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    ミカド

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    ミカド

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    VDに向けてパンケーキを作る冬弥の話/彰冬

    ##彰冬
    #彰冬
    akitoya

    彰冬VD セカイに着いてメイコさんのカフェに入ると、カウンター席にはミク、キッチンにはメイコさんとグレーのエプロンを着た冬弥がいた。
     今日は休日で、練習は午後からだ。オレは暇潰しにここへ来たが、私服姿の冬弥も同じだったりしてな。
    「よぉ冬弥、来てたのか。メイコさんとキッチンに立って、何してんだ?」
     背後でドアベルを鳴らしながらオレは歩き進む。冬弥がキッチンに立ってるだけでも珍しいのに、火元でフライ返しを持って真剣な顔をしてたもんだから、つい声を掛けちまった。
    「いらっしゃい。彰人」
    「…あ、彰人くん…いらっしゃい」
    「どうも」
     ひと席空けてミクの隣に座る。ミクの手元にあるアイスティのグラスを見ながら注文を考えていると、向かいのキッチンから「彰人」となかなかの声量を上がって、「うぉっ」肩が跳ねるくらいには驚いた。
     正面を見ると、左右の手にフライ返しとフライパンの取手を掴みながら、ライトグレーの双眸を見開いて立ち尽くしている冬弥がそこにいた。声を掛けてからずいぶんな時間差だ。オレの来店に何をそこまで驚いてるんだか。
    「なんだよ? オレがここに来てそんな…——」
     そんなに驚くことかよ、って言いかけたところで、「と、冬弥くん! そろそろ返さないと!」メイコさんの慌てた声が被さった。
     隣からの注意に冬弥の表情が焦りに変わる。どうやら、フライパンで何か調理をしているところだったらしい。緊迫した空気を感じてオレも口を噤む。
    「焦らなくて大丈夫だからね」
    「は、はい…」
     フライパンの表面をじっと見つめて唇を結ぶ冬弥を見てから、オレもならって視線を落とす。フライパンには生焼けの円型の生地が二個並んでいて、それを冬弥が構えてるフライ返しで返すところらしい。「よし…っ」と意気込んだ冬弥は、メイコさんとオレと、オレの隣に座るミクに見守られながら、右手に持ったそれと左手を補助にして生地を返した。
    「……あれって、」
     返された生地の表面は、手本のように丸く淡い小麦色。フライパンと同じくらいの高さがあってケーキのスポンジにも見えるが、オレにはそれがパンケーキだってひと目でわかった。
    「…っ! メイコさん! 綺麗に焼けました!」
    「そうね! 焼き色もちょうどいいんじゃないかしら」
    「上手くなったね、冬弥」
    「ああ! ありがとう、メイコさん、ミク! …それとメイコさん、火を扱っている時に目を離してしまってすみませんでした」
     目をキラキラさせてはしゃぐ冬弥だったが、すぐに冷静になったらしい。隣のメイコさんへ謝罪の言葉といっしょに頭を下げる。
     冬弥の言い分は最もだと思うが、あまりにも申し訳なさそうにする横顔をオレは黙って見ていられなかった。「冬弥」座ったまま背筋を伸ばして相棒の名前を呼ぶ。
    「謝るのはオレの方だ。脅かして悪かった。だから、そんな顔すんなよな」
     冬弥の顔がばっとこっちを向くが「いや、彰人のせいでは…」と今度は困った顔をさせちまった。
    「まぁまぁ、この話はそれくらいにしましょう。パンケーキは無事に焼けたことだし…——あっ、」
    「あ…」
    「メ、メイコ…」
     見合わせた三人の視線がオレに集まった。失言をしたらしいメイコさんは口に手をあてて、隣のミクは気まずそうに頬を掻いている。冬弥は苦虫を噛み潰したような表情だ。
    「あ〜……。やっぱパンケーキなんだな、それ」
     状況を理解しきれたわけじゃねえが、この一連の流れから、冬弥のパンケーキ作りはオレにバレちゃまずい事案だってことは察した。冬弥の口から真相を聞くまで自惚れでしかねえが、パンケーキってことはきっと、こはねや杏じゃない。オレなんだろう。
     ——誕生日は秋に終わってるが、それとは別でサプライズを企ててた…とかか? んで、それをオレが台無しにしたってところか…。
     三人はオレにどう弁解するか相談しているようで、それぞれ離れた位置から宙で話し合っている。いたたまれなくなったオレは唾をごくっと呑み込んで、苦笑しながら頭を搔いた。
     横目でオレを見ながら頬を掻く冬弥の横で、メイコさんがはっと思い出したように動き出す。引き出しから取り出した菜箸を使って、やりかけのパンケーキの様子を見ると満足そうに頷いた。そして火を止める。
     目の前のメイコさんの手伝いに気づかないくらい、冬弥は頭の中で考え込んでいたようだ。だけど、結局諦めたみてえで「バレてしまっては仕方ないな」って、首を擦りながら苦笑した。
    「実を言うと……今年のバレンタインは彰人にパンケーキを贈りたいと考えていてな。メイコさんと、あと偶然来たミクに見てもらいながら、ここで練習させてもらっていたんだ」
    「練習? つか、バレンタインって…まだ十日はあるぞ?」
    「ああ。だが、俺はパンケーキを作ったことがない。先にレシピを読んで、あまりの複雑な手順に昨年のホワイトデーと同じようになると思ってな。そのための練習だ。本当はもっと早くから取り掛かりたかったんだが、みんなの……特に彰人の目を盗む必要があったから、実践は今日からになってしまった。…気合いを入れすぎだと思うかもしれないが、お前には今年もたくさん助けてもらった。日頃の感謝を彰人の好物といっしょに贈りたかったんだ」
    「…っ、」
     冬弥の熱弁に、オレは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。きっと今恥ずかしいくらいに赤面してることだ。
    「…そうかよ。お前、そんなふうに思ってくれてたのな。すげえ嬉しい、ありがとな」
     冬弥の真っ直ぐな想いと言葉は心地がよくて、『嬉しい』『ありがとう』だけじゃ全然足りねえ。それでも礼は言いたくて、ぶっきらぼうになったが言葉にする。冬弥はオレの顔を見て照れたように笑った。
    「もう少しで出来上がるから、少し待っていてくれるか? 彰人に味見をしてもらいたいんだが…」
    「おう。ちょうど腹も減ってたし、何枚でも入るぞ」
    「本当か? それはよかった…! 当日にサプライズができなくて少し残念だが、彰人の感想を聞いて完成品に近づけるのなら、手は抜けないな」
    「お前が何かに手を抜いたことがあるかよ。それだって、綺麗に焼けてんじゃねえか」
    「ありがとう。…しかしこれは、メイコさんがかなりサポートしてくれたおかげなんだ。最初は俺一人で作っていたんだが、失敗ばかりでな…」
    「そう言うなって。慣れないことにチャレンジするって、すげえことだぞ。冬弥は慎重で手先も器用だから着実に成長していくし、一度決めたら途中で投げ出したりしない。お前のそういう粘り強いところ、オレはすげえって思ってるし、胸を張れることだと思うぜ」
    「彰人…」
    「じゃ、オレはもう少し離れたところにいるな。視線があるとやりづれえだろ」
    「あ……正直、そう…してもらえると助かる。気を遣わせてすまないな」
    「気にすんな」
     カウンターから離れたソファ席に座り直すと、なぜかミクまで着いてきた。向かいに座って前で腕を組む。オレを見て何か言いたげに微笑むもんだから、わざと視線を逸らした。
    「……」
     メイコさんを呼ぶ冬弥の声に、オレは再びキッチンを見る。冬弥は左の横髪を耳に掛けながら、右手にはホイップの搾り袋を持っていた。これからトッピングに取り掛かるらしい。
     メイコさんは皿の上の焼けたパンケーキと冬弥のスマホを交互に指をさして、冬弥はそれに頷いている。会話までは聞こえないが、トッピングのアドバイスだろう。何か写真を参考にしてるらしい。
     ——あのホイップも冬弥が作ったんだとしたら、結構時間掛かってんだろうな…。
     去年のホワイトデーはマフィンをもらったが、実際に料理してるところを見るのははじめてだ。
     エプロン姿なんてもっと珍しい。ここのカフェのもんじゃねえが、家庭科の裁縫はやったこと無かったって言ってたし、誰かに借りたとか、か?
    「冬弥ってすごいよね。甘いもの苦手なのに、彰人のためにあんなに一生懸命頑張れるなんて」
     ミクにそう話題を振られて、引き戻されたように視線を戻す。邪魔しねえように離れたのに、食い入るように見ちまってた。
    「まぁクッキーは好きだし、甘いものは苦手なだけで、完全に食えねえわけじゃねえからな」
    「あはは。そこは素直に受け止めなよ」
    「……」
     ミクは組んでいた両腕をテーブルにつくと、前のめりになってオレにじっと視線を向けてきた。飲みかけだったアイスティは置いてきたらしい。
    「そんなに怖い顔しなくても、あのエプロンは冬弥が持ってきた物だよ」
    「…あ?」
    「サイズ的に、もしかしてカイトの物かもって、ヤキモチ妬いてたでしょ?」
    「…そんなんじゃねえよ」
     考えてなかったわけじゃねえが、肯定したくなくて反論する。見え見えなオレの嘘に、ミクは「ふうん」とだけ言った。
    「冬弥ね、早朝からここに来て、ああやってずっと頑張ってたんだよ。彰人好みのパンケーキが作りたいって言って、ふたりで行ったお店の写真を参考にしながら、彰人はどんなものが好きなのかっていっぱい考えてさ」
    「……まじか」
    「うん。でも、いざやってみると苦労が絶えないみたい。生地や焼き方はメイコがついてるけど、返すのがどうも難しかったみたいで…」
     ミクはキッチンの方を見ると、「見て」つって遠くを指をさした。オレも視線で追う。
     キッチンの奥側——冷蔵庫横の台の上には、パンケーキが何枚も積まれた大皿が置いてあった。この距離からも、焦げてるものや薄いやつがのっかっていることがわかる。端に避けてラップが掛けられてることから、あれは失敗作なんだろう。
    「あんなに…? 冬弥のヤツ、何回作り直してんだ…」
    「今の冬弥、シャッターチャンスだと思うな。頑張ってる相棒の姿を、こはねたちにも見せてあげたら?」
    「…………いい」
     ミクの提案に乗りかけたが、声色からしてオレへの冷やかしだってことに気づいて首を振る。それに、調理中にカメラ向けられるなんてあんまりいい気分じゃねえはずだ。
    「そっか。まぁ、わざわざ写真に収めなくても、この先も見る機会はたくさんあるもんね」
    「…どういう意味だよ」
    「さあ?」
    「はぁ…。お前、今日はよく喋るな」
    「ふふ、そうだね。照れてる彰人はあんまり見れないから」
    「……ったく」



    「彰人、お待たせ。ようやく完成だ!」
     なんやかんやミクと話し込んでいるうちに、冬弥は調理を終えたらしい。ミクがテーブルから腕を避けると、オレの前に白い四角の大皿が置かれる。重なった二枚のプチパンケーキには、バター、ホイップ、いちごソース、いちごとラズベリー、ミントの葉がトッピングされていた。
    「おお…! トッピングすげえ凝ってんな! ——…ってこれ、もしかして、最近お前と行ったとこの店に寄せてんのか?」
    「ああ。彰人が何度も美味しいと言っていたから、作るならこれがいいと思ったんだ。…俺は食べていないから、味や食感はかなり違うかもしれないが…」
    「そんなことねえって、サンキュ。あの店のパンケーキまじで美味かったから、びっくりしてる。オレが『美味い』って言ったことを冬弥が覚えてたのも嬉しいし」
    「…ふふ、よかった。フォークとナイフを持ってくる」
    「あ、それくらいオレが…」
    「いいんだ。俺が彰人をもてなしたくてやっているから、気にしないでくれ」
     そこまで言われたら折れてやるしかなくて、オレは冬弥の好きにさせることにした。オレらの会話を黙って見ていたミクは、「よし…」と呟いて立ち上がる。カウンター席のテーブルのアイスティを飲み干すと、黒のロングコートを翻した。
    「冬弥、お疲れ様。私はそろそろ行くね」
    「ああ。早朝からありがとう」
    「どういたしまして。冬弥が作ったパンケーキ、今度は私も食べてみたいな。いいかな? 彰人」
    「…なんでオレに聞くんだよ」
    「俺一人ではまだ遠分掛かりそうだが…いつかミクたちにも食べてもらいたいな。手伝ってくれたのに何も返せずにすまない。後日必ず礼をする」
    「ありがとう」
     店の扉を開けたミクは、そうだ、って言って肩越しに振り返った。外からの風で高い位置で結んでいる髪を靡かせながら、エメラルドグリーンのネイルがしてある人差し指で自分の左頬をさす。
    「彰人。冬弥の顔についた生地、ちゃんと取ってあげなよ?」
     それだけ言い残すと、ドアベルを響かせて店を去って行った。メイコさんもいつの間にかいなくて、気づけば店内はオレと冬弥のふたりきりだ。
     ——…ったく、ミクのヤツ…。
    「…冬弥。長時間立ちっぱで疲れただろ? 座れよ」
     冬弥からカトラリーケースを受け取ったオレは、立ち上がって向かいの椅子を引く。「…ありがとう」座った途端、何度も瞬きをしながら深く息を吐く冬弥の様子に、よっぽど疲れてることが伝わった。慣れないことをしたんだ。運動とはまた違う疲労感を覚えるんだろう。
     取り出したカトラリーは皿の縁に置いて、ケースの中に敷かれた紙ナプキンを取った。
    「顔に飛んでるやつ取ってやるから、ちょっとオレに近づけるか?」
    「あ…、ミクが言っていたのはそういうことだったのか」
     床に足をついた冬弥は、座ったまま椅子ごと移動してオレに近づいた。こういう横着な動きも普段ならまず見れない。だいぶリラックスしてるな。
    「恥ずかしいな…いつからついていたんだ?」
    「オレが来た時から」
    「そんな前から…」
     垂れ下がってきた冬弥の横髪を小指ではらった。その下の泣きぼくろがわずかに動く。少し触れただけだが、オレのとは全然違う髪質に内心で驚いた。髪サラサラだな、なんて台詞がほんの一瞬浮かんだが、キザすぎるからさすがに留める。
     話しながらだからか、冬弥は無抵抗で身体に力が入っていない。やりづらくて反対の頬に手を添える。生地は少し固まっちまってたが、尖らせた紙の先端を押し当てたらカサブタみたいにポロッと落ちた。
    「取れたぞ。……っておい、何笑ってんだあ?」
    「いや…すまない、取ってくれてありがとう。彰人の顔をこんなに近くで見るのははじめてだと思ってな。緊張したんだ」
    「緊張してる割には笑ってんじゃねえか」
    「ふふっ…、そうだな」
     オレがはらった左髪を耳に掛けながらくすくす笑う。顔が少し赤くなってるような気がして、こいつも照れ笑いとかするんだなって、どこか分析するような思考が浮かぶ。
    「——んじゃ、冷めねえうちにこれ食うか」
    「あ、ああ…」
     オレが両手を合わせると、近くにいるままの冬弥が膝の上で握り拳をつくるのが見えた。そんなに緊張すんなよ、って言ってやったが、表情は固いままだ。
     トッピングのいちごを避けて、パンケーキにナイフを入れる。見た目以上にふわふわな生地と断面に口角が上がった。ホイップにくぐらせて、フォークを刺して食らいつく。
    「…〜っ! うっっま!」
    「よかった…」
    「おい、これまじで美味いぞ! 味も食感も、どんぴしゃでオレ好み! 冬弥、すげえなお前!」  
    「ははっ、ありがとう! 彰人の笑顔が見れて嬉しい」
     きちんと感想を言ってやりたかったが、美味すぎて手が止まらねえ。腹が減ってるからじゃない。今まで食べたパンケーキの中でも、いちばん好きな味だ。
     カチャン、とカトラリーを置いた頃には完食してた。ひと口食べたっきり、パクパクいってたらしい。それくらい夢中だったのか、オレは。
    「はぁ〜……ごちそうさん」
    「ふふ、いい食べっぷりだったな。俺も見ていて気持ちよかった」
     冬弥は着ていたエプロンを脱いで、膝の上で畳んで小さくした。丁寧に扱ってることから、やっぱり借り物なんじゃねえかなって思い直すが、今なら自然に聞ける気がする。
    「……なぁ、そのエプロンってどうしたんだよ?」
     袖で口を拭ってから指をさして訊ねると、冬弥はあっさり教えてくれた。
    「今日の調理で使う用に、学校で暁山に教えてもらいながら作ったんだ。俺はまだミシンを扱えないから手縫いになるんだが、自信作だ」
     借り物じゃないって知ってほっとしたような気分になる。たかがエプロンにこんだけ振り回されて、めちゃくちゃだせえ自分に頭を抱えたくなる。候補からカイトさんが除外されたら、あとは冬弥の親父さんくらいだってのに。
    「へぇー…、手縫いってことは全部自分でやったのかよ? お前、やっぱ器用だよなあ」
     畳んで上を向いた面には二重のポケットまでついてる。手作りって言われなきゃわかんねえクオリティだ。オレは中学の家庭科の授業で作ったが、ここまで綺麗に縫えてた覚えはない。間違いなく冬弥の得意分野だろう。
    「なんだか…今日の彰人はたくさん褒めてくれるな」
     すげえ嬉しそう笑う冬弥の声に顔がにやける。口元を手で覆って隠すが、そんなオレを見て目を細めて笑うもんだから照れくさくなって結局オレも笑っちまった。
    「——ところで、彰人はここへ用があったのか? もしメイコさんに何か作ってもらうつもりでいたのなら、俺がキッチンを占領してしまったばかりにそれができなかっただろう…? メイコさんも…どこかへ行ってしまったみたいだし」
    「あー…。腹が減ってたのもあるが、休日で暇してたからお前も誘って来ようとしてたんだよ。返事がなかったから一人で来ちまってたけど、まさか、先に来てたなんてな」
     オレの言葉にはっとした冬弥は、ズボンのポケットからスマホを取り出した。画面をタップして通知を見たのか、ため息をつく。
    「まったく気がつかなかった…」
    「取り込み中だったんだ、仕方ねえって。——…そうだ。なぁ、冬弥。あの冷蔵庫横にあるヤツも食わせろよ」
    「え?」
     ほらあれだ、ってミクに教えてもらった時のように指をさす。そこまで言えば冷蔵庫横に置いてあるパンケーキのことだってわかったみたいだ。
    「気づかれていたのか…」渇いた声で冬弥が呟く。本人的にはあれは隠し通したかったらしい。ミクが教えてくれた、とは言わないでおこう。
    「あれは…失敗作なんだ。時間も経っているし、固くてボソボソとした食感になっていると思う。彰人には美味しいほうを…——」
    「それでもいい。あれもオレのために作ってくれたんだろ? ならオレが全部食う」
    「しかし彰人…、」
    「オレが食いてえんだよ。冬弥が作ってくれたもんを」
     なかなか意志を曲げない冬弥に、オレはテーブルに頬杖をついて至近距離からじっと見つめる。「冬弥」ってもうひと押しして、渋々頷かせてやった。
     空いた皿を向かいに避けて、冬弥が運んできた皿を手前に置く。ざっと五枚くらいか。あとで自分で食べるつもりだったのか、いちごソースとホイップがちょこんと添えられてる。
    「そのままにしてしまって悪いが、焦げているものは避けてくれ」
    「大丈夫だって、こんなんで腹壊したりしねえよ。——じゃ、いただきます」
     ナイフを差し込んだ時点で固くなっているとは思ったが、冷めてるだけで普通に食えた。単に焼き加減を失敗しただけなんだろう。焦げてるつっても、そんなに言うほどでもねえ。
     平らげてフォークを置けば、やっと冬弥の表情が明るくなった。さすがに八分目くらいには膨れたが、好物をこんだけたくさん食べれたんだ。しかも、相棒がオレのために丹精込めた手作り。幸せで何もかも満たされる。
    「ごちそうさん」
    「本当に食べてくれたな……。あ、いや、完食してくれて本当にありがとう。料理はまだ難しいが、自分が作ったものを「美味い」と言ってもらえるのはすごく嬉しい。重労働で大変だが、彰人のことを考えながら作っていたから、ずっと楽しかった」
    「そっか」
     今は冷やかして遮るヤツがいないから、冬弥の言葉がつらつら続く。屈託のない笑顔に、オレがそうさせたんだって考えたら嬉しかった。
    「オレも、クッキーの作り方を教えてもらうか」
    「パンケーキではなく、か?」
    「それは冬弥が頑張ってくれんだろ? ならオレは、お前のためにお前の好物を作る。バレンタインには別のをやるよ。クッキーはホワイトデーまでに何とかする」
    「そうか。コーヒーも淹れてもらえると助かるんだが、どうだ?」
    「おいおい…料理初心者にリクエストかよ。まぁ…先にクッキー作りをマスターしてからな」
    「ふふ、冗談だ。…だが、彰人らしい考え方だな」
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