例のあの部屋3「はぁああぁ……」
ナジーンは腹の底から大きなため息をはいた。
隣にいた少女は腹式呼吸凄いなーとか呑気なことを考えていたが。
少女はのんびりと備え付けられていた茶を淹れて、無言でナジーンに差し出した。
ナジーンも無言でそれを一気に煽る。温かな茶になんだかほっとした。
「いやー、まさかここでそんなことが起こるなんて……」
少女は苦笑いをして部屋をぐるりと見渡す。
見慣れた部屋は少女が与えられたファラザードでの私室である。
それが突如理不尽な部屋に様変わりである。三度目ともなるともう悟りの領域といえた。
これまでの出来事を振り返って、ナジーンと少女は部屋でデートをすることにした。もちろん、前回の気まずさを何度かの仕事上の接触でお互いに誤魔化してからだ。
今回も仕事の依頼の打ち合わせというていで逢瀬をしていたのに、気がつけば嫌な気配を感じたのだ。
ナジーンは一応扉へ向かって開くかどうかの確認をした。もちろん何をしてもビクともしなかったが。
少女は苦笑しながら自分の茶を優雅に飲んでいた。この部屋に備え付けられているのは、少女の故郷の茶と普通の茶だが、今回は彼女の故郷の方の茶だった。
甘い匂いに対してとんでもなく不味いのだが、ナジーンも少女も慣れてしまっている。ユシュカは何度飲んでも舌を出して嫌がるのだが。
この部屋では大抵の者が少女にあわせてこの茶を飲む。嬉々として飲んで不味い! とはしゃぐのはアスバルくらいだが。
一応は訊ねてから淹れるので、普通のがいいというものの為に普通の茶も用意されているという訳だ。マリーンなどはそちらを選択する。
少女は茶を飲み干して、のんびりと視線をあげる。
ナジーンの頭を通り越して更に上に上がった視線は、扉の上を見ているのだろう。
ナジーンも数歩下がって今回のお題を見る。悪い予感しかしなかったが、一応、一応微かな希望を持って見てみる。
「……ックスしないと出られない部屋?」
少女が不思議そうに小首を傾げている。対するナジーンは頭を抱えた。
微妙に誤魔化してあるがこれはアレだ。こどもにはふさわしくない大人の夜の事情だ。
前回のキスの件でも分かっていたが、少女にはそっち方面の知識が全くと言っていいほどない。
少女は物心つくかつかないかの頃に両親がいなくなり、そこから兄とふたりで過ごしてきた。そして、そういったことを教わるよりも前に強制的に旅に出る事になったのだ。
がむしゃらに戦って強くならざるを得なかった少女に、そういったことを知る機会は全くと言っていいほどなかった。
結果としてナジーンの鉄壁の理性が試される苦行が開始された訳だが、誰かにとられてしまうより百倍いいと思っている。
「ナジーンさん」
頭を抱えて苦悩しているナジーンに、少女はいつも通りの顔をしていた。
大方……ックスってなんだとか思っているのだろう。
「服を脱いでベッドに寝てください。うつ伏せで」
とんでもない発言にナジーンは硬直した。
あのピュアっピュアで穢れ知らずの少女はどこに行った? 先程の発言は聞き間違いだろうか?
混乱するナジーンのベルトを外して上着を剥ぎ取り、シャツのボタンを外す少女。
いや、ヤる気まんまんにも程がある!
抵抗しようとするナジーンをあっさりと押さえ込む少女。そういえば歴戦の冒険者で大魔王だった。
見かけは小柄な少女だが、中身はとんでもない傑物なのだ。
「ちょ、ま……待て、話し合おう」
あっという間に下着姿にひん剥かれたナジーンが必死の説得を試みるも、少女は存外力が強くそのままベッドへと導かれてしまう。普通逆ではないのか?
「大丈夫ですよ。ナジーンさんは寝転んでいればいいんです!」
全然大丈夫ではない。
「き、きみには経験がないだろう……!?」
あったらあったで少しショックだが。というか、経験があるのならばナジーンとヤっても……いや倫理観が許さない。
「任せてください! 天国へ連れて行ってあげますから!」
天使たちの住まう場所を冒険している少女だ。妙に現実味があるのが怖い。というか、経験があるかないかの答えにはなっていない。
抵抗も虚しくナジーンはベッドの上にうつ伏せに寝かされ、少女はナジーンに跨る。
少女がベッドサイドから何やらとろりとした液体を取り出し、ぱちんと蓋が開く音がしてナジーンは身を硬くした。
「落ち着いて、からだの力を抜いてください」
ぬるついた少女の手がナジーンの背を撫でる。それだけでゾクゾクとからだが震えた。
緩急をつけて小さな手が背を滑り、肩甲骨を揉みほぐし、緩急をつけて強く押したり筋肉を労る。
背から首、首から肩、腕に移動して足へと流れるように手が動く。
少女の柔らかな声が優しい歌を紡ぎ、ナジーンの心もからだもどんどん解されていく。
なんだこれは。ナジーンは大変混乱した。
しかし残念なことに少女の手腕は恐ろしく素晴らしかった。
まさに天にも登る心地であり、働き詰めだったナジーンは疑問符に満たされる脳内とは裏腹に、仕事疲れからかあっさりとそのまま意識を手放した。
カチリと扉が開いた硬質な音に、少女は小さくガッツポーズをした。
それから、ナジーンのからだに仕上げと言わんばかりに奉仕を続け、全身の筋肉をそれはもう解しに解した。
「ふぅー、ぱふぱふ、習っといてよかったー」
そう、少女がナジーンに施したのはぱふぱふである。
冒険のさなか、少女は色々なぱふぱふを経験してきた。
学園ではチェルシー先生のぱふぱふを体験し、ぱふぱふ天国でも色々なキャストの施術を体感した。更に遊び人でもぱふぱふを学び、セラフィにもぱふぱふをしてもらったし、スキルマスターによるとんでもないぱふぱふも経験した。
むっつりスケベ大魔王の異名の原因となったパッフィーやフワーネのぱふぱふは最高にもふもふだった。
どのぱふぱふが正解なのか、この中に実は正解がないのかは知らないが、少女はぱふぱふはとりあえず気持ちのいいことだと学んだ。
そうして、しびれくらげ先生のぱふぱふを思い出しながら、あのからだを解しに解しまくったユースティにマッサージを学び、こうしてナジーンに実践したわけである。
元々お疲れなナジーンを癒してあげたいと学び始めたことだったので、上手くいってホクホクだ。
温熱効果のある専用のオイルも兄に頼んで作ってもらったし、歌を歌って癒す効果も取り入れた。
あとは力加減が大事だ。少女は見た目によらずゴリラなので、アンルシアのことをあまり強く言えない。
施術を完了した少女はナジーンのからだのオイルを丁寧に拭き取る。服を着せる体力はなかったので風邪をひかないように掛布を被せることにした。
その前に少しだけ、少女はナジーンの首筋にくちびるを寄せて小さく吸い付く。
紫の肌にはあまり映えないが、それでも色の濃くなった箇所に思わずにやけてしまった。
それから大きく伸びをして、散らかした服を畳んで枕元に置き、いつも通りに戻った部屋を出る。
「いやー、それにしてもナジーンさんいい筋肉してたなー」
こうして少女はナジーンにマッサージを施し、ナジーンをリラックスさせ見事『……ックスしないと出られない部屋』を攻略したのだった。
後に目覚めたナジーンが寝落ちした自分やらなんやらに悶えまくったことを少女は知らない。ちなみに、キスマークは消えるまで本人にも気づかれなかった。