【曦澄】クリスマスまで8日【腐向け】心配はしたけれど藍曦臣は、翌日には回復して大学へと江晩吟と一緒に向かった。
江晩吟は講義を受けつつ彼の様子を気にしていたために、スマホの表示に帰りまで気づけなかった。
「……父さんと無羨から、連絡が入ってる?」
電話をかけ直そうとした時、肩に手が置かれた。
「晩吟、今日の講義は終わったかい?」
「ああ…」
いつもと変わらない藍曦臣に、江晩吟はうなづいた。
それなら一緒に帰ろう。と、さりげなく背中に手を添えられて歩くのを促される。
電話は帰ってからでいいか…と思いながら、彼のエスコートに身を任せて歩き出す。
しかし校門の所にたどり着くと、バイクに乗った身知った男がいた。
「観世…?」
字を呼べば友人は、手をひらひらと振った。
バイクであるためか、彼も学校帰りといったところだろう。
一瞬だが友人の顔がこわばった気がしたが、藍曦臣に断ってからそちらに向かった。
藍曦臣も一緒に向かえば、互いに挨拶をするがどこかぎこちない。
「どうしたんだ」
「どうしたはこっちのセリフですよ。社長やら魏兄さんから連絡がきてびっくりしたんですから」
「帰ってから電話しようとしたんだよ。お前がわざわざ他校に来るほどの用事なのか?」
何度か二人から着信があったり、メッセージが届いていたがそちらは読めていないままだ。
スマホのメッセージを開くと、時間と場所が書かれている。
「今夜、立食パーティーがあるから同席するようにって」
「母さんや姉さんは?」
「別のパーティー。ブッキングしたらしいです。時間がないから会場に直接きてほしいって」
バッテンを人差し指で作る友人に、江晩吟は大きくため息をついた。
彼はバイクであることから、迎えにきたわけではなく本当に急いで伝言に来たらしい。
「別に構わないけど、スーツ持ってないぞ」
全部実家に置いてきてしまっており、持ってきたものは紫のネクタイくらいだ。
「どこのパーティー?」
「あ、えっと…姚家のだ」
父のメッセージを読み進めていくとのぞいてきている藍曦臣に、教えてしまう。
いけない、これが業務連絡立った場合はたとえ藍曦臣でも勝手に教えてはいけなかった。
しかし気にした様子のない藍曦臣は、ふむ…と考え事をするように指先を唇につけた。
その仕草が色っぽく見えてしまい江晩吟は、無理矢理友人へと視線を向けた。
視線に口元だけ笑って見せる友人には、見透かされている気がする。
「なら、私のスーツを貸してあげようか?」
「え?」
「私とお揃いになってしまうけれど、同じパーティーなら一緒に行っても問題はないだろう」
お揃いの白いスーツで、パーティーの同行……。
くらっと眩暈がしたが、実家に帰っているヒマはない。
「た、たのむ」
「はい」
微妙に引き攣りながらうなづけば、藍曦臣は嬉しそうに笑った。
藍曦臣の車で同じ家に帰っていく二人を見送った友人は、大きく息を吐き捨てた。
校門から出てきた時に、藍曦臣に睨まれたといったら幼馴染は信じてくれるだろうか?
信じてはくれないだろうな…と、一人で自問自答をしてからバイクを走らせた。
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姚家の立食パーティーには、藍曦臣と藍啓仁が招待されていたらしい。
家政夫が運転する車で、三人が会場にたどり着く。
電話をしていた事もあってか、会場の入り口には父親の江楓眠が待っていた。
藍家特有の白スーツに身を包む息子を見て、驚いた顔をしていた。
江家のスーツやドレスは、黒の布地に紫の糸が織り込まれていて光の加減では落ち着いた色合いの紫が見えるのだ。
今夜の江楓眠は、そのスーツを着ている。
「啓仁、私は息子を預けたけどあげたつもりはないんだけど?」
「私の養子にしたいくらい、いい子だ」
「……」
藍啓仁が冗談まじりで言うと、父の顔から表情が消える。
やはりこのスーツはだめだったかと、肩を落とす。しかし、藍曦臣が耳打ちをしてきた。
「とても似合うよ」
「ありがとう」
お世辞でも嬉しい。と納得しながら、父の隣に立つ。紫のネクタイを締め直して、会場へと入っていく。
藍家のスーツを身に纏った江晩吟に、あいさつをした相手は驚いた顔をした。
藍家が運営する高校では、白を基調としたブレザーの制服だったため感覚としては高校時代に戻った感じだが、
やはり江家の嫡男が他家のスーツを着るのは不味かったかもしれない。
受け取った飲み物を口にしながら、壁に寄りかかる。
一緒にいた父は、挨拶に来た人たちに連れていかれてしまった。
同じように藍啓仁も、彼のかつての生徒たちに囲まれて話をしている。
「こんな所で、壁の花?」
「俺みたいな若造は、挨拶するにもすぐに終わるんだよ」
きっと人の中心にいたであろう藍曦臣は、一人でいた江晩吟を気にかけて声をかけてきたのだろう。
ソフトドリンクを手にして江晩吟の隣に並ぶと、女性たちの視線が集まる。
同性愛者だと公言しているわけではないためか、アプローチを仕掛けようとする女性たちが声をかけてこようとする。
しかし、隣にいる江晩吟の存在に気づいた時にはそそくさとどこかに行ってしまう。
「兄様、晩吟」
華やかな声に呼ばれて、二人は視線を向ける。
金光瑶が、近づいてきた。
「晩吟、今日はまるで藍家の方のようですよ」
「急拵えなんだよ」
くすくすと笑う金光瑶に、江晩吟は大きくため息をついた。
「スーツのせいなのか、どうにも視線が痛い」
「それはそうでしょう。まるで、晩吟が藍家に嫁入りをしたかのように見えますし」
「嫁って、ちゃんと紫のネクタイはつけてるだろ」
「それでも、目がいくのはスーツの方ですからね」
それを言うならと、金家の若君を見た。
金光瑶の姿は聶家の深い緑の金の縁取りをしてあるスーツでネクタイは金家の山吹色のネクタイだ。
「私もいきなり父にこちらにいけと言われて、急拵えだったのですよ」
「私一人だけ、正規だとつまらなかったかな」
藍曦臣以外は、あべこべの身なりである。
三人で笑い合っていると、同じ三人組だったのだろうか女性たちが話しかけてきた。
「藍さん、江さん、金さん。ごきげんよう。よろしかったら、私たちとお話ししません?」
チラチラと話しかけてきた女性は、藍曦臣を見つめている。
しかし、藍曦臣は穏やかに笑いながら江晩吟の腰を抱き寄せた。
「すみません、今夜は彼の傍にいたいので」
「え?」
その手は、肌触りの良いスーツの上を色を含めたような指遣いで撫でる。
ぞくっとそこから甘い痺れが、江晩吟に走って体を無意識に密着させてしまう。
金光瑶もまた江晩吟に頬を寄せて寄り添うと、甘い微笑みを浮かべる。
「申し訳ございません、お嬢さん。今夜は三人で楽しみたいのです」
二人から艶やかな気配がして、話しかけてきた女性たちは頬を染めてそそくさと駆け出した。
三人がいなくなるのを見てから、金光瑶は離れた。
しかし藍曦臣の手は、江晩吟の腰から離れる事はない。
「花から蝶を守るのも保護者の役目でしょう」
保護者なら、別にいるが…。本物の父親がいるのだ。
そう言おうとしたが、彼の体温が心地が良いため身を委ねて居たい気持ちになる。
「早く帰って」
「うん?」
「悠瞬さんのお茶つけ食べたい」
最近は自分の作る料理や学食以外は、あっさりとした味付けの食事だったためか胃が軽く悲鳴をあげている。
口元を押さえていると、気を遣っているのか眉を寄せる金光瑶が目の端に映る。
「気持ち悪い」
「どこかで座ろうか。阿瑶、水を用意してもらっていいかい?」
「わかりました」
金光瑶に指示を出してから、江晩吟を連れて人気の少ない場所の椅子に座らせるが辛そうにしていた。
藍曦臣は自分の膝に頭を乗せるように、横にさせた。
「水を貰ったら、胃薬を飲もうね」
「うん…」
「大丈夫?何かしてほしいことある?」
昨日は元気なかったのは、藍曦臣の方なのに…と思いながら、彼の大きくて少し冷たい白い手を持って瞼を覆うように置かせた。
「眩しいから、こうしててくれないか」
「うん、いいよ」
「父さんに、謝らないと…」
暴食をしたつもりはないのに、なんて情けない。
「昨日の夜から、悠瞬に何か習って頑張ってたみたいだから寝不足もあるのかもね」
「……綺麗に編めなくて…」
隠している訳ではないから、江晩吟はポツリと呟く。
白と藍色の毛糸を、何度も編んで何度も解いていた。
父や義兄からの連絡も気づけないくらいに、休み時間には編み込んでいたのだ。
「そう」
「……うん」
「それを貰えたら、どれだけ幸せだろうね」
「本当?」
「ん?」
「本当に、幸せだって思ってくれるのか?」
藍曦臣の表情は見えないけれど、それはとても切望しているような少し掠れた声をしていた。
手のひらが震えている。
「自惚じゃないけれど、私のために編んでくれているの?」
「当たり前だろう。誰とクリスマスを過ごすと思ってるんだ」
「……」
ちゅっと額に柔らかな物が、押し当てられた。
それが藍曦臣の唇だと言うことは、見なくたってわかる。
自分に対して、この人はこんなことができるのかと内心驚いた。
「……曦臣さん?」
「……ごめん、嬉しくて…」
すぐ近くで声が聞こえてきて、手を伸ばせば捕まえられそうだ。
「別に、嫌じゃない」
「そう言うことを言われると、期待をしてしまうから…」
何を?と問いかけようとした。
江晩吟が、彼を好きだと思うことはあれど彼から思われることなんてありはしないだろう。
今なら、言ってしまってもいいだろうか?
「俺、あなたがーーー・・・・・」
言葉を紡ごうとした時、革靴で床を弾くような音が聞こえた。