【曦澄】クリスマスまで10日【腐向け】聶家と言えば、全国区に広がる焼肉と精肉店の会社だ。
また社内にある道場では、社長自らが刀を使った武術の指導を行っているのが有名だ。
「晩吟とクリスマスを二人で過ごせるようになりました」
それを若い社長に報告したのは、藍曦臣である。
やんごとなき家柄の藍家の年若い当主であり、聶明玦を兄のように慕っているのだ。
また金家の次男である金光瑶を弟のようにかわいがっており、この三人でまるで義兄弟のような関係だ。
また聶明玦の弟の聶懐桑を、義弟たちは面倒を見て可愛がっている。
金光瑶と聶懐桑は年齢は一つか二つしか変わらないが、家庭教師と生徒という関係もあってか仲がいい。
社長室で四人で顔を合わせるのは、久々な事だ。
しかも、それが藍曦臣からの嬉しそうな報告なら耳を傾けるのはやぶさかではない。
「それは、よかったじゃないか」
「よかったですね」
「おめでとー、曦臣兄」
義兄弟たちが祝ってくれるのは嬉しいが、一つ大きな問題が藍曦臣にはのしかかっていた。
「……プレゼントをどうしようかなって悩んでるんだ」
「江兄なら、曦臣兄が渡した物なら喜ぶよ」
「聞いたけど、私が選ぶものならなんでもいいと言われた」
それが難しいんだ……と、頭を抱える。
どうにも藍曦臣は、特別な誰かにプレゼントを選ぶと言うのが苦手なのだ。
義兄弟も実の弟や家族に身近な親族は、その性格を知っているために具体的に欲しいモノを藍曦臣に伝える。
けれど江晩吟は、幼い頃からの知り合いだとしてもその性格を把握する事も出来る程近しくはなくて、
彼自身は誰かに自分の欲を遠慮をしないで伝えるという事ができない性格だ。
「でも、候補は決めているのでしょう?」
「うん、まぁ…」
金光瑶に促されて、鞄から何冊かのカタログを取り出す。
「まず、薔薇の花束。紫と藍色の花びらがとてもきれいでね」
指さす薔薇は、結婚式のブーケのように華やかにカタログに載っていた。
義兄弟が顔を見合わせて、大きなため息を吐いた。
「……江兄は、家のバラの方が喜ぶよ」
「苦学生かって程に、お土産で持っていくと喜びますね」
「さすがに、男子大学生に薔薇の花束は物足りないだろう」
三人に否定されて、却下となる。
次に開いたカタログのページを見て、三人は頭を抱えてしまう。
青い宝石と紫の宝石が、品よく並べられたペアリング。
「指輪……。え、曦臣兄。告白通り越して、プロポーズするの?」
「お付き合いもしていない方からの指輪は、重いものですよ」
「……逃げられるぞ」
ドン引きだという顔と声に、藍曦臣は苦笑せざる得ない。
この青い宝石を薬指にはめた江晩吟を妄想して、高揚はしたけれどやはりだめか……。
「次は、これなんですけど」と、そそくさと指輪のページを閉じて別のページを開く。
綺麗な足が映し出されており、足首に輝いているのは白銀のチェーンに細いプレートが付いている。やはり青い宝石が輝いていた。
「……」
「……」
「こういうの大兄が贈って、三兄がつけてるよね」
「あー!!!わー!!!!えーっとですね!?」
悪気もなく発言する聶懐桑の口を塞ぐように抱き寄せる金光瑶と、恥ずかしいのか顔をそむける聶明玦。
瞬きをして藍曦臣は、二人を交互に見た。
しばらく沈黙した後に、藍曦臣がテーブルに手を着いて身を乗り出す。
「いつの間に?!」
「いや、そのだな」
「私に一言あってもよくないですか?!」
「兄さま、黙っていてすみません」
「謝らなくていいんだよ、阿瑶……気づけずにごめんね」
「二兄は、こういうの鈍いもんねぇ」という聶懐桑と、少し拗ねたように唇を尖らせる藍曦臣。
しかし、すぐに金光瑶に視線を向ける。
「それで、どんな気持ち?兄さんに、アンクレット渡されてつけるって」
「……その人のモノなんだろうなぁって…」
頬を染めながら、自分の恋人ではなく聶懐桑の腕を抱きしめながら恥ずかしそうに言う。
「兄さんは?」
「それを見れば、俺のだなぁ……と」
「……つまり、それって」
「指輪よりもヤバいと思う」
本人たちが幸せならいいのだが、独占欲が丸出しに感じてしまう。
そしてなんだが色香が混ざってしまって、気恥ずかしい。
「あ、時計はどうかな?江兄、時計が壊れたって言って今スマホで時間を確認してるから」
「そうなのかい?」
「うん、毎回スマホ取り出して確認してるの面倒くさそうだよ」
同じ学科で勉強しているだけあって聶懐桑の言葉に、偽りはないだろう。
「時計かぁ…」
カタログをパラパラとめくるが、これと言って江晩吟に似合いそうなものは見つからない。
こうなれば、時間を見繕って店を巡るしかないのではないだろう。
「誰か、一緒に……」
「すみません、兄さま。私と懐桑は、勉強がありますので」
「俺は、会議だな」
聶懐桑の勉強を邪魔する事はできないし、聶明玦の仕事を邪魔をするのも出来ない。
叔父や再従弟に付き合ってもらうとしても、彼らとも時間は会わないだろう。
「……一人で探してみます」
がっくりと、藍曦臣は肩を落とした。
▽▲▽▲▽
江晩吟は、大学の帰りに喫茶店にいた。
「へぇ…あの藍さんに、クリスマスに誘われたんですか」
「どうしたらいいんだ」
久しぶりに高校の友人と会っていた江晩吟は、クリスマスの事を相談する事にした。
小・中・高と一緒の学校に通ってはいたが、江晩吟が行った大学では就職に必要な科目がないため別の学校に行ったのだ。
一応小学校の時に、藍曦臣と先輩後輩となっていた友人の為に相談しやすかったのだ。
「……」
コーヒーカップの隣に、そっと四角いモノが差し出さる。
「……無言で、コンドーム差し出すのやめろ?」
「足りません?」
「俺とあの人は、そんな関係じゃない」
「関係になるかもしれないじゃないですか!!!」
ばぁあん!!と、テーブルを叩かれる。軽い力で叩いたのに、かなり大きな音が響いて店員たちが何事かとコチラを見ていた。
「なるかもしれないといった所で、まだ付き合っても居ないのに早すぎるんじゃないのか!?!!」
「だって、同棲までこぎつけるような人ですよ?」
「同棲じゃない、同居だ。俺が居候、あっちが家主」
「……ルームシェアなら、私だっていいじゃありませんか。
一応幼馴染ですよ?無羨兄さんと同じですよ?兄弟ではないけれど」
いじけた様にカップの中身を混ぜている友人に、口もとをむにむにとしながらぷいっと江晩吟は顔をそむけた。
確かにこの友人は、信頼がおける。しかし、一緒に暮らすとなれば、話しは別になる。
江晩吟を甘やかすのは、藍曦臣も同じではあるが友人と暮らせばだらだらと過ごしてしまう自信があった。
なんせ目の前の彼は、気が利きすぎるし気心が知れ過ぎている。高校の時に、義兄から『お前は、江澄の母親か!』と突っ込まれるほどに世話を焼いてくれた。
それにこの男のクリスマスの過ごし方なんて、従兄がセッティングをした合コンだろう。
「クリスマスだって、私と過ごすとかいえばいいじゃないですか。江先輩が、合コンセッティングしてくれるって言ってるんですし」
「俺は、別に恋人なんて……」
「まぁ……合コン三回行って、三回とも告白されて、三回とも振られてますからね」
「うるせーな。お前は何度も行ってるのに彼女の一人も出来たためしがないだろう」
左腕をテーブルに乗せて、いーっと歯を見せながら威嚇する。
江晩吟は、それなりに彼女という者ができた。しかし、口の悪さや気の強く鈍い性格から告白されるのに振られると言うのを三回もこの一年で繰り返していた。
なんとなくで付き合ったために、一か月どころか一週間も持たなかった。
「好きな人がいるのに、女の子と付き合うのは不誠実だと思いますよ」
「……解っている」
「そう言うのって、よくわかるって言いますし……」
白に近い茶色になったコーヒーを飲みながら、じっと江晩吟を見つめる。
貴方が一番わかってる事でしょう?と、言いたいのだろう。
両親が、そういうようなモノだったのだ。
父の江楓眠は、魏無羨の母親を好きだった。だから、彼を養子にしたのだと心無い話を社員たちが話しているのを何度も聞いたことがある。
愛されていない母が哀れだと、そっくりな江晩吟には冷遇するのだと……。
義兄も姉も居なくなったあの家で、江晩吟は耐えられなくなっていた。
「……お前が心配してるのは解ってるよ」
「……」
コーヒーカップを両手で持ちながら、半分くらいに減った中身を見つめる。
赤っぽく黒い液体に映し出された己の顔は、どんなに情けないか……。
「お前の部屋は、駆け込み寺にさせてくれよ。あの人が飽きたら、俺が耐えきれなくなったら頼るから」
「本当に?」
「ああ」
「私を頼ってくれますか?」
「うん」
「魏兄さんじゃなくて?」
「うん」
頷く江晩吟に、友人は手を伸ばす。さらりと落ちた髪を耳にかける。
顔を上げると穏やかな微笑みがこちらに向けられていて、江晩吟は安堵した気持ちで笑った。
「それじゃあ、どうせクリスマスプレゼントも選んでいないのでしょうし買いに行きませんか?」
「……あ、そうだな」
「合コンでプレゼント交換もあるんですよ。晩吟が選んでくれたら、嬉しいな」
「俺のセンスに期待をするな」
笑い合いながら、残ったコーヒーを飲み込んだ。
―――あの人には、何を贈ればいいだろう。
「それは、そうと……これは、持っておいた方がいいですよ」
「いらねぇよ」
すいっと、コンドームの四角い袋を渡してくる友人の頭を叩きたくなった。しかも三枚に増えてる。
▽▲▽▲▽
藍曦臣は、選んだ腕時計の箱を嬉しそうに手にして帰り道を歩いていた。
箱を鞄にしまおうとして立ち止まると、ちょうど喫茶店の窓が見えた。中に、江晩吟を見つける。
喫茶店に近づこうとすると、江晩吟の落ちた髪を耳にかける手が見えた。
それから楽し気に笑い合う二人を見て、体温が下がるのを感じた。
じゃれ合う二人、特に江晩吟は魏無羨とじゃれてる時とは違う感じに見えた。
「……」
その人は、誰?君の何?と問い詰めたい気持ちが、支配する。
けれど、足は地面に凍り付いたように動かない。
喫茶店から出てくる二人を追いかければよかったと後悔しながら、藍曦臣は家に帰った。
家政夫から「おかえりなさい」という声に「ただいま」と短く返事をして、洗面所に向かう。
手を洗って、うがいをしてから顔を上げると鏡が見えた。
自分の顔が、情けないくらいに泣きそうな怒っているように見える。
そんな顔を自分で見たくなくて、ごまかすように顔を乱暴に洗う。
キッチンに居るであろう家政夫に見られたくなくて、早々に部屋に引きこもる。ぼすりと、ベットに飛び込むと柔らかな枕に顔を埋めて唸り声を発した。
「……あー…最悪だな…」
思いのほか泣きそうな声に、藍曦臣は内心驚いてしまう。
時計じゃなくてアンクレットを買えばよかった。江晩吟は自分のだと示したかった。
告白もしていないのに、そんな事をするわけにもいかないのは十分に承知している。
―――江晩吟が、この家に住むにあたって自分がゲイである事を打ち明けた。
『晩吟には、言っておかなければならない事があるのです』
『なんでしょう?』
『私は、ゲイなんですよ。恋愛対象も男だし、性的に興味を示すのも男です。それでもよろしければ、私の家で暮らしませんか』
性的に興味を持つと言っても、この身体を誰にも触らせたこともないし誰かに触った事もない。
ただ、女性よりも男性の身体に対して興奮を覚えているのは確かな事だった。
恋愛対象として、ずっと思い続けてきた江晩吟にカミングアウトしたのは、自分がそういった類の人間であると知って欲しかったからだ。
そして、それで距離を置いてくれたのなら諦めが着いた。
『べつに、貴方がどんな趣味趣向を持っていてもかまいませんよ』
驚いた様子だったけれど、あっさりと受け入れられてしまった。
弟の藍忘機と彼の義兄の魏無羨が、恋人同士となって同棲までしてしまった事もあるのだろう。
『あなたは、俺にそういった目を向けないでしょう?』
そう言われた時に、どうしてあなたが好きだと言わなかったのだろう。
そうしたら、もっと変わっていたかもしれない。いや、ゲイと告白して拒絶されなかった事が嬉しくて、頭が回らなかったのだ。
それだけでも嬉しくて、それ以上をその時に望んでしまって拒絶されたら一緒に住めないと言われたらと思うと恐ろしかったのだ。
「もし、好きだと告白したら……私を嫌ってあの男の所に行ってしまうのかな…」
そしたら、厭だな。と、枕を抱えた。
こんなに自分は、欲深かっただろうか?
こんなに自分は、嫉妬深かっただろうか?
晩吟と暮らせるようになって、浮かれてしまっているな…と、藍曦臣は苦笑した。