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    Laugh_armor_mao

    @Laugh_armor_mao

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    Laugh_armor_mao

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    廻るモノと待つモノ。

    #Akurylic
    acurylic

    願わくはアラーム音が響く。

     朝と云うには少し遅く、昼には早い時刻。朝の喧騒が一段落したのであろう、途切れ途切れの生活音と、生温い室温のなかで意識が覚醒した。

     男はベッドから身体を起して、サイドテーブルに手を伸ばす。黒い艷やかなネイルが施された長い指先が通信機器を探り当てた。朝の挨拶を打ち込んで、ベッドを後にする。
     蓋付きのカップに雑にティーパックを放り込み、高い位置から熱湯を注ぐ。アッサム種特有の丸く甘い香りが立ち昇るのを楽しみながら、本日の予定をチェックする。

    「ん?『盆』か。ニナと霊夢にofferingしないと、何を云われるか判らんな。」

     胃の腑に落ちるミルクティーの温かさがゆっくりと身体に染みて、本日の活動開始を促した。
     夜の配信に間に合う様、外出は早めの方が良い。切れ長の眦には、まだ朱が刷かれていない。



     配信を終えたモニターの中、オンにならないDiscordのリストに、そっと指を走らせる。

    嘗ての悪友が豪快に笑いながら話す。

    「俺のラッキースターは最高にPOGだから、絶対に見付けてやるからね!」

    嘗ての畏友が澄まし顔で話す。

    「僕の一族は記憶を継承してるからね。また会えるよ。ヴォックス」

    嘗ての師友が興味津々といった様子で話す。

    「記憶を持って産まれるって事は、魂の本質は変わらないみたい?君なら視える?」

    最後の情人が含羞みながら話す。

    「生まれ変わった俺を、絶対見付けてよ!」

    「「「「また逢おう!」」」」

     同じ魂、同じ眼の色、同じ顔。
     違う。また違ったんだ。逢えない。

     酷くセンチメンタルな気分になるのは、この時期特有の雰囲気のせいだろうか。彼方此方へ棲家を移し、様々な国の風物詩を経験しても、思い出すのは。

     咽返る濃い新緑と、高く突き抜ける蝉の声。清涼なインセンスの薫り。ジワリと汗が玉になる暑さ。不意に落ちる息が詰まる様な静寂。

     余りにも『人』らしい感情に自嘲する。

     あれから幾許の年月を過ごしたかも朧気であるのに。時折どうしようも無く愛おしい、優しい感情が心臓に近い、心の在処に湧き上がっては滲みて融ける。

     アラーム音が響く。
     男はベッドから身体を起して、低く呟いた。

    「独りだ」



     イベント会場の巨大スクリーン、駅前のビジョンには、頬を染めて。或いは歓喜に震えながら。待ちわびる人々が続々と集まった。携帯端末やPCからのアクセス数がガンガン上がって行く。
     本日、とある大規模イベントが行われている。21世紀初頭から台頭したデジタルコンテンツの祭典だ。
     その中に、『ヴォックス・アクマ』も名を連ねていた。グローバル化の過渡期に現れた彼は、今尚デビュー時と変わらぬ配信頻度、衰えを見せぬ声。
     同所属先に『何人か存在』する、AIが引継いだ電脳偶像であると真しやかに囁かれている。
     それでも、彼の人情味溢れるトークと芯のある脚本で演じられるRPは人気を誇っており、今尚人気のコンテンツである。

     トリに近い後半に、彼の順番がやって来た。他のライバーと同じく今回のコンテンツへのコメント、質疑へのユーモア溢れる返答。
     安定した、何時もと変わらぬ進行。
     ひとつ変わったことと言えば、彼のトレードマークであった、紅い組紐のチョーカーを装着して居ない事ぐらいか。
     最後を結ぶのは主催と視聴者への感謝。
     そして、彼は最後に括った。

    『Forget me.』

     至高のリュータイオが手掛けたバリトンの弦を弾いたような、じわり沁み入る音が広く、拡く空気を震わせる。
     最後の母音の残響と共にポスターが、デジタルデータが、ハッシュタグが。彼を現す物では無くなって、記憶の片隅で灰に成った。



     黒髪の美丈夫が古びた駅の改札を抜けて行く。
     田舎臭い郊外の街には場違いな白いスーツに、オリエンタルな華をあしらった長い羽織りを靡かせて。
     随分と異彩を放つ風貌であるにも関わらず、彼の後ろ姿を追う者は居なかった。

     街の外れの丘に、先の大戦で日本から贈られたと伝わる桜の大樹がひっそりと根付いていた。
     お花見。と言うパーティを、テンションだけで敢行したのは誰の一言だったろうか。
     オフコラボの僅かな時間に行けるこの場所を見つけたのは?
     家にあるあり合わせでベントウを作ってバッグに詰め込んで。
     体力に任せて車を走らせて。

    「今日は皆に謝りに来たんだ」

     老木は枝の先に僅かに葉を遺すのみで、青々と茂ることも、絢爛に花を咲かすことも無くなって久しい。
     乾いた落ち葉を踏みしめると、クマリンの甘く苦い芳香が拡がり、己が桜であると主張していた。

     男は、上等なスーツが汚れるのも厭わず、地面に胡座をかき、その幹に背を預けた。柔らかな金色の瞳は、少し先を見つめ、口許に緩やかな微笑みを浮かべていたが、少し困った様に眉が下がっている。

    「全てを愛していたんだ。それは今も変わりは無い。…それでもね」

     はらり。はらりと大きな水晶の粒が目許に刺した朱を映して、糊の効いたシャツの生地をぱた。ぱたと叩く。

    「完全に同じ彩の魂が廻るのを待てなかった」

     神も妖も忘れら去られる時に消滅すると云う。言葉を返すと、認識される限り永遠に在り続け無ければならない。

     それは。

     濃い霧の中、桜の周囲は何を光源にしたものか、淡いピンク色に靄が掛かり、さながら桜が咲いたように揺らめいた。
     大気に融けて揺蕩い、自我が稀薄になると、澱のように胸に拡がり、ズクズクと疼いていた痛みが消えて行く。
     解放される安寧に身を委ね、何度も何度も反芻した、記憶の欠片がぱち。ぱち。と音を立てて弾けていくのを眺める。
     馬鹿騒ぎの大騒動、些事は忘れた日常の一コマ。色彩豊かに再生される、一挙一動。1音足りとも忘れぬ会話。
     持っていたのは自分だけだったのに、総て手放して、全て壊れて還ってしまう。sorry…soともう一度呟いて。

    「嗚呼、勿体無い」

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