが、ガンドッグは初めてだ。民間保安企業の戦士を戦場で見かけたことはあったけれども。
……まあ、やることはそう変わらないだろう。撃ってこいと言われた相手を撃ってくる、それだけだ。
そういうわけで、『同僚』との顔合わせもかねて、合同訓練もあるからとサクラはアメリカに居た。渡米は久々だった。傭兵時代は世界各国を飛び回ったものだ。会社の金で乗る飛行機、サイコ~!
……学校? アレは道楽だから別にいいのだ。ランクの低い学校なので、授業もいくらでも巻き返せる。ナイトメアストームでこの世代の子供はビックリするほど少ないので、大人達は中途半端にその辺は優しい。在籍さえしていれば卒業は確約されている。
そんなこんな。
目的地に到着。諸々の説明なども終わりまして。
同僚達のいる部屋へ向かう。ドアのノック……は要らないか。
「HOWDY~~Y'aaaaall☆」
挨拶と共にサクラはドアを脚でドバーンと開ける。振り返る大人達に満面の笑みを返しつつ、手近な――赤毛の白人の隣に座った。
「よう兄弟! 日本語わかる? わからない?」
続いた日本語、に一同がポカンとするので、サクラは即座に英語に切り替える。傭兵隊がそうだったせいで、どえらくどぎついテキサス訛りだが。
「このたび採用されました花園サクラや。長いこと傭兵やっとったけど保安企業するんは初やわ、まあよろしく~」
ニコニコしながら心の中で思う、大人達の表情の真意。「マジか? ガキかよ?」だ。特にアジア人は実年齢より幼く見られがちなのもある。とはいえその反応の想定はしていたし、ガキですが何か? なので、サクラは全く気にしないが。
「自分、どこのひと? アメリカ? カナダ? 俺は日本」
困惑の空気の支配者となるべく、サクラは隣の赤毛白人に馴れ馴れしく話しかける。
「……?」
明らかに、彼は「あ?」という顔をした。
「何喋ってんだ? 英語喋れや」
綺麗な英語で返す。捲し立てられるテキサス訛りに呆気に取られている。サクラはわざとらしく肩を竦めた。
「はあ……ゆっくり喋らなアカンか? しゃあないなァ……」
「……」
ガキが……という顔をしている。対するサクラはニヤニヤしている。
「まあまあ大目に見てぇよ、育て親がテキサス・レンジャーズやってん。自分、お名前なんていうの?」
冗談交じりでそう言えば、彼は「このガキなんで俺に絡むんだ」という顔をしつつ答えた。
「……ジェラード・ベリーだ。国籍はアメリカ」
「ジェラート?」
「ジェラー『ド』」
「ほなジェリーやな。あはは! サクラとゼリーて。ええやん、美味しそうでかわいくて。俺ら仲良くなれそうね」
「……おいボス! このガキ、マジでやれんのかよ」
スクールに来た転校生じゃねえんだから、と思いつつジェラードは上司に顔を向ける。隣の新入りに人差し指を向けながら。上司は溜息交じりでこう返した。「サクラはガンスリンガーとしては一流だ、実務軍歴と殺人レートはおまえよりもあるぞ」。
「おまえからヤってやろうか?」
冗談めかしてサクラが笑う。ジャケットを少し広げ、ホルスターの拳銃を見せた。HK社のP46……が二丁。
「俺はバリバリの前線切り込み役や、ジェリー兄さんは何が得意なん?」
「はぁ……俺は医者だよ。外科も内科も、まあメディックに必要なことは一通りできる」
「ほーん……大丈夫なん?」
「大丈夫って、何がだ」
「いや……お医者は助かるんやが、自分、ちゃんと戦えるか?」
アジア人らしい黒い瞳の品定めの目が、ジェラードを一往復する。軍人らしい体躯はしているが『頑健屈強』とまではいかないし、なんというか戦争屋にあるようなヒリつくニオイもないし、医者ってことはインテリだからあったかい環境で育ってきたんだろうし、上司曰く自分よりも戦闘経験は浅いらしいし……。医療技術は言った通りありがたいのだが、戦場慣れしていないおぼっちゃんの甘ちゃんはゴメンだった。
「第二次世界大戦の犠牲者を知っているか?」
そんなサクラの思考を転換させるのは、ジェラードの毅然とした言葉で。少年は首を傾げた。
「WW2の? 知らんよう、ずっとガッコ行ってへんかってんもん」
「……――なら教えてやる。軍人・軍属の戦死者230万人のうち、餓死やマラリアなどによる病死が140万人だ。わかるか? それだけでなくとも、弾に撃たれて全員が即死するわけじゃねえ。確実に死ぬ、けど即死しにくい位置ってのがあんだよ。肺近くに銃弾が通って、息苦しくなりながらじわじわ死ぬとかな。――そういうのを楽にしてやるのも軍医の仕事だ」
榛色の目を真っ直ぐに向けて――今まで駆け抜けた戦場の、血と呻きと泥と傷と死を思い出しつつ――軍医は言う。
「わかるか? てめえが何人殺したか知らねえが、死体の数だけならてめえより見てんだよ。ガキ」
「――、」
サクラは少し目を丸くした。それから――無邪気に笑った。銃を持った子供が浮かべるとは思えない笑みだった。
「ええやん!」
嬉しそうに言葉が弾む。ジェラードの言葉と眼差しより感じたのは本物の意志だった。サクラは足手まといは嫌いだが、覚悟のある『マジで戦える奴』なら大歓迎なのだ。
「俺そういうの好きやで、お医者せ~んせ♡ ケガしたら優しくしたってや」
しかしやっぱり、その目は大人を舐めているガキの目で。
――そんな時だった。訓練を始めるから、総員外へ集合と号令がかかったのは。
「運動訓練後のVR制圧訓練、俺とジェリーで組むんやて。ふふふ! 楽しみやなぁ」
ほなお先、とサクラはジェリーの肩を叩きつつ立ち上がり、軽快に外へ向かうのであった。
「……はぁ……」
残された男は眉間を揉みつつ立ち上がり、面倒なのが来たなぁという思いと共に、他の仲間達と外へ向かった。
『了』