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    VSサイラス

    #銃犬

    本人もこの通り反省していますので…… ●

     民間保安企業のカフェテリア。次のミッションに備えての資料を、ジェラードがコーヒー片手に閲覧していた時のことだった。

     ス、と一枚のメモ用紙程度の紙が、資料の上にかぶせられる。

    「ん、……?」
     コーヒーを飲もうとした手が止まる。それはジェラード宛の請求書だった。気取った英語でいやらしいほど几帳面に「紅茶代:セイロン」「紅茶代:アールグレイ」「ミルク代」「スコーン代」「クロテッドクリーム代」などが書かれており――請求者の欄にはこう書かれていた。「サイラス・ベンフィールド」と。
    「はぁ⁉」
     思わず弾かれたように顔を上げた。そこには例のオペレーターが、いつも通りの冷ややかな目でジェラードを見下ろしていた。
    「ゲラルド」
    「ジェラードだっつうの、オイどういうことだこれは」
    「君の『愛犬』のことだ、ハンドラー」
    「あ?」
     飼ったつもりも愛犬にしたつもりもないが、サイラスが指している人物には心当たりしかない。だが素直に「サクラのことか」と返すのが癪なので顔をしかめる。
    「彼が私のティータイムを頻繁に妨害してくるのだよ、紅茶やスコーンを強奪するという浅ましい手段でね。私は文明人なので理知的に抗議したのだが、奴ときたらまるで聞く耳を持たない。とはいえ奴はまだ子供だ……一言、謝罪があれば許してやろうとは思ったのだが……ここに私がいる時点でその顛末は理解できるだろう? なのでゲラルド、君に、奴に食い荒らされた分の諸々の費用を請求しているということだ」
    「――」
    「なんだねその顔は」
    「いや」
     ジェラードはさりげなく口元を手で隠した。「よ~しサクラよくやったざまあみろ紅茶野郎」「なんでサクラの蛮行のツケを俺が払うんだよ」「つーか俺はハンドラーじゃねえよ」という色んな感情で顔が変なことになったからだ。そして、顔を元に戻すまでの束の間で猛烈に戦術家としての思考を巡らせる。
     大前提としてサイラスに素直にゴメンナサイと金を払うのは断固拒否の絶対却下だ。しかしここで払う払わないの押し問答を続けるのは極めて不毛である。
     ならばどうするか?
    「――……わかった」
     ジェラードは降参のように大きく息を吐きながら肩をすくめた。もちろん「降参のように」はわざとだ。降参するつもりなんてサラサラないどころか、彼には勝算があった。つまりこの仕草はサイラスを丸め込むためのブラフである。
    「『一言、謝罪があれば』いいんだな?」
    「それが実現不可能だったので――」
    「サクラに、一言、おまえに謝らせれば、これは解決するんだろ?」
    「……」
     かぶせられた言葉に、サイラスはふんと鼻を鳴らし肯った。できるものならやってみろという色をにじませ、座っているジェラードを見下ろす。
    「……期日は三日後のこの時間までだ。幸い、奴はまだ日本に帰国していないだろう」
    「ああ、警備の仕事に駆り出されている。そろそろ戻ってくると思うから……」
     腕時計を見る。この時間にミーティングルームに集合でどうだと提案すれば、オペーレーターは「了承した」と答えた。
    「ではお手並み拝見といこう、ハンドラー」
    「だからハンドラーじゃねえって」

     ●

    「――ってワケでな」
    「はあ~~⁉」
     ロッカールーム。デブリーフィングが終わり、シャワーを浴びてきたばかりのサクラが、上半身裸の肩にタオルをかけたまま片眉を上げた。
    「俺は謝らんぞ! アイツがイケズ言うてくるからや、因果応報や、ブッダもそう言っとる」
    「おまえ宗教信じてねえだろ。まあまあ、話は最後まで聞けよ」
     ロッカーにもたれた姿勢のジェラードはニヤリと笑う。周囲に改めて誰もいないことを確認してから、手招きをして――耳打ちの姿勢をとった。

     ●

     さて約束の時間、約束の場所。
     ドアをノックすると、既にサイラスが待機していた。足を組んで座り、読んでいた詩集をパタンと音を立てて閉じる。
    「で」
     目線の先には――ジェラードと、しおしお顔のサクラがいる。
    「あ~……サイラス、まず最初に一言いいか?」
     サクラへ憐憫と同情の目を向けているジェラードがこう言う。
    「事情を話して叱ったらこの通り……事の重大さをしっかりと受け止めてな……それで、おまえにちゃんと謝りたいそうだが、英語だと『sorry』ぐらいしか言えなくて伝えきれないそうだから、日本語で言いたいそうだ。俺が通訳するが、構わないな?」
    「……許可しよう」
    「だってよ、よかったなサクラ」
     ジェラードの言葉に、少年はしおしお顔のまま小さく頷いた。そして申し訳なさそうな上目でサイラスを見ると――母国語でわあ~~~~っとまくしたて始める。

    「ハア~~~~~調子こいてんじゃねえぞブリカスがよ~~だいたいテメ~が毎回俺とジェリーにネチネチネチネチとイケズ言ってくるんやないかアホボケカスボケうんこがよ~~俺はようサイラス、おめ~のそのスカした態度とか上から目線とかえらっそ~な喋り方がマジでムカツクんや! お貴族気取りやがってムカつくわ~~ほんでおまえの食うてるスコーンぶっちゃけあんまウマないぞ! 日本のメロンパンのが百億倍うまいわ! 金あるんやったらもっとええもん食えやボケッ! これやからバカ舌王国はよぉ! お隣のフランスを見習えっちゅ~ねんアホ!」

     ……言葉は最悪だが、振る舞いや喋り方は少年が叱られて「わ~んごめんなさ~い!」と言ってるかのようである。日本語の言葉遣いも、英語圏の者にはどこか幼く聞こえているのも相まっている。

    「俺が悪かった、いつもサイラスがスコーンや紅茶をおいしそうに食べてるから羨ましいのと、ちょっとかまってほしくてイタズラしてしまったんだと……うんうん……実際食べてみたらおいしかったからまたやっちゃったんだと……そうかそうか……もうしないから許してほしいと言っている。ほら、本人もこの通り反省してるから、今回の件は許してくれよサイラス」

     翻訳すると言ったジェラードだが、実際、日本語なんて全然わからん。翻訳もできん。サクラがしょっちゅう言っている「セヤナ(yap)」「イタダキマス(食前の祈り)」「タダイマ(I'm home)」「ハァ~ナンナン(What the fuck)」ぐらいしか知らん。なのでこの謝罪は全部でっちあげのテキトーである。
     ――そして。ジェラードは知っている。サイラスもまた、日本語を知らない。つまりサクラの言っていることは分からない。ジェラードの翻訳を信じるしかない。
    「……」
     サイラスはじっとサクラの『謝罪』を聞いていた。表情一つ変えず、そしてしばらくの後、腕時計をちらとみた。
    「結構」
     席を立つ。想像よりも延々と謝罪を聞かされて、わかったわかったもういいとなったのだ。
    「許してもらえたみたいだぞ、よかったなサクラ」
    「ハァ~ナンナン」
    「そうだな、ハァ~ナンナンだな」
     わざとらしくサクラの肩をぽんぽんしてから、ジェラードはサイラスを見た。
    「じゃあ……約束通り、これでこの件は決着ということで」
    「次からティータイムに参加したいときはキチンと断りを入れたまえ」
     それを返事として、オペレーターは退室した。
     かつ、かつ、かつ……几帳面な足音が遠ざかっていくのを、ドアに耳を当てたサクラが集中して聞いて……聞こえなくなった瞬間、ニヤ~~~~っと笑ってジェラードへ向いた。そこには似たような顔をしたジェラードがいた。
    「ぶはははは! 最高ぉ!」
    「ハハハッ! やったな!」
     フィストバンプ。ジェラード立案の「パッと見メッチャ謝ってるように見えるけど実際は全然謝ってない作戦」、大成功である。ゲラゲラ笑いあいながら、ジェラードはサイラスに押し付けられた請求書をビリビリに破いてグシャグシャにまとめて、傍らのゴミ箱に投げつけてやった。


    『了』
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