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    夢魅屋の終雪

    @hiduki_kasuga

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    夢魅屋の終雪です。推しのRがつくものを投稿してます

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    夢魅屋の終雪

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    現代AU曦澄。クリスマスアンケSS
    鈍すぎる澄

    #曦澄
    #創作モブ
    originalMob

    【曦澄】クリスマスまで7日【腐向】友人と家政夫にばかり頼ってばかりでは、物事は進まない。

    「あの、晩吟?」
    「なんだ」

    大学の食堂で、家政夫のお弁当を食べながら藍曦臣とテーブルを挟んでいる。
    食べながらというよりも、藍曦臣はすでに食べ終わりお茶を飲んでいた。
    昨日より食欲がないらしく藍曦臣は、弁当ではなくゼリー飲料を飲んで食事をおわらせいた。

    「確認したいんですけど、私たちの家に帰ってきたいと思ってくれているだろうか?」
    「悪いか?あなたが帰ってくるな、というなら帰らない。観世の所にでも転がり込む」

    そういうと、ピシリと藍曦臣の茶碗から悲鳴が上がる。

    「……随分と彼に信頼を置いているんだね」
    「何を拗ねてるんだ」
    「別に、あなたに頼られるのは私だけがいいんだよ」

    顔を背けて右手で口元を覆って、ポツリとつぶやいた言葉に、晩吟はキョトンとしてしまった。
    しかしその顔が、いつもの大人と並ぶような済ましたものではなくて子供のような顔をしていた。
    それがおかしくなって、口元をひくつかせた。

    「なんで笑っているんですか」
    「なんだか、あなたが可愛いなって」

    江晩吟がそういうと、藍曦臣は口元を覆っていた手を外して親指で相手の口元を拭った。

    「可愛いのは貴方ですよ」

    ぺろっと親指を舐めるその姿が、色気を感じてしまう。
    彼の滅多に外に出ない赤い舌に、視線が釘付けになり唾液を飲み込んでしまう。

    「やめろ、汚いだろう」
    「すみません」
    「誰にでもそんな事をしてたら、勘違いされるぞ」
    「貴方にしかしていないよ」
    「そ、それが、勘違いしてしまうと言っているんだ」

    どうせ、誰にでもしていたり言っているんだろう。このタラシが……。
    恨みがましく見ていると、ふっと眉尻が下がる。

    「それよりも、帰ってきてくれるって本当に?」
    「……貴方や先生たちがいいっていうなら、俺はあの家に帰りたい」
    「嬉しいなぁ」

    置かれていた江晩吟の手に、藍曦臣は手を添えて優しく握る。
    その琥珀の瞳は、まるで蜜のように甘くとろけていた。
    美しいく優しく甘い笑顔に、心臓が痛いほどに締め付けられたか鳴ってしまう。

    「そんな顔をしないで、私の方こそ勘違いしてしまいそうになるよ」

    そんな顔ってなんだ。だけど、それはこちらのセリフだ。
    そう告げようとしたけれど、すぐに手を引かれる。
    離れる温もりが名残惜しくて、手をつかみそうに指を動かすが、昼休みが終わってしまう。
    残すのも授業に遅れるのもいけないと、その手をすぐに食事に向ける。
    江晩吟が食事をする姿を、藍曦臣は愛しそうに見つめていた。
    一緒に暮らしていた時はずっとこんなふうにしていたのに、たった1日離れただけでも懐かしく感じる。

    食事を終えるのと、どちらからともなく立ち上がる。
    互いに授業があるため講義のある教室に行くための分かれ道で、藍曦臣に肩を叩かれた。

    「授業頑張って」
    「え?」

    気づいた時には、瞼にキスを落とされていた。
    黄色い悲鳴が、あちこちから聞こえた。ガタッと離れて、口を開け閉めをしてしまう。

    「な、な!!!」
    「友人なら、キスは当たり前なんでしょう?」
    「そ、そんなわ!!!」
    「彼はよくて、私はダメなの?」

    藍曦臣が両手を広げて一歩二歩と近づいて来るため、江晩吟は一歩二歩と離れる。

    「なんで逃げるの?」
    「なんで両手を開いて追いかけてくる」
    「晩吟が逃げるから」
    「何をする気だ」

    じとりと睨みつけると、広げていた両手を閉じて顎に手を当てる。

    「ハグしたかったんだけど」
    「放課後会えるんだから、なんで今生の別れみたいなことするんだよ!」
    「行ってらっしゃいの抱擁を」
    「しなくていい!」
    「彼にはさせていたじゃないですか、私にも甘えて」

    こんなわがままを言う男だっただろうか?家政夫よ、どうしてこの騒ぎに駆けつけてくれないのだ。
    瞼にキスをされただけでも目立ったと言うのに、この上に抱擁?ハグ?なんだと言うのだ。
    まるで江晩吟が藍曦臣に甘えないことをしないのが、いけないことみたいな態度をしてくる。

    「……」
    「……」

    どうするの?みたいな視線を今すぐやめてくれ、ギャラリー……。
    しかし、彼の服の端を掴んだ。

    「……あ、あの、人目のない、所でなら」

    顔に熱が集まって赤いのに気づいてはいるけれど、羞恥で言葉が途切れ途切れになる。
    目の前から「んんん!!」と、咳払いにもにた声が聞こえる。
    顔を上げると、口元を押さえて何かを我慢している藍曦臣がいた。

    「こ、これ以上引き止めたら、いけませんね。それでは、放課後」
    「お、おう」

    ぎこちなくそれでいて早足で藍曦臣は、自分の教室へと向かってしまう。
    残された江晩吟は、唖然として首を傾げていたが、突きささる視線に我に返り教室へとそそくさと向かう。
    同じ講義をとっていた義兄が、物言いたげにこちらを見ていた。


    ▼△▼△▼△▼△▼


    午後の講義を終わらせて、スマホに指定された場所に向かう。
    指定された場所と言っても、大学に構えられたチェーン店のカフェなのだが。
    テイクアウトもできて他の場所で飲み食いもできるが、
    大学生が毎日通うには少しだけ高めの値段設定だ。
    坊ちゃん育ちのはずの江晩吟でも、
    友人に一般人の価値観を徹底的に教わっていたからたまの褒美として向かう場所であった。
    藍曦臣が食堂に通うのは、江晩吟がそこで昼食をとっていると話してからだ。
    それに魏無羨と藍忘機もたまに使用するためか、よく通うようになった。
    本来なら、こういう所で食事を毎日するのが似合うのだ。

    「少しは食えと言っとるんですよ」
    「ゼリーで済ませたと言ってるだろう」
    「私の食事が食えなくて、んなもんで毎食済ますと?!」

    カフェにたどり着いた江晩吟は、すぐに引き返したくなった。
    まるで夫婦か親子のような会話をして、攻防している藍家に近づかなければならないのだ。
    話しかけようとしてきた義兄を無視せずに、無理にでもついてきて貰えばよかった。
    それにしても、一昨日からずっと食事はゼリー飲料で染ませていたのだろうか?
    まさか疲れていただけと言いながら、本当はかなり体調が悪かった?
    カウンターでコーヒーを注文して、二人に近づいた。
    テーブルには、このカフェのサンドイッチが置かれており
    それを半分ほどしか食べていないのに封がされている。

    「体調が悪いのか?」
    「晩吟」
    「江の坊ちゃん」

    声をかければ、同時に呼ばれる。
    丸いテーブルだったため、二人の間の席に座った。

    「風邪か?」
    「違う違う、ただの恋煩いやから」
    「悠瞬!」

    口を塞ごうとして腕を伸ばすが、家政夫に弾かれる。
    一緒に育ったというだけあって、どちらの行動も見抜いているようだ。
    あの家で暮らしていると互いに並んでいると、
    まるで熟年夫婦のように意思疎通をする二人が羨ましさがあった。
    しかし、藍啓仁とのやりとりほどではない。家政夫は、藍啓仁が言葉に出す前に行動を起こしているのだ。
    流石の江晩吟もその甲斐甲斐しさに引いているけれど、世話になっている身ゆえに黙って置く事にしている。

    「恋煩い……?」

    それよりも、これだ。
    曦臣が、恋煩い?どういうことだ?誰か好きな人ができたのか?
    好きな人がいるのに、昼間に江晩吟にあんな行動をしているのか。

    「……」

    食事もできないほどに患っているというのに、不誠実な……。
    江晩吟が、じとりと藍曦臣を睨みつける。すると、信じられないというように二人は体を寄り添わせた。

    「やめて?なんで、そんな目で見てるの?!」
    「ここまで言って、なんで他に向けられてると思うん?!」

    二人の言っている事が、全く理解できない。
    はぁ…とため息をついてから、本題を切り出す。

    「それよりも、なんで呼び出したんだ」

    二人は咳払いをしてから、元の位置に座り直した。

    「今回の事を、お姉さんに相談しようかと思うんだ」

    キリッとした顔で、藍曦臣が言葉にする。
    お姉さんというなら、姉を持っているのはこの場に江晩吟しかいない。
    彼が頼るとしたら聶明玦かと思ったけれど、そうではなかったらしい。

    「叔父上は、晩吟の同級生ではあるけれど外部だし何よりも私の味方だと思われるだろう。
    なら内部からは?と思ったんだけど、無羨はお母上と折り合いが悪いのだろう?」
    「まぁ……父の懐に入るには、いい手札だとは思うけど……」
    「今回の件は、私のこともあるから
    江社長だけでなく虞夫人も説得しなければ後々もこういう問題が起きると思う」

    父は、藍曦臣に江晩吟が手を出されたと思っている。
    そんな事はあり得ないのだと説得すればいいのではないか?
    どうして、母にまで?

    「曦臣さんが、好きな人を連れて来ればいいんじゃないか?」

    江晩吟の提案に、家政夫の彼が盛大に咽せた。
    藍曦臣は、なんとも言えない顔で江晩吟を見つめている。

    「いや、そ、それは……」
    「ああ、そうか。他人の親にこの人が好きな人ですって紹介するのも変か」
    「いや、そうじゃなくて……」
    「もしかして、まだ告白してないのか?」
    「アプローチはしているんだけどね、鈍い人だから」
    「ふぅん、そうなのか」

    泣きそうな藍曦臣の隣で、笑うのを必死で耐えている家政夫は窒息死しそうなほどに体を震わせていた。
    ーーー好きな人ですって、紹介することは簡単だ。なんせ、息子さんをくださいとすればいいのだから。
    しかしその当人が、なぜか自分には愛情を向けられないと思っているのだ。

    「悠瞬さんに、その役を頼めば?」
    「はは、絶対にお断りです」

    江晩吟の言葉に、一気に面白いという感情が引いた。

    「とりあえず、お二人の説得に適しているのはお姉さんだと思うんだよ」
    「……」
    「一度だけでいいから、お姉さんと話をさせて欲しいんだ」


    ▼△▼△▼△▼△▼


    翌日の土曜日の朝。

    「晩吟?」
    『姉さんには連絡を取った。今日会えるそうだ』

    小さな声で話す江晩吟に「どうしたの?」と問えば、今日は家に江楓眠がいるという。
    そして監視のためなのか、友人も一緒にいるとか。
    そのため一緒に行くことが出来ずに、藍曦臣一人で行くことになる。

    待ち合わせの時間と場所に向かえば、可愛らしい女性が時計台の前に立っていた。
    江晩吟とは違って、父親に似た穏やかな顔立ちだった。
    しかし、意志が強い所があるらしい。

    「ご無沙汰しております、江さん」
    「あら、藍さん。ごきげんよう」

    声をかければ、華やかに挨拶を返してくれる。
    近くのカフェに行くと、さりげない仕草でコーヒーやケーキを渡す。

    「ありがとうございます」
    「いえ、相談に乗ってもらいたいので」
    「事と次第によっては、私は父の味方になりますよ?」
    「やはり、貴方を先に説得すべきだったのですね」

    にっこりと笑う江厭離に、藍曦臣もニコッと微笑み返した。
    テラス席に行くと、二人は向かいあわせになるように座った。

    「単刀直入に言えば、私は晩吟の事が好きです。愛していると言ってもいい」
    「あら、正直なんですね?」
    「我が家には、嘘をついてはいけないという家訓がありますから」

    それに、晩吟を家に連れ戻したいという相談をするのならば、
    こちらの気持ちを正直に話した方がいいと思ったのだ。

    「阿澄は、鈍くて大変でしょう?」
    「ええ、わかりやすくアプローチをしているつもりですがどうにも伝わらないです」

    昨日なんて、好きな人を連れて行けばいいなんて言われたと話すと、くすくすと江厭離は笑う。

    「あの子は、好意を自分に向けられるというのに慣れていないのです」
    「どうして」
    「父が、阿嬰にばかり構っていたからです。褒めてもいい所を褒めなかったから」
    「……」

    親の愛情を、当たり前のように受けてこなかった。
    それは藍曦臣もそうだったが、母を毛嫌いして厳しく育ててくれた叔父にも愛情はあった。
    認めてくれるところは、認めて来れていた。
    それを晩吟は、受けてこれなかったのか。

    「阿澄がわからなくても、本当は愛情を向けられていたんです。
    でも両親は、愛情を与えるのも受け取るのも下手だから解らなかった」
    「解らない愛情は、あってないようなモノです」
    「はい、だから阿澄は両親の事を信じきれなかった。
    でも、夏からの藍さんの家で暮らしていて昔の阿澄のように笑うようになりました。
    だから私も阿澄を外に出してあげたい」

    江厭離は、甘いケーキを一口食べた。

    「貴方に任せれば、阿澄は愛情を受け止められる気がします」
    「どうしてですか?」
    「父の話だと、貴方に身を委ねていたのでしょう?
    父にはどんなに具合が悪くても、寄りかかる事はしなかったそうです」

    また一口と食べると、コーヒーを飲む。
    乱曦臣も、コーヒーを口に含めば苦い風味が口いっぱいに広がった。

    「私が結婚したら、貴方に阿澄を任せてもいいですか?」
    「もちろんです」

    彼女の言葉に、藍曦臣はうなづいた。
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    別れの夜は
     翌日、江澄は当初からの予定通り、蔵書閣にこもった。随伴の師弟は先に帰した。調べものは一人で十分だ。
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    「あなたのお役に立てたなら 2224